閑話 首無し武者と牛姫
其ノ壱 予期せぬ再会
マサードの首級が晒し首になっていた
トウカイ道の空を夜通し駆け抜け、ミチザはマサードが討たれたサシマ郡にあるヘタの地に降り立っていた。
「親父殿! マサードの首級が飛び去ったというのは本当か!?」
「うむ。ルアキラ殿の勘では胴体にも何か起きているのではないかということじゃ。移動の疲れはあるが刻が惜しい。埋葬されている場所へ案内せよ」
戦後統治の基礎作りの為にこの地に残っていた兵部権大輔ヨリツ・トールは皇京からミチザよりも一日早く戻っていた東正鎮守府将軍のミチナ・テミスからマサードの首の話を聞かされていたが俄かに信じられないでいた。
詳しく聞こうにも当のミチナは何があってもすぐに軍を動かせるよう一旦自身の家族の下へと向かっており、ヨリツはこの場に留まってバンドー復興のための連合軍の指揮を頼まれてしまったのだ。
ミチザの話を聞いて信じるほかないと判断し、すぐに子のキントとサダを連れて部隊を編成するとマサードの胴体が埋葬されている場所へと向かった。
しかし、辿り着いたヨリツ一行はそこで凄惨な光景を目にすることとなる。
「一足遅かったようじゃ」
「これは、酷いな......」
破壊されつくした仮設家屋、マサードに所縁のある武者や寺を建立するために集められた人足などの亡骸は片付けられず放置されたままで、それに縋りつくように泣く女たちと命は拾ったものの負傷し沈んだ顔の男たち。
一目でこの場で破壊の限りが尽くされたことが分かった。
「何があった! ここに居るはずのキキョウという
「キ、キキョウ様は、動き出したマサード様のお身体に必死になって止まるよう説得なさっておられました。ですがその甲斐無く弾き飛ばされてしまって……」
ヨリツが折れた右腕に添え木をしている武者姿の男に声を掛けると、男は沈痛な面持ちで話し始める。
男はキキョウの胎の子が流れてしまったこと、絶叫した後に泣き崩れていたこと、流産を苦にして自ら首を切って命を絶ってしまったことを告げると、キキョウの亡骸の傍にあったという直筆の遺書を差し出した。
「自ら因果応報だと受け入れたが、生きる望みを失い命を絶ってしまったか」
「悲運じゃな」
「やるせねえ......」
「そんな......」
バンドーでの新たな反抗の旗頭とされる可能性もあったことから、母子の存在は皇京にとって厄介ではあったものの、何の罪もない赤子が命を奪われ母親が後を追ったというのは痛ましい出来事だ。
キントとサダは言葉を失っている。
遺書に目を通した後、復興よりも先に埋葬されたキキョウの廃材で作られた簡素な墓に一行は手を合わせると軍の一部とサダを負傷者の搬送に回し、残りを率いてマサードの胴体の追跡を開始した。
翌日、ムサシとの国境であるフトイ川沿いでミチザたち一行は武者の集団を目撃する。
そしてその先頭に立つ女性を見てキントが叫んだ。
「シ、シウ姉!? こんなとこでなにしてんだよ!!」
「お? キント? お前こそなんでそんなとこに居るんだよ? アタシは産まれたばかりの頃にアタシを捨てたトール家って奴らをぶっ潰さねえといけねえんだ!」
「「「!?」」」
シウと呼ばれた頭に牛のような角が生えた紫色の髪の大女がそう叫ぶと、トール家の三人は驚愕した。
特にミチザとヨリツの二人はシウの容貌に驚いていた。
その顔はプラム・トール、ミチザの妻であり、ヨリツの母の若い頃に瓜二つだったのだ。
「まさか、死産だと言われていた娘が生きておったのか......!?」
「親父殿!? ということは彼女は私の妹だというのですか!?」
「爺様!? 父上!? それってどういうことだよ!?」
ヨリツ達の動揺は招集されていた全軍に広がってしまう。
「行くぞオメーら! トール家とそれに従う奴らは全部蹴散らせ!」
「「「おおぉぉ!!」」」
それを好機と見たシウはキントが居ることもお構いなしに突撃を敢行した。
動揺した軍勢がそれを受ければ一気に瓦解してしまう事は間違いない。
「む。イカン。ヨリツ! 刻をやるから態勢を立て直せ! ≪
ミチザが魔法を使うと青天の空に霹靂が轟く。
まるで空が割れたかのようなその轟音に両陣営の馬は怯え、人々は耳を塞いで身を竦めた。
「-
「「「おぉぉおおおお!!!!」」」
轟音の後の静寂を利用してヨリツが激励と共に先頭に立ち馬を走らせたことで、身を竦めていた味方達の士気が奮い上がり続々と突撃を仕掛けた。
ヨリツ自身も最初こそ動揺してしまったものの、シウの話の真偽はさておき今は将としての立場を優先したのだ。
先程とは真逆に怯んだムサシ国府軍を連合軍が強襲する形となった。
「ちっ! まあアタシが大将を討てば良いだけか。おいっ! お前! アタシと一騎討ちしやがれ!」
