其ノ参 三種の魔神器
「人を妖魔へと容易く変えてしまう呪具とは......」
「”三種の魔神器”ねぇ。以前ツナはハルア・ジワラが持っていた玉のせいで妖魔になったかもしれないと言ってたな」
「だとすればそれが”
「マサード殿に使われたのが”
ヨリツ、ミチナ、ミチザ、ヤスマの四人がマサードが遺した情報について話し合っていた。
マサードは魔神鬼ヤシャに力を与えられた際に、三種の魔神器の一つである腐亡犠剣と呼ばれる呪具を身体に植え付けられ、死亡後には妖魔となるよう呪いを掛けられていたそうだ。
ツナ達に敗北した際、自爆を選択したのは肉体が残ることで妖魔となってしまうのを嫌ったことも理由だと語っていたが、最期に陽属性の矢を受けたことで「これならば呪具の力も封じられただろう」と安堵していたらしい。
しかし矢が抜かれたことで封印が解けたのを感じ、切り離されている自身の肉体の方が妖魔化するという異変を察知した彼は、それを阻止するために残る力を振り絞ってバンドーへと向かったのだと語った。
「呪具で本物の三種の神器の名を騙るとは趣味が悪い」
「神皇即位には神器が必要だからな。ヤツを真皇に即位させる為に用意したんだろうよ」
「残る夜堕鏡はオキヨが持っている。最低でも後一体は妖魔が出るものと覚悟して挑まねば」
「妖魔胴羅叛の妨害があったとはいえ、今回ムサシ国府軍を蹴散らしたのは大きいですね。この勢いのまま明日にでも国府へと攻め込みましょう!」
四人の議題はムサシ侵攻についてに変わり、最初にヤスマが言ったように連合軍のムサシへの攻勢は翌日に決定する。
その日の晩、連合軍の仮設拠点から少し離れたムサシの山中にて、シウを追っていたキントは彼女と対峙していた。
「シウ姉、なんか色々事情はあるみたいだけどさ、オレ様はシウ姉とは戦いたくねえんだ! 一緒に来てくれよ!」
「アタシも戦いたくなんてねえよ......。例えキントと叔母甥の関係だったとしても、お前が好きなのは変わらない!」
「だったら!」
「ダメだ! お前を許せてもトール家を許す気にはなれない! なぁ、だからお前がこっちに来てくれよ......」
木々の隙間から差し込んだ月明りに照らされるシウの表情は助けを求めるように悲哀に満ちていた。
今日の戦いでヨリツとの圧倒的な力量差を感じ、トール家と敵対すれば負けると身に染みて分かったからだろう。
「ごめん......それは出来ねえ。爺様や父上たちも大事な家族なんだ。家を捨てる覚悟はあっても、敵対して傷付ける気持ちにはなれない」
キントは差し出された手を取りたかった。
しかし、ツナのおかげで獣憑きの症状が落ち着いて以降、共に笑い、共に泣き、しっかりとした絆を深め合ってきた家族たちと袂を分かち敵対勢力に寝返るという決断は彼には出来なかった。
「な、んで......なんでだよぉおお!!」
「シウ姉!! 待って......」
絶望した様な表情を見せたシウは、無詠唱の我武者羅な雷を纏ってその場から走り去った。
その後姿を見るだけしか出来ず膝から崩れ落ちるキント。
最後まで手を伸ばせなかった彼は、握り締めたまま震えている自身の右手を見て「クソッ!」と遣る瀬無い怒りのままに地面を殴った。
「あ、キント! やっと戻って来たわね! アンタ何をしてたのよ! って、ちょっとキント? 大丈夫? 酷い顔してるわよ......?」
「............」
真夜中、仮説拠点まで引き返したキントにちょうど不寝番をしていたサダが声を掛ける。
しかし返事もなく鎮痛な面持ちで項垂れているキントの様子を見て、傍に居た兵に熱々の粥を用意させると消沈している彼の口に無理やり木匙を突っ込んで食べさせた。
「あっちぃ!? なにすんだ! このバカサダ!」
