百七十一話 バンドー平定
相変らず修行と勉学の日々を繰り返し、爺ちゃんや父上、兄姉たちやコゲツの帰還が遅いなと少し心配になっていた卯月の四日。
遂に皆が皇京へと帰って来た。
「「「おかえりなさいませ!!」」」
俺とエタケ、母様やトール家に仕える侍女侍従たちが総出で出迎える。
しかし、帰還した四人の表情は恐ろしく渋いものだった。
サダ姉は俺たちの顔を見て安堵と悲しみを含んだような表情で目尻に涙を浮かべており、キント兄に至っては悲哀やイライラしているようにさえ見える。
それに僅か一か月程で身体が一回り大きくなった気がする?
一体何があったのだろうか?
四人が旅の汚れを落とした後、母屋の父上の部屋に家族だけが呼ばれ、そこでバンドーで何があったのかを聞いた俺は呆然としてしまった。
「き、キキョウ様がご自害なされた......? ど、どうしてです!?」
「胴体だけで蘇ったマサードによって手傷を負い、そのせいで胎の子が流れたそうだ。私たちが駆けつけた頃にはもう自刃して果てておった......」
マサードの愛妾だったキキョウが流産を苦に自殺した。
それも皇京から首が飛び去ったのと同じ日に蘇ったマサードの胴体によって。
遺書には『生きる希望を失ってしまった。これも戦場で他者の命を奪った報いだろう』と書かれていたそうだ。
俺との別れ際、これからはお腹の子と一緒に愛する者の菩提を弔うと言っていたあの寂しげながらもどこか晴れやかな微笑みが脳裏に過る。
そんな彼女がよりによって蘇ったマサードの胴体に希望を断たれるなんて。
彼女を捕虜にし一度は暗殺の手から守った身としては、悔しさや虚しさで胸がいっぱいになる。
だが、衝撃はこれだけに留まらなかった。
「蘇ったマサードの胴体はオキヨの手によって妖魔と化したのじゃ。その名は妖魔
「え!? つまりマサードの意思では無かったと!?」
「うむ。胴羅叛を討ち果たした際に僅かに首のマサードに正気が戻り、そのおかげで事の全容が明らかになったのだ」
爺ちゃんと父上によると魔神鬼ヤシャから死んだ時に妖魔となる力を無理矢理与えられていたと正気を取り戻したマサードは語ったらしい。
そのタイミングはオキヨ様に委ねられていたということだが、聖なる矢で射貫かれたせいで封じられていたようだ。
そして皇京で晒し首となっていた首級から矢が抜かれてしまったことで肉体が妖魔化したのを感じたマサードは、阻止するために首に遺された力を振り絞ってバンドーまで戻ったものの、移動で力を使い果たしたことで逆に胴体に宿った復讐心や戦いへの渇望に乗っ取られてしまったそうだ。
胴羅叛はテミス家のミチナ様とヤスマ殿、父上と爺ちゃんが力を合わせ完全に沈黙させたらしい。
最期にはキキョウに対してすまないことをしたと涙を流し、オキヨ様を討ってくれと爺ちゃんたちに頼んで砂になったという。
そして胴羅叛討伐の際にムサシ国府軍とも干戈を交えており、その際に爺ちゃんたちにはまた別の衝撃があった。
「オキヨ婆の軍勢にシウ姉ちゃんが居たんだ」
「え!?」
「妾たちが援軍に赴いている間に皇京で貴族相手に暴力沙汰を起こしてアワ国へ流罪になったらしいの。その途中でオキヨ様に保護されたそうよ」
シウ姉ちゃんというのは皇京から出てすぐのヨシダ山辺りに住むキント兄の想い人だ。
この戦いが終わって帰還すればキント兄から婚姻を申し込むつもりの女性である。
そんな彼女がどうしてオキヨ様の目に留まったのかが疑問だったが、次の一言でその謎は解消され同時にここへ来て一番の衝撃を受けた。
「シウは死んだプラムに瓜二つじゃったんじゃ。つまり死産だと聞かされておったワシの娘。ヨリツの妹だったのじゃよ」
「「「ええ!?」」」
あまりのことに思わず俺だけでなく、これまで静聴していた母様とエタケも声をあげて驚いた。
爺ちゃんが言うには、プラム婆様は産んだばかりの子が牛のような角や尻尾が生えた異形だったことを気味悪がり、丑三刻だったこともあり死産だったと偽って当時の侍女であったラスザキに闇に乗じて山へ捨ててくるよう命じたそうだ。
