百七十話 鈴蘭

 結局、泣き出してしまったエタケを軽く抱き締めて頭を撫でていると、次第に泣き止んだ妹は俺の胸に顔を伏せたまま様々な質問をした。


 本当に自分のことが気持ち悪くは無いのか、前世の兄弟姉妹で夫婦となった王朝や神様の話、漫画やアニメとはどんなものなのか、バンドーでの戦闘時のこと......。

 他にも俺に今好きな人は居ないのかや、前世でも本当にそういった経験が無かったのかなどは特にしつこいくらい質問を受けた。

 そんなに俺の答えに信憑性が無かったのだろうか......。


 それから今度は俺がエタケにクズノハ様やルアキラ殿のことを話した。

 クズノハ様が霊獣白狐だったことや、ルアキラ殿が霊獣と人族との混血だと聞いてかなり驚いていた。


「分かりました。クラマに居る間は兄様を想う気持ちには蓋をしておきます。エタケからもクズノハ様にそう伝えます」

「頼むね。ルアキラ殿のお母上を妖魔になんて絶対したくは無いから」


 一瞬ギュッと強く抱き着いた後、名残惜し気に俺から離れ、膝を突き合わせる距離に座り直したエタケ。

 こちらを見据える瞳や目元は真っ赤になっていたが、その眼には何かを覚悟した様な芯がある雰囲気を感じた。一段と心が強くなったようだ。

 俺がいつものように頭を撫でようと差し出した手を、握って止め、首を振って断った。


 なでなでは卒業ということらしい。

 少し寂しくもあるが、兄として妹の成長を喜ぼう。


「やはり兄様は変わっておられますね。普通、兄に懸想するなどというのは許されません」

「おかしな兄でごめんよ」

「いいえ。エタケは幸せ者なのです。ムラサキ様のように諦めて心を殺すしかないかと思っておりました......」


 ムラサキ様と聞いて一瞬誰のことかと思ったが、アレス家のムラマル殿の妹御がそんな名前だったことを思い出す。

 話してはいけないことだったようで「あっ!」と気まずそうな表情をしているエタケ。

 推測するにムラサキ様もムラマル殿を想っておられたということか。


 確か以前にテミス家の三姉妹がヤスマ殿のムラサキ様への懸想のことを叶わぬ恋と言っていたな。

 遠縁の子を養女に迎えたのは自身の気持ちを諦めるのと、他者からの縁談を断る為だったのだろう。

 その養女がヤスマ殿と婚姻関係になっているというのはなんとも奇妙な縁だ。

 色々と話が繋がったがムラサキ様のことは何も聞かなかったことにして話題を変えた。


「そういえばエタケの武器について、ちょっと思い付いたことがあるんだけど......」


 武器について構想を話すと、エタケは先程と打って変わって目を輝かせて聞き入り、魔術具なので雷属性関連に絞れば実現が出来そうだと息巻いた。

 その場でエタケの印や動きを効果別に分類し箇条書きし、それぞれに優先度を振った一覧表を作る。魔法陣として術式に落とし込むにはどうすれば良いかを師匠やルアキラ殿に相談を持ち掛けるつもりだ。


 就寝時にエタケが一緒に寝たいと言ったことでまた一悶着あったが、サイカが一緒に三人で寝ればいいと提案してくれたおかげで三人で川の字になって眠った。

 サキ母様からはエタケが夜中に魘されたり叫び出すことがあると聞かされていたので彼女が寝付くまでは眠ったふりをして見守っていたが、特にそんなことはなくぐっすりと安眠していたようだ。


「個別に魔法陣を刻んだものを一つの武器にまとめるというのは考えが及びませんでしたな。運用の難易度が恐ろしく高いですが、エタケ殿の記憶力と魔力操作技術ならば可能でしょう」

「ふむ。ツナは面白いことを考えたものよの」


 翌朝、師匠たちに俺の考えた武器について説明をした。

 今回俺が考えたのは神楽鈴だ。

 鈴一つ一つにそれぞれ違う魔法陣を刻み、戦況に応じて魔力操作で目当ての鈴の魔法だけを発動するという非常にトリッキーな武器である。

 昨夜のエタケの巫女神楽を見て思い付いたのだ。


 既存の動きや印を魔法陣に対応した術式に落とし込むので多少効果は劣化するらしいが、エタケの踊脚術と合わせて運用できれば懸念となっていた魔法の発動までの速度は飛躍的に上がるだろうと師匠とクズノハ様からもお墨付きを得た。


 俺とサイカが神楽鈴の製作に着手している間、エタケはクズノハ様に昨夜の話をしたらしい。

 そこで神楽鈴が出来るまでの四日間、俺から離れてクズノハ様と共にクラマの山奥に籠るという条件でクラマ山に留まる許しを得たようだ。


■ ■ ■


「白銀の神楽鈴ですか。これがエタケだけの武器なのですね!」

「うん。安直だけど鈴蘭すずらんと命名したよ」

「鈴蘭......」


 エタケ専用の白銀の神楽鈴:鈴蘭が完成しエタケが寺に戻って来た。

 受け取ると振ってみたり各鈴に刻まれた魔法陣を指でなぞったりして色々と確かめている。


 この鈴蘭は下から七・五・三個と合計で三段十五個の鈴と、柄には90㎝程の八色布が付いている。

 武器としては鈴鉾という一段だけの鈴が八つに矛刃がついた物の方が適切に思えたが、今回はより多くの術式を簡略化するために神楽鈴にした。


 素材は電気をよく通す銀と銅の合金だ。

 純銀だとやわらか過ぎるということもあり、割合は銀が92.5%以上の所謂スターリングシルバーというやつである。

 この合金については俺が眠っている間に刀以外にも貴金属の装飾品や食器を作るようになったサイカが俺のアイデアノートから知識を得たルアキラ殿に教えてもらったようだ。


 銀製のフォークやナイフ、皿などは一般には普及していないが、サイカに彫刻された銀食器は帝のお気に入りとなっているらしい。

 彫刻もさることながら一部の毒(ヒ素)に反応して黒ずむと聞いたからだそうだ。

 専任の治癒師である内薬司ないやくしが常に側に付いているとはいえ、暗殺に怯えなければいけないというのは大変だろうなぁ。


 少し脱線したが白銀の神楽鈴を手に入れたエタケはとても喜んでくれた。

 土日を挟んだおかげでルアキラ殿のところで術式を変換した魔法陣を学んだり、鈴の曲面に寸分違わぬよう慎重に刻んだりと苦労した甲斐があったというものだ。


 クズノハ様はエタケを寺に戻すと神化のために再び山奥に去って行った。

 エタケの方もただ隔離されていたわけではないらしく、クズノハ様から去り際に「心を律する術を身に着けたことで取り憑いていた恐怖を乗り越えたようじゃ」と教えてもらった。

 本当によかった。一安心だ。


 そうしてエタケは新たな武器と共に大烏のオロシに乗りトール邸へと帰って行った。

 

 そういえば鈴蘭と名付けた意味は伝わっただろうか?

 昔贈った花図鑑で花言葉を教えた事があるから、いつかは俺よりも好きな人を作って「正しい選択」をして「幸せが訪れる」ようにという気持ちを込めたのだけど。


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