シウは紙を裂くように打ち破られる自軍の兵を無視し、ヨリツへと一騎討ちを申し込む。
ヨリツとしてもこれ以上双方に無駄な被害は出したく無かったのでシウの提案に乗る事にした。
「よかろう。私は皇京の武の御三家トール家の次期当主である兵部権大輔ヨリツ・トールだ! 一騎討ちに応じてやるからにはお主も名を名乗るが良い!」
「へっ! やっぱトール家の野郎だったか! アタシはシウ・ラスザキ! てめぇらに捨てられた後、ラスザキ家の母ちゃんと父ちゃんに育てられてきた! ブッ飛ばしてやるから覚悟しやがれ!」
互いに名乗りを上げると馬を走らせる。
シウの得物は馬上でも軽く地面に届くほどの刃渡りがある大太刀だ。
それを右腕一本で振り上げていた。凄まじい膂力である。
対するヨリツは薙刀。
先日のマサードとの一戦の影響で守り刀である膝丸と鬼切丸の二振りを修復に出しているためだ。
「「-
ぶつかる間際、赤紫と紫、互いに似た色の雷を纏い身体能力を最大限まで強化して打ち合う。
その衝撃は凄まじく、両者とも馬ごと後方に吹き飛ばされてしまう。
「ちっ! やるじゃねえか!」
「お主もな!」
このまま打ち合っては馬が潰れると感じた二人は下馬し、身一つで再びぶつかり合った。
雷を纏った二人が高速で大太刀と薙刀を打ち合い、幾度となく干戈を交えると辺りには剣戟が響き閃光が迸る。
そして数十合を切り結んだところでシウの大太刀の刃が砕け、ヨリツの薙刀は柄が折れた。
「はぁはぁ、異形のアタシと、まともに、戦える、なんて、はぁ、ホントに、只の人間かよ......」
「ふぅ、一般人とは鍛え方が違うのだ。お主は体質任せで技の修練が足りておらん」
両者ともに疲労の色が見えるが、シウの方は完全に息が上がっている。
折れた薙刀を捨てたヨリツが腰の刀に手を掛けようとした時、赤い雷を纏ったキントが間に割り入った。
「父上! 待ってくれ! シウ姉はきっと何か勘違いしてるだけなんだ!」
「キント、なんのマネだ! 危ないから下がっていろ!」
「ちょっ、待て! キント! 父上ってどういうことだよ! お前、お前もトール家の人間だったのか!?」
両手を広げて立ち塞がったキントをヨリツが叱責する。
シウは父上と言ったキントの言葉に衝撃を受けていた。
「シウ姉ちゃん、そうだよ。オレ様の本名はキント・トールって言うんだ」
「アタシがトール家から捨てられた人間だと知ったうえで、ずっと騙してやがったのか!?」
「それは違げぇよ! 姉ちゃんの事情は知らなかったし、ウチの家名を名乗ると委縮しちまうかと思って、姉ちゃんにはただのキントとして接して欲しかったから名乗ってなかっただけだ!!」
シウの問いにキントは正面を向いて真摯に答える。
彼の悲痛な表情を見て本心だと悟った彼女は、ガシガシと頭を掻いて「クソッ!」と悪態を吐いた。
「さて、ムサシの兵はワシが捕らえた。後はお前さんだけじゃ。それにしても本当にプラムに瓜二つじゃな......」
シウとヨリツが戦っている間に雷の網を張り巡らせてムサシ国府軍の兵達を捕らえたミチザ。術を維持する為に両手の指を交差した状態で歩いてきた。
見れば見るほどシウに自身の亡き妻の面影を感じ、郷愁に駆られたように目を細めている。
「勝敗は決した。命までは捕らぬから大人しく投降せよ」
「ちぃ......ここで終わ——」
「ぎゃあぁああああああ!!!!」
「「「!?」」」
シウが諦めそうになった時、静かになったはずの戦場に叫び声が響く。
急いで声の方を見ると、何時の間にか現れたマサードの胴体によって、雷の網で身動きの取れないムサシ国府軍の兵が次々に斬り殺されていた。
「む!? あの胴体には敵味方の区別が無いのか! -
敵兵とはいえむざむざと虐殺される訳にはいかないと判断したミチザが術を解くと、拘束されていた兵達は蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
「親父殿、あの気配は」
「うむ。あの胴体、妖魔となっておるな。妖魔化には感情の爆発が必要なはずじゃが、まったく理由が分からんわい」
ヨリツとミチザがマサードの胴体の妖魔化について思案していると、キントがシウの動きに気づいた。
「あ、シウ姉ちゃん! どこ行くんだよ!?」
「キントには悪りぃがトール家の奴らを許す気はねえんだ! あの妖魔、
「待ってくれ! シウ姉ちゃん!」
「おい!? キント!」
捨て台詞を吐いて全速力で走り去ったシウ。
その後姿をキントは追い掛けていく。
ヨリツは叫んだが妖魔を残して立ち去る訳にもいかず、息子のことを後に回して妖魔退治に思考を切り替えた。
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