それを不憫に思ったラスザキは夫と共に赤子を連れて逃げ出し、ヨシダ山で人目を忍んで育てることにしたらしい。
夫妻によりシウと名付けられたその娘は雷の内功型でその容姿に見合うほどの怪力も備えており、幼い頃から魔獣を狩って暮らしていた。
美しく育ったが性格は粗野で荒々しく、裳着を済ませても嫁の貰い手は無かった。
そんなある日、ヨシダ山で出会った一人の少年がキント兄だったのだ。
歳の差は親子ほどあれど、異形と獣憑き、どちらも力はあるのに周囲から距離を取られ、似た境遇の二人が互いに惹かれ合ったのは想像に易かった。
彼女が暴力沙汰を起こしたのも、彼女の美貌の噂を聞いた皇京の貴族が無理やり連れ去ろうとしたのが発端だったらしい。
「全てシウを追ってバンドーまで来たラスザキ夫妻から聞いた。オキヨの奴は言葉と魔法でシウを操り、ワシらトール家への恨みを晴らさせようとしたようじゃ」
「そして一度目は私が撃退した」
父上が軽く首を振って答える。
自身の母に似た見た目の相手とはさぞ戦い辛かっただろう。
しかも実妹だったのだ。
「二度目の戦いの前にキントが説得に向かったのよ。だけど決裂したの。向こうもキントが欲しかったみたいだけど......」
「シウ姉が伯母上だろうと俺の気持ちは変わらねえし、家を出る覚悟はずっとしてたけどよ。でも父上やサダたちと戦うなんてのはオレ様にはムリだった……」
「キント兄......」
膝の上で拳を握り締めた悔しそうで悲し気なキント兄の声には悲壮感が漂っていた。
そして二度目の戦いでムサシ軍が敗色濃厚になったときオキヨ様はあろうことかシウさん、いや、シウ伯母上に自身がヤシャから託された魔神器の力を無理やり与え妖魔化させた。
全長20mはあろうかという巨大な牛の妖魔
なんとかミチナ様と爺ちゃんの合同結界魔法で動きを封じたらしい。
ラスザキ夫妻の嘆願もあり、なんとか元に戻そうとしたもののキント兄が吹き飛ばされる。
その時、爺ちゃんから補充してもらったラベンダーの精油箱が砕け、匂いでキント兄のことを思い出したのか一時的に正気に戻ったそうだ。
そして正気に戻った一瞬の隙を突いてラスザキ夫妻が命と引き換えに陽属性の儀式魔法を使いシウ伯母上の魂魄だけを切り取って魔玉化しキント兄に託した。
「これがシウ姉だ」
キント兄は懐から紫色の玉を大事そうに取り出して見せてくれた。
妖魔となったからなのか、ラスザキ夫妻が特殊な魔法を使ったのかは分からないが、普通の魔石とは異なるという事が玉の纏っている雰囲気で分かった。
だがこの状態では人智を越えた力でもなければ人に戻すことは不可能だろう。
それこそ本物の神様でも無い限りは......。
元凶であるオキヨ様は何時の間にか牛姫の残った肉塊から妖魔
そして一時的に魔玉と一体化したキント兄によって魔神器諸共に討ち滅ぼされた。
バンドー支配計画を邪魔したことに対してという、完全な逆恨みだが最期まで執念深く喰らい付いてきたらしい。
苦く辛い話もあったが、こうしてバンドーの争乱は完全に終結することになったのだった。
~第一伝・閉幕~
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あとがき失礼します。
これにて『セイデンキ‐異世界平安草子‐』第一伝:幼少期は閉幕となります。
この後はバンドー動乱の閑話『首無し武者と牛姫』を七話に渡ってお送りしますが、続編である第二伝:少年期は現在執筆中につき、毎日更新は一旦そこで中断させて頂きます。
ある程度書き上げ次第また公開する予定ですので申し訳ありませんが開幕まで少々お待ちください。
これまでたくさんの方に読んで頂けて、また★や応援で反応まで頂けてとても嬉しいです。(評価がまだの方は付けて頂けるとありがたいです)
今後とも拙作をよろしくお願いいたします。
蘭桐生
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