第9話 福岡県民、帰りたくなる。




 初々しい頬へのキスから一転。

 これまた初々しい唇の触れ合い。

 なのに団長はさっきからギクシャクしどおしだ。

 手も繋いでくれない。


「団長、手!」

「あ、うん。すまない」


 普通のエスコートスタイルにされた。

 団長の右手の内肘に左手を添えるだけ。

 ただ、ぼおっと貴族街を歩くだけ。

 必死に話しかけても、気もそぞろな返事。


 ――――つまんない。


 帰りたいなと思っていたら、団長がピタリと足を止めた。


「ここ、行く」


 なぜにカタコトなんだろうかとは思うが、ギクシャクとしながらも、私が出発前にグシャグシャにした金髪ちゅる毛を必死に揺らして歩いてるからそっとしておいた。


「グランホルム様、お待ちしておりました」


 扉全体に彫刻が施された格式高そうな宝石店に入ると、眼鏡を掛けたシルバーグレーの男性に恭しく礼をして迎えられた。


「無理を言って悪かったな」

「いえいえ。ご希望のものがたまたまあっただけでございますよ」


 こちらに、と誘導されたのはテレビでしか見たことのない、お城の中ような豪華な個室だった。


「お嬢様、少し手首に触れさせていただきますね」

「へ? はい、どうぞ?」


 左手を取られ、手首の太さや厚さを測られた。

 何が起こっているのか、何をされているのか分からない。


「少し調整をして参りますので、お寛ぎしてお待ち下さい」


 メイドさんが入ってきて、お茶とお茶菓子を出してくれた。

 隣に座っている団長はずっと私の方を見つめ続けている。

 訳がわからないし、説明もしてくれないし、なんだかムカつくからずっと無視している。


「…………カリナ嬢」

「……」

「…………カリナ」


 寂しそうな声で名前を呼ばれて、ハァッと溜め息が出た。


「ただの引っ越し祝いで、こんな高いとこ連れてきたんね?」

 

 団長がビクリと体を震わせながら、こくんと頷いた。


「宝石とかいらん。普通にデートしたかった」

「……こ……れが普通のデート」

「なわけなかろうもん!」


 結構な声量でつっこんでしまった。

 

「恋人とのデートで…………」

「で?」

「っ、記念日に贈るような特別なプレゼントとして御用達の店!」

「…………」


 すぅっと息を深く吸い込んで、一気に言われた。

 理解するまでに少し時間がかかってしまったが、つまりは随分と飛び抜かした行動をしているってことだろう。

 

「なんで?」

「なんで?」

「うん、なんでこがんとこ連れてきたと?」

「プレゼントしたかった」

「なんで?」

「なんで?」


 ――――おうむ返しが酷い!


 ロイ団長を深掘りして追い詰めていきたかったけど、シルバーグレーの男性が戻ってきてしまった。


「お待たせいたしました。お嬢様、また手首をお借り致しますね」


 C型で細身の二連バングル。片方が金色、片方が銀色で、それぞれの中心に小さなブルーダイヤが埋めこまれていた。


「丁度良さそうですが、締め付け等は感じませんか?」

「はい、大丈夫です」

「他にお求めになりたいものはございますか?」

「あ――――いや、大丈夫だ」


 団長のしょんぼり具合に店長さんらしき方が不思議そうにしていた。



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