2時限目 魔女への親切心は仇となる……こともある
魔女と認知され、にっこりと微笑んだエリは提案する。
「じゃあ、とりあえず招待しよう。話は家の中の方がいいだろうし。」
鴻上の目の前に立つと鴻上の肩に手を置く。
「気持ち悪いかもだけど、我慢してね。 “転移”」
ヴンっと音を立てると同時に、秀也の見ている景色が変わった。
「……ここは?」
「ここは私の仕事場。奥は家。そこのソファにかけておいて。お茶準備してくる。」
必要最小限のことを言い残すと背中を向けて、家の奥へと向かう自称魔女。魔女の背中へ向けて、秀也は親切心からしゃべりかける。
「ああ、わかった。てか、それより俺、男子高校生だぞ、無防備すぎないか?」
「なんで?」
その言葉に振り返らずに立ち止まり、首をかしげる。
「なんでって、そりゃ、高石が女だからだよ。公序良俗的にね……」
「へぇ~、私に欲情すると?」
「いや、まあ、そのだから、男の俺を家に招いて背中向けると、襲われるぞ?」
「……フフ。怒ってくれている様だけど……襲えるのならどうぞ?」
立ち止まっていたエリは秀也の方を振り返ると、さあ、と言うように挑発的に両手を広げる。あまりの行動に戸惑う秀也。
「どうぞ?……ああ、杖は使わないので死ぬ心配はないよ?」
「……ん、どういうこと?」
「え?いや、 私が鴻上くんより強いことを証明すれば、襲っては来ないよね?」
「……まあ、そういうことなのか?」
秀也は少し認識のずれを感じるが、本質はそこではないと無理に自分を納得させる。そんなこととはつゆ知らず、更なる爆弾を投下するエリ。
「もし私が負けたら、好きにしていいよ?」
「……勝っても何もする気は無いぞ。」
「あら、残念……でも、全力でかかってきていいよ。」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。」
秀也は全力ではないにせよ、腕をつかんで動きを制限しようと襟華の正面にまで動き、あと少しのところまで迫る。
しかし、秀也が手をつかみかけたその刹那、ヴン、と言う音が鳴ると同時にエリが秀也の左前に現れると、左の掌を秀也のみぞおちに触れる。ゴスっという音とともにソファの上に吹き飛ばされる秀也。
「……すごいね、手加減したとはいえ気絶しないとは。人間の反応速度を超えてるよ?鴻上くんって人間……だよね?」
「……なんていう威力だよ、いちおう俺、武術経験者だぞ……」
自身の左手を握ったり開いたりしながら、驚嘆するエリ。
対して仰向けのままみぞおち付近をさすりながら、今の一撃を分析する秀也。
みぞおちに掌が触れた瞬間、秀也の頭に激しい警告音が鳴り響いたため、直感に従い自然と自身の体幹の中心線をねじってずらし、後方に軽く跳躍したのだ。威力を殺しきれずソファの上まで吹き飛ばされたものの、もし何も対処しなければ美少女でありクラスメイトの足下でリバースをし、男としての尊厳が危ぶまれる事態になっていただろう。
「鴻上くん、あなたの言いたいことはよくわかりました。夜のこんな時間に男を家に招き入れるのは危険だ、ということでしょうが……、今の攻防で理解されたと思うでしょうけど、私は大抵の殿方には負けませんのでご心配なく。」
余裕の笑みを浮かべつつ、エリは秀也の心配が杞憂であることを伝える。
「……ああ、ならいいんだ。水を飲ませてもらったのにすまん。」
「いいえ。ではしばらくお待ちください。」
今度こそ背を向けて、お茶の準備に向かうエリをソファから見送る秀也。数分するとぷかぷかとお盆を浮かせたエリが戻り、秀也の座っているソファのテーブルを挟んだ向かい側に腰掛ける。お盆はテーブルの真ん中に静かに着地し、ティーカップはお盆から分かれて秀也とエリの目の前に音もなく着地する。
「さて、魔法界きっての銘茶“マンドレイク茶”だよ。中国に自生している最高級品の一つでね。さあ、遠慮せずにどうぞ。」
「……あ、ああ。いただきます。」
頭の中に人型の植物を思い浮かべながら、すっと一口飲む秀也。すると口の中にほんのりとした甘みとほどよい渋み、そして鼻をくすぐる風味。
「……う、まい、な。」
秀也は感動のあまり言葉が途切れ途切れになってしまう。
「これがほんとにあの悲鳴を上げる植物のお茶なのか?」
「あ~、悲鳴を上げる植物って有名だけど、おいしいんだよね~。中国自生とイギリス北部の自生群からとれるマンドレイクのお茶はすごくおいしいんだよね。他のところのは、甘すぎたり、渋すぎたりしてね……。来客だし、たまには贅沢ということで。」
「……そうなのか。」
「あっ、おなかすいてない?必要だったら、何か作るけど?」
「……いや、だいじょう『グゥ~』……ぶじゃないな」
ちょうどお腹が鳴ってしまう秀也。締まらない展開に気まずくなり、秀也は目線を外す。
「そうだなぁ……じゃあ、適当に。空飛ぶ豚の手羽肉グリル、にしようか。」
フッと杖をエリが振ると家の奥で調理器具の音のようなものがしはじめ、15分ほどするといくつかの皿が並んでフヨフヨと家の奥からテーブルに向かって浮いてくる。
「……マジで魔法すごいな。」
「まあ、こんなものかな。感心しないで食べようか。食べ終わったら、差し支えない範囲で事情を聞かせてもらうよ?」
大きな手羽肉のハーブグリル、見たことのない野菜のサラダ、スライスされたフランスパンと魔牛のバター……警戒しながら一口目はゆっくりと口に入れる秀也であったが、一口食べるとそのおいしさで途端にフォークとナイフを持つ手が止まらなくなったのであった。
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