其ノ弐 妖魔胴羅叛

「あのシウという娘、妖魔を胴羅叛デュラハンと呼んでおったな。オキヨから何か聞かされていたと見るべきじゃろう」

「つまりあの妖魔もオキヨ様の策謀であるということか。一体伯母上はどれだけヒノ国に混乱を齎せば気が済むのだ......」


 一連の騒動の元凶とも言えるオキヨ・アプロは、亡きプラム・トール、旧名プラム・アプロの妹だ。

 つまりミチザの義妹でヨリツの叔母にあたる。

 他家かつ全く交流が無いとはいえ、武辺鎮護を使命とする武の御三家としては親族筋にそのような者が居る事にヨリツ達の腸は煮えていた。


「キントのことも気になるじゃろうがまずはあの妖魔胴羅叛を倒すことが先決じゃ。幸いそこまで強そうでもないしの」

「わかった。では私が動きを止めるので親父殿は強烈な一撃を頼んだ。-雷纏ライテン-」


 ヨリツが再び紫電を纏い腰の刀を抜くと上段に構えて首無し武者である妖魔胴羅叛へと斬りかかる。

 首の無い状態でどうやって察知したのか不明だが即座に反応した胴羅叛は手に持った刀で防ぎ、鍔迫り合いの形となった。


「中々の膂力だが、この程度であれば生前のマサードの半分にも及ばんな! はぁっ!」


 気合とともにヨリツが力を入れて押し込むと、胴羅叛は片膝をついて耐える格好になる。

 その隙にミチザは呪文の詠唱を始めた。


「≪いと高き天より落つる雷よ 我が声に応え豊かな稲魂を授け給え≫ -大雷玉ダイライギョク-」


 詠唱を終えるとミチザの頭上に巨大な雷の玉が浮かび上がる。

 全長10mを越えようかという大きさだったが、それは次第に収縮していく。


「ぬぅううううう! はぁあああ!!」


 最終的に大人の頭程の大きさまで小さくなった雷の玉。

 この辺りが限界だと感じたミチザは脂汗をかきながらそれを放った。 

 察知したヨリツが咄嗟に離れ、胴羅叛も気付いたようだが避けられるような猶予はなかった。


 直撃した雷の玉は先程空気を割いた魔法の轟音を超えるほどの大爆発を巻き起こし、放出された電気が四方八方に散った。

 胴羅叛の胴を貫通こそしなかったものの、超高温により赤熱しドロドロに融解して丸く抉られている。


「ツナの言うておった超圧縮とやらは中々骨が折れるわい。ぱるすぱわぁや、えねるぎぃというものはさっぱり分からんが、魔力の密度を高めると威力が増すということは理解できたわ」

「凄まじい威力だな。溜めの時間が長いがあの黒鉄を雷で穿つことが出来るとは......」


 轟音による耳鳴りで頭を振っていたミチザの下に、土埃に塗れたヨリツが戻って来た。

 妖魔が動かなくなったことで脅威は去ったと判断したようだ。


「おうヨリツ、すまんな。ちと威力が上がり過ぎたが平気じゃったか?」

「以前ツナに教えてもらった”爆発時は背を向けて地に伏せ、耳を塞ぎ、口を開ける”を咄嗟に行ったのでな。聞いた時は間抜けな方法だと笑ったが、あの爆発を近くで受けたというのにこの通り耳も平気だったのだから効果はあったようだ」


 ある程度の距離を取ったがそれでも想定外の大爆発だったため心配していたミチザに、ヨリツは鎧についた土をはらいながら笑って答えた。

 余裕が出来たかに思われた時、どこからともなく金属のような蹄音が響く。


「なんじゃあの馬は? 何か咥えておるようじゃが......」

「あれはマサードの馬では!? 一緒に復活していたと聞いていたが、道理で見なかった訳だ。ならば咥えているのはマサードの首級か!!」


 ヨリツが気付くと黒鉄馬は全速力で動きを止めた胴羅叛に近付き、胸に空いた大穴にマサードの首を放り込んだ。

 すると先ほどまでよりも濃い気配が胴羅叛の身体から立ち込め、停止していた肉体が再び立ち上がる。


 抉られていた胸は塞がり鎧に覆われ、胴丸に顔が張り付いたような状態になった。

 黒鉄馬に跨ると引き千切るように黒鉄馬の首を掴む。

 すると馬の首から上が溶けるように無くなり、代わりに胴羅叛の手には大剣が握られていた。


「首を取り込んだじゃと!?」

「何か来るぞ! 皆の者! 盾で身を守れ!」


 ヨリツが指示を出すや、胴羅叛の周囲の地面から土が細長い矢へと変化し、無数の土矢が雨となって連合軍へと降り注いだ。

 矢の密度が高かったため盾の外に出ていた部位に矢を受け、負傷者は多数出たものの防御指示のおかげで死者は出なかった。


「無詠唱でこの規模か!」

「詠唱は魔法の画一化と安定化をしておるだけじゃ。妖魔となった今、溢れ出る命素のおかげで余力を気にせず馬鹿みたいに撃てるようになったんじゃろう......それにしてはちと様子がおかしい気もするが」


