第4話 福岡県民、馬鹿と言われる。




 団長に手首を掴まれて、連行されるように執務室に戻ると、副団長が心配そうな顔で私たちに視線を向けた。


「無理矢理は感心しませんが?」

「強要はしてない」

「カリナ、それであっていますか?」


 副団長が艶めかしく、緩やかに溜め息を吐いたあと、そんな確認をしてきた。

 無理矢理でも強要でもなかった……とは思うので、コクリと頷くと、なぜかまた溜め息を吐かれた。


 執務室内の応接スペースに座らされたのだけど、正面に団長と副団長が並んで座ったので、威圧感が半端なくてちょっと後悔気味ではある。


「カリナ嬢はここの仕事を辞めたいのか? 正直に話してほしい」

「……辞めたくない」

「では、このままここで働き続けてくれ」


 正直に答えた瞬間、団長がボソリと「よかった」と呟いたのが聞こえた。


「カリナ嬢、真実を知ったからには、このまま君を子供として扱うことは出来ない。団員に君は大人だと通達する。住まいは別の場所を用意する」

「あぁ、それがいいですね」

「え……やだ」


 副団長が怪訝な顔で、そもそもなぜ子どもの振りをしていたのかと聞いてきた。

 初対面の際に団長たちが勘違いしていたこと、保護してもらうには言葉が不自由な方が都合良さそうだと思ったこと、それらを細かく話した。

 わりとちゃんとした言葉で。


「っ…………馬鹿者が!」

「本当に馬鹿ですね。子どもの振りをしなくとも、喋れない振りをしなくとも、保護くらいします」

「だって――――」


 確かに、傍から聞いたら馬鹿としか思えないだろうけど。


「――――団長といたかったんやもん」

「チッ」


 俯いて話していたら、舌打ちが聞こえた。

 パッと顔をあげると、苦虫を噛み潰したような顔の副団長と、茹で上がったタコのような顔の団長。


「くそ。余計に手放せんぞ」

「手を出さないで下さいよ」

「何の話ね?」

「「気にするな」」


 声を揃えて言われると、余計に気になるのだけど⁉




 冷めてしまったご飯を二人が食べている間に、部屋の荷物をまとめておくようにと言われた。


「もうまとめ終わっとるんやけど。あと、キッチンで温め直して来ようか?」

「このままでいいですよ」

「まて。荷物とはあの鞄のことか? あれが全部か?」


 副団長は黙々とご飯を食べ始めたのに、団長は全く手を付けようとしない。なぜか驚愕しているような顔で私を見てくる。


「そうやけど?」

「確かに給与は騎士たちと比べると金額は少なかったが…………。それでも生活用品を買い揃えても余裕のあるくらいは渡していたはずだが?」

「貯金しとった。追い出された時のために」


 団長がどでかい溜め息を吐いて、頭を抱えだした。

 今日だけで二酸化炭素濃度が爆上がりだなぁ、なんて考えつつ、部屋に荷物を取りに戻った。




 ◇◆◇◆◇




 幼いが、とても聡明な子供だと思っていた。

 この国では珍しい黒髪は短く切りそろえていて、どこから見ても少年のようだし、体のラインでも性別を感じない。


 出身地も親族も分からず、スパイなどの疑いも出たが、本人を見ている限り可能性は低そうだった。

 一応の監視も含め、騎士団内で保護することになった。

 独特な言葉はこの半年でどうにか聞き慣れた。


「まさか私より年上とは思いませんでした」

「そういえば、お前……気付いていたのか」

「まぁ、なんとなく。です」


 俺は幼い女の子だと思っていた。

 可愛らしい声と笑顔を皆に振りまいて、楽しそうに過ごしている姿を見て癒やされていた。

 カリナが近付いてきて、ふわりと香る石鹸とは別の匂いに心臓が締め付けられるのは…………自分がこれくらいの年齢の子供を持っていてもおかしくないから、愛おしく感じるのだろうと。

 抱きしめたいと思ってしまうのだろうと、思い込むようにしていた。


「カリナの住まいは、あてがあるんですか?」

「……俺の屋敷に」

「は? 頭にウジでも涌いているんですか?」

「他にカリナが安全に暮らせる、妥当な場所があるか?」

「私の屋敷で――――」

「馬鹿め!」


 結局、カリナに選んでもらうことになった。




 ◇◆◇◆◇



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