第1クール 魔女からの提案
1時限目 魔女との出会い
―――時は少し遡る。
「むゥゥ……」
大きめの水晶の前でふくれっ面をして不満げな顔をする少女。目の前で光る水晶からカラカラと笑い声が聞こえる。
「……クックック、バカ弟子が。このままだと、魔法教員免許資格更新不可、だよ?本当にあんたは引きこもりだねぇ、クックック。」
「……うぅ。」
「まぁ、エリはずっとそこに籠もっているからねぇ……。でも、あんたこのままじゃ条件満たすことすら難しいでしょ。」
「……むぅぅ」
水晶には中年くらいの女性と30に満たないくらいの若い女性が映っている。
「まぁ、更新できずとも準資格は一生持てるはずさ。取りたいと思ったときに、また再講習を受けるんだね、バカ弟子。」
「グッ……」
水晶に写る二人からの救いのない言葉に少女は何も反論することができない。それに対し水晶に映る二人は、その様子を面白がっているきらいすらある。ムスッとふくれっ面をしていた少女が突然立ち上がる。
「お、気でも狂ったかい、バカ弟子。」
「どうしたの?……ってまさか、こどもを誘拐する気じゃないでしょうね?犯罪はダメよ。」
水晶の二人は冗談半分といった感じで、少女の突然の奇行に反応する。
「……結界の中に一般人が入ってきた。」
「……へぇ~。」
「……あら?」
水晶に映る二人の顔も鋭くなる。鋭い人ならばおわかりだろうが、この3人は魔法を使える女性、いわば魔女である。
「あまりのショックに結界の維持を忘れたかい?」
「……師匠、この超一流の魔女エリにそんなミスはない!」
フンスと胸を張るエリ。しかし、水晶の向こう側の相手はため息をつきながら反論する。
「……どこがだい、このポンコツバカ弟子め。昔私の家でやらかした数々のことを忘れたとは言わせないよ?」
「……エリ、あなたが天才魔女であるのは認めるけど、ミスしない、というのは違うと思うわ。」
「……」
水晶から流れる二人の辛らつな言葉に返す言葉が出ないエリ。
「……で?どんな相手だい?」
「……今、防犯水晶で確認中。……う~ん、男子……高校生?なんか迷い込んだ、って感じ。」
「フン、あんたが居を構えるそんなところになんざ、人生の迷い人くらいしか来ないだろう?気をつけろ、とあれほど言っておるのに。」
「そうよ、あなたがいるところは日本を代表するスラムの一角なんだから。自分の性別、わかってるんでしょうね?」
「……確かに、そうだね。」
しばらくの間、沈黙が場を支配する。
「……いいこと思いついた。」
「……ん?」
「……はぁ、こういうときのあんたの思いつきはイヤな予感しかしないのだけど?」
止めようとする二人の魔女。しかし、エリは男子高校生が映る防犯水晶の映像に目を輝かせる。
「ってことで、通信切ります。ヤバくなったら、どっちかの家に逃げますので、では。」
「ちょっと待ちな……」
「まさか、あんたね……」
ブツン、と水晶通信を切るエリ。さらに鬼電を防止するため魔力の供給すら切ると、防犯水晶から送られてくる映像を食い入るように見つめる。
「……やっぱり、同級生だ。よし、誘惑するなり何なりで私の要求を飲まそう。そうと決まったら、会いに行かないとね。」
右手を衣装部屋の方に伸ばすと、ローブと三角帽、そして杖が大気中をすーっと滑ってくる。
「うん、ラクちん、ラクちん。えーと、今はB-1区画の近くなら、B-2区画に……“転移”!」
ヴン、という音とともにエリの姿は部屋から消えたのだった。
―――そして、
「
疲れ切って、路傍の段差に腰をかけ、今にも寝転がろうとしていた男に女性の声が降りかかる。
「え……?コスプレイヤー?……ってか、何で俺の名を?」
気配なくわいた不審人物に慌てふためく秀也。それにムッとした様子の魔女が答える。
「コスプレイヤーじゃないです!この衣装、準正装扱いなんですけど?」
そして、三角帽を取り左手で取ると三角帽の陰でみえなかった顔があらわになる。その顔は秀也もよく知る、学年で1, 2を争うかわいさと言われるクラスメイトの顔である。
「……なっ!」
「おとといぶり、かな?さすがに同じクラスの後ろの席に座っている女子の顔くらいは覚えているわよね?」
「あ、ああ。高石襟華さんか……ってここ治安悪い場所だよ?なんでこんなところに一人でいるの!」
「お!覚えてくれていたなら自己紹介の手間が少し省けるね。エリ、という通り名で超一流の天才魔女をやってるんだよね、私。」
「……は?」
秀也は何言ってるんだこいつ、という顔をしてまじまじと襟華の顔を見る。そして、合点がいったというように頷くと温かい目を向ける。
「……鴻上くん、いま中二病を拗らせちゃってるイタいやつ、って思ってどうやってこの状況から抜け出すか、考えているでしょ?」
「……ソンナコトナイデスヨ?」
「はぁ、まあいいか。信じてもらうには、こうすればいいかな?」
ローブの下から抜いた杖を右手に持つと、呪文を唱える。
「 “来たれ視えざるものよ”」
すぐには何も起きず怪訝な顔をしていた秀也であったが、しばらくするとスーとティーカップが空中を滑り、秀也の前で止まった。
「……へ?」
起こっている事象に理解が追いつかず、固まってしまう秀也。そんな秀也にかまわず、襟華は浮遊しているカップに杖を向けると続けて呪文を唱える。
「……喉渇いてそうだから、 “水よ湧け”」
カップになみなみと湧く水。その光景に秀也は本当に唖然とする。
「飲んでいいよ。」
こくこくと頷きカップに口をつける秀也。秀也は飲んでいる水を意外においしく感じると襟華の顔をまじまじと見つめた。
「……鴻上くん、私が魔女ってこと、信じてくれた?」
こくこくと頷く秀也を見てエリはにっこりと笑ったのだった。
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