 ヨリツへの矢はミチザが雷の壁で防いだ。

 様子を分析している間に胴羅叛は次弾に槍のように太い土塊を用意し始めた。


「まずい! 壁を破られる者が出るやもしれん!」

「ワシがやる! ヨリツは力を溜め続けよ! -雷波ライハ-、-寄雷キライ-」


 腰の刀に手をあてたまま居合のような構えでいるヨリツが危険だと叫ぶと、自分に任せろと言ったミチザが波のような雷を広範囲に放つ。

 地面から射出されたばかりの土の槍が電気を帯びると、二つ目の魔法で帯電した槍同士が引き寄せられて一つの塊となり高く飛ぶ前に自重で落下した。

 それでも止められたのは半数程で残りが兵達に襲い掛かる。


「ちぃっ! さっき雷網を使ったばかりじゃった! 命素が足りん!」


 先程大量の力を使ったため、思ったほどの範囲で魔法が出ずに焦るミチザ。

 その時、一陣の風が兵と槍の間を通り過ぎ、直後に巻き起こった真横に伸びる竜巻が残った土槍を全て弾き飛ばした。


「-竜風矢リュウフウシ-! 腕が衰えたか? ミチザの爺さん!」

「やかましいわミチナ! 久々の戦場でまだ勘を取り戻しておらんだけじゃわい!」


 矢を放ったのは天馬に乗ったミチナ・テミスだ。

 ミチザは売り言葉に買い言葉で返したが内心では安堵と感謝をしていた。

 両者とも軽口を叩きつつもその眼光は胴羅叛をとらえている。


「生まれたての妖魔みてえな雰囲気だな。命素が尽きるまで耐えるよりもさっさと潰したほうが良さそうだ! ヤスマ! 全力でいく! 合わせろ!」

「はい! 母上!」


 獰猛な笑みを浮かべたミチナが弓を射る格好を取ると、背後に跨っていた息子のヤスマ・テミスが応える。


「「≪大いなる風よ 遍く空と大地の悉くを知る者よ 逆巻く風を我が矢に宿せ≫ -暴風之矢ボウフウノヤ-」」


 巨大な風の弓矢が出現しミチナが弦を引き絞る。

 詠唱を合わせたヤスマは印を結んでいるだけでその力は全てミチナの弓矢へと吸い込まれていった。


「≪彼方から此方へ 此岸から彼岸へ 四不顛倒を超えし常楽我浄≫ -四波羅蜜シハラミツ-」


 ミチナの跨る天馬の上下左右に弓を引いた状態の四体の風の分身が現れる。


「今度こそちゃんと涅槃に送ってやるよ。-不生不滅フショウフメツ-!」


 五本の巨大な風の矢が放たれると混じり合い一本の巨大な矢となって胴羅叛へと飛んで行く。

 胴羅叛は岩の壁を何重にも重ねて防ごうとしたものの悉く削り穿たれ、最後には風の矢の直撃を受けた。


「やりましたね! 母上!」

「まだだ! よく見ろ! あの野郎、直前になって馬を盾にしやがった!!」


 直撃の手応えが違ったことに気付いていたミチナはぬか喜びする息子を叱りつける。

 彼女の言う通り胴羅叛は最後の岩壁が砕け始めた瞬間、乗っていた黒鉄馬から下馬して身代わりにしていた。

 黒鉄馬の肉体は千切れ飛んだものの、風の矢の直撃は馬の首から作った剣で防がれる。


 だが、砂煙の向こうで胴羅叛が立ち上がる隙をヨリツは見逃さなかった。


「≪天の原 踏みとどろかし 鳴る神も 思ふ仲をば さくるものかは≫ -紫電一閃シデンイッセン-」


 力を溜めて雷光の如き紫の輝きを纏っていたヨリツは詠唱を終えると同時に光速で走り出す。

 刹那の間に胴羅叛の真横を駆け抜け、通り際に抜刀し、大剣諸共に黒鉄の肉体を斜めに斬り裂いた。


「意識があった時の方が堅固であったぞ。マサード殿......」


 ヨリツが少し物淋しそうな声で呟くと、胴羅叛の肉体が泣き別れる。

 彼の右手にあった刀は技の威力に耐えきれずボロボロに崩れ去っていた。


「雷でも二人の仲は裂けぬという詩を詠み相手を両断する。相変らず矛盾したような技だな」

「”雷光”のお力、感服しました」

「ああ、ミチナ様。ヤスマ殿もお力添え頂き助かりました」


 ニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべるミチナと感嘆を漏らすヤスマが天馬で降りて来る。

 馬に乗ったミチザが合流したところで崩壊しつつある妖魔胴羅叛へと近付いた。


「また、貴様ら、だったか......。此度は......迷惑を、掛けた、な......」

「マサード殿!? 正気を取り戻されたか!」


 胴羅叛の肉体が砂の様に崩れ去ると、妖魔に取り込まれていたマサードの首だけが残っている。

 誰かに伝えなければという執念から事の顛末を語り始め、全てを語り終えると涙を流しながらキキョウへの謝罪を口にし砂となって崩れ去った。

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