5時限目 引きこもりの魔女に弟子入りする?しない?
『直属の弟子がいる、または規定回数の授業を行なう』
一見簡単そうな条件が最も難しい。何かの謎かけだろうか、そう思った秀也は追加の説明を本人に求めるべく、ゆっくりとエリに顔を向けるも、
「むぅ~~~」
とふくれっ面のままソファにあるクッションに顔を半分押しつけており、喋る気はないようである。
「意外だったかい?こんのバカ弟子の最大の欠点、それはねえ『引きこもり』ってことさ。一般生活として学生生活があるとはいえ、抜け道があるにはあるんだよ。だけど、引きこもりなわけだから、授業を教えに行っているわけではないし、抜け道を使っている訳でもない。弟子を取ろうにも弟子と会う機会がない。だから条件を満たさない故に教員免許没収。」
そこで一区切りいれた“結界の魔女”は続ける。
「……だったんだけどね、そこにあんたが現れた。」
「……な、なるほど。ふらふらしていた俺を弟子にしてしまえば、条件を満たす訳ですか。」
「そういうことだ。これでバカ弟子がなんで弟子にしようとしたかわかるだろう?」
「理解しました。けど……何で隠したの?」
当然の疑問を秀也はエリ本人に訊く。エリはクッションに顔を押しつけたまま、蚊の鳴くような声を出す。
「…………いから」
「え?」
しかし、あまりに小さな声で聞き取れず、秀也は聞き返す。
「だ~か~ら~、引きこもりだから弟子いなくて、それじゃ資格の更新できないから、弟子になってって、恥ずかしいからいえないじゃん!」
「……そ、そうだね。」
語気を荒げたエリに秀也はおされ頷いてしまう。
「まあ、弟子がいないから、で更新できないって例もあるにはあるんだけどねえ、このバカ弟子、魔術の腕に関しては良いからね、いろいろと立場ってのがあるんだよ。まあ、更新できなかったら、しばらく魔の者たちの中で晒されて、恥ずかしい思いをするだろうね。」
他人事を決めつけ、ティーカップに手を伸ばした“結界の魔女”だったが、
「空じゃないか。エリ、入れておくれ。」
空だと気付き、エリにおかわりを求める。エリはムスッとした顔のまま、
「……ん」
スイーとポットとティーカップが空中を滑り、ティーカップは“結界の魔女”の前に浮遊し、ポットは、エリがもともと使用していたティーカップに注がれる。
「……バカ弟子、このティーカップのお茶、あんたが飲みな。」
「……イヤだ。」
「全く、子供じみたまねを。」
“結界の魔女”はため息をつきながら、浮いているティーカップに口をつけず、テーブルに置くと秀也に向き直る。
「さて、鴻上とやら、弟子になるのも1つの選択肢としては良いとは思うよ。ただ、決めるのはあんただ。何なら私の弟子になったって良い。もちろん、弟子にならなくてもいい。どちらでも良いんだがね、どうするかい?」
本音を言えば、エリの弟子になるのはありだと思っていた。エリの先ほどの条件なら、少なくともお金の心配はしなくても良いのだ。もちろん魔法使いに成れれば、であるが。
ただ、道徳や公序良俗的にどうか、という問題もある。
「クックック、ああ、引きこもって出会いのないエリのことを貰ってやってくれればなおよしか……おっとっと」
「……」
今まさに懸念していたことを言われ、意識を目の前の魔女二人に目を向けると、エリが無言で乱発する四方八方からの魔術を“結界の魔女”が結界で防いでいた。
しかも秀也に被害が及ばぬようにエリと結界の魔女の二人を取り囲む結界も張る徹底ぶりである。
「全く、うぶな子だねえ。そのくらいで怒ることもないだろうに。今の高校生はもう少し早いんじゃないのかい、そういうことは。」
「……うるさい!」
「……」
ムキになりさらに魔術を乱発するエリと、無言で流す秀也。こういうとき、男は黙っていた方が正解のことが多い。しばらくそのままにしていると、何故か外の風の音が大きくなり、目の前の二人の魔術の応酬が目に見えぬほどの早さになり始め、状況が収拾つかなくなり始める。
外の風が家の窓をガタガタと震えさせ始めた頃、二人の魔術、いや世界が凍った。
『音声だけでごめんなさいね。エリも“結界”も落ち着きなさい。目の前の御仁が困っているわよ。 “結界の魔女”もあんまりエリをからかわないであげてくださらない?エリのせっかくの弟子候補が逃げちゃうかもしれないでしょう。あと、魔力が荒れるから、スラムとはいえ東京の中心近くでお二人のじゃれ合いはやめてくださりません?竜巻が起きかけていますよ。それでは。』
徐々に世界が溶けていく。
「……今のは?」
「……親友。」
「同業、だな。」
気まずそうな二人の声。
「は、はぁ。」
「して、どうするつもりかな?鴻上とやら。別に性別が、とかは考えなくて良い。魔法使いや魔女にとって大事なこと、それは『自由』だ。『責任』を持てるなら、自由にしても良い。」
「……わかりました。では、魔女エリに弟子入りします。」
鴻上秀也は熟考の末、魔女の弟子になった。
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