「やっといつもの調子に戻ったわね! アホキント! 何があったか聞かせなさいよ?」
荒療治だがキントを振り向かせたことに満足気なサダ。
その表情に毒気を抜かれたキントはポツリポツリと何があったかを語る。
「そう……。アンタが敵にならないことを選択してくれて良かったわ」
「サダ......」
話を聞いたサダは小さく丸まったキントの身体を軽く抱擁し右手で優しく頭を撫でる。
キントは彼女の胸の中で静かに泣いた。
一頻り泣き続けると気付けば空は白み、夜が明けていた。
朝になり父と祖父に話を伝えに向かうと、キントは身勝手な戦線離脱の罰として二人から痛烈な拳骨を受ける。
その痛みはかなりのものだったが、その後の「よく帰って来た」という言葉でたしかな家族のぬくもりを感じ再び涙を流した。
「ま、その場を見てないアタシとしては戦線離脱というよりはシウってやつを追跡したと受け取っておいてやるよ」
「忝い」
「すまんの」
連合軍の大将としてミチナは不問にすると判断を下す。
そしてニヤリと興味深そうな表情でミチザとヨリツの二人に顔を向ける。
「で? そのシウって女は本当にトール家の娘なのか?」
「ああ。昨夜ワシの下に元侍女のラスザキが夫と共に訪ねて来てな。異形で産まれた赤子をプラムが死産ということにして山に捨てるよう命じたそうじゃ」
「母上は潔癖なところがありましたからな。キントの髪色についてもサキの不貞を疑っておいででした......」
昨夜、ミチザの下にはシウの育ての親であるラスザキ夫妻が訪ねて来ていた。
数日前に夫妻は流刑となった彼女を追い掛けてムサシまでやって来たのだが、そこで出会ったシウは既にムサシ国府軍の将となっており、誰に吹き込まれたのかトール家に復讐すると息巻いていたのだ。
二人の説得に聞く耳を持ってもくれず、どうしたものかと途方に暮れていた所にミチザがバンドーに来ているという噂を聞き、藁にも縋る思いでシウの助命嘆願に来たのだった。
「ほーう。本当に実の娘かよ。爺さんの落胤かと思ったぜ。それで? どうするつもりだ?」
「我がトール家の恥部じゃからの。出来ればこのまま居なかったことにしたい。どうせオキヨに唆されただけじゃし、捕縛してラスザキ夫妻と共に当初の流刑地へと連行かの」
「今更私に妹が居たなどと言われても混乱を招くだけですからな。ラスザキの家の者として扱った方が良いかと。まあ、キントには悪いが......」
「いや、いいんだ父上。シウ姉を殺さないでくれるだけで感謝しかない。あとやっぱりオレ様はこの戦いが終わったら家から離れるよ。シウ姉の傍に居たいんだ......」
シウを生かして捕らえるという方針という事に感謝したキントが今後の身の振り方について話す。
ミチナとヤスマは驚いていたがトール家の三人は彼が前々から同じような主張をしていたことを知っているので困ったような悩む様な表情を浮かべながらも首を縦に振っていた。
「先程ミチナには許してもらったが、キントを戦線離脱の責を取らせて家からの追放と三年の皇京への進入禁止に処すかの。身内にも厳しく処断する様を見せれば煩い
「サキたちも悲しむだろうがお前はずっと自由になりたがっていたことを皆知っておるからな。達者でやるのだぞ」
「ま、せいぜい幸せになんなさいよね!」
「皆......ありがとうな......」
旅立つことを決めたキントに対して穏やかな目で肯定する家族たち。
少し歪ではあるが彼らには確かな絆があった。
しかし、和やかな雰囲気を切り裂くかのように斥候に出ていた兵が声を荒げて帰って来る。
「ほ、報告! ムサシ国府軍、総大将オキヨ様自らが率いこちらへと迫っております! その数およそ三千!!」
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