第8話 福岡県民、方言講座をする。

 

 


 ロイ団長に舌打ちをされて、少しムッとしていると、団長がグイッと手を引いてきた。


「どこ行くと?」


 城下町の方へと歩くはずなのに、どんどんと城内の方へと戻っていく。


「ん? 馬車に乗って行くんだが?」

「え? わざわざ?」


 おやや? と思いつつ馬場まで行くと、びっくりするほどに豪華な馬車に乗せられた。

 そして、上級貴族たちのタウンハウスが広がる西地区にも貴族街があり、そこに行くそうだ。

 そこまでは徒歩で一時間以上かかるらしいので、馬車に乗るは納得が出来た。

 でも――――。


「そげんとこ連れてかれても、ウチなんも買えんとばってん」

「買い物の必要はなくなったんだろう?」

「そうやけど」


 そういうことじゃないというか……。

 食べ歩きデートとかしたかったというか。


「転居祝いに、何か贈りたい。駄目か?」


 困ったように微笑まれてしまったら、何も言えなくなる。


「ダメやなかけど」

「ん! 決まりだな。馬車を出してくれ!」


 ニカッと少年のように微笑まれて、心臓がドキリと跳ねた。




 馬車に揺られて、十分。

 左隣りには精悍な顔でうんうんと頷く偉丈夫。


「では『〜げな!』は、『だってよ!』という意味だったのか」

「うん」

「ならば、『そうくさい』は何が臭かったんだ?」

「そうくさい、とか言ったっけ?」

「言った!」

「ええ? たぶん、なんかに同調したんだと思うけど。『そりゃそうでしょ』みたいな?」

「なんだ…………俺が臭かったわけじゃないのか」


 なぜか、方言講座&擦り合わせをしていた。


「皆がこのまんまがよかっていうけん、気にせず話しよったばってん、標準語?で話そうか?」

「…………俺だけが聞ける普通の言葉…………いや、俺だけが聞けるカリナの国の言葉……どちらも捨て難い」


 団長がブツブツと呟きながら、訳のわからない事で悩んでいる。なぜにそんな選択肢が出てきたんだ?


「いや、面倒くさいからどっちかでしか喋らんと思うよ? 使い分けとかマジで面倒くさかろうもん?」

「え……」


 何でか衝撃の顔をされたあと、「現状維持でお願いします」と頭を下げられた。謎すぎる。




 西区貴族街に到着した。

 元の世界で言うブランドショップが集まった通りみたいな感じだった。

 所々にテラス付きのカフェなどもあり、豪華なドレスを着た人たちが優雅にお茶をしていた。


「おぉ、城下町の貴族街より凄かね」

「そうか? ほら、行くぞ」


 団長がスルリと指を絡めてきた。

 

 ――――むむっ。出発前はオドオドしとったくせに!


 どこか目的地があるようで、団長がズンズンと道を進んでいく。なんとなく急いでいるような気もするけれど、ちゃんと私の歩幅に合わせてくれていて、そういうところが優しいなぁと思う。


「ここだ」


 西区貴族街の少し外れに来た、らしい。

 中心地とは違い、なんとなくのどかな風景に見える。


「ここがどうしたと?」

「覚えていないか?」


 はて? と頭をひねっていたら、団長の手に力が入り、ギュッと握られた。


「俺たちが出逢った場所だ」

「……んん? おお? なんか、ちょっと覚えてるかも?」

「ん。ずっと覚えてて欲しい」


 繋いでいた手を解かれ、少しだけ寂しさを覚えた。

 団長が両肩に手を置き、被さるように屈んで顔を近付けてきた。

 頬に息が掛かる。

 ちゅ。

 小さなリップ音が脳内にこだました。


 ――――え⁉


 びっくりし過ぎて、無意識に顔を動かしてしまい、唇にふわりと柔らかいものが当たった。

 一瞬の温かな感触。


「っ⁉ すすすすまないっ!」


 団長が真っ赤な顔で、私から飛び退いてしまった。


 もう少し触れていて欲しかった。

 いつぶりだろうか、こんなにも心がときめくキスは……。



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