十七話 三つの手札

 日の出のクラマ山中に激しい剣戟の音が響き渡る。

 師匠が使っているのは錫杖の柄に潜ませてある直刀。所謂仕込み刀というやつだ。


 対して俺が使っているのは反りのある和刀と呼ばれるもので前世で言う日本刀にあたる。

 反りをつけた刀は割と最近作られてきた物らしく、クラマ道場の弟子でもある鍛冶師から寺に奉納されてきたものだという。


 そんなもの使わせてもらっていいのだろうか……。


「飾る為の刀ではないようなので、こうして使わないと勿体ないではありませぬか」

「確かにそうですが、どうして俺が使わせてもらってるんです? 師匠が使った方が刀も喜ぶと思うのですが!」


 俺みたいな素人に毛が生えたような者が使うより、師匠のような達人に使ってもらった方が刀も喜ぶと思うのだ。


「勿論、後で使わせてもらいますぞ。なので折ったり欠けたりせぬように気を付けて取り扱ってくだされ!」

「だったらもっと穏やかに打ち込んでくださいよ!!」


 激しい剣閃を繰り出しておいて無茶を言う。

 というかその無茶を言った辺りからさらに勢いが増している。


 未だ師匠と(かなり手加減をされてだが)まともに打ち合えるようになって半年程だというのに修行の厳しさは増す一方だ。

 その代わりにこの一年で狒々の時なんかとは比べ物にならないくらいしっかりと自分の中で戦い方が身に付いて来た。


 一つ目は魔法。

 微量の雷しか扱えない俺なりに雷神眼や身体強化をしながら妨害用の小さな雷である-雷珠-を自在に使える様にはなった。

 これは魔力を扱う効率が向上したのだろうと思う。

 残念な事だが扱える魔力の総量が増えた訳ではなさそうだ。

 今のように同時に三つの事をするのが限界でこれ以上の伸びしろは無さそうに感じる。

 せいぜいが雷珠を発生させられる距離を伸ばしたりするくらいだろうか。

 今のところ目視出来る50m程が射程の限界だ。

 もっと効率を極めれば他にも出来るようになる可能性はあるかもしれないが。


 二つ目は杖術。

 狒々との戦いで錫杖や金剛杖を使わされていた為、我流ながらかなり扱えるようになったと思う。

 特に防御の動作は無意識のうちに行えるレベルだ。

 将来的には師匠の仕込み刀付の錫杖のようにギミックを搭載した杖を作って不意打ちなどに使いたい。


 三つ目は剣術。

 これは絶賛鍛えてもらっているところだ。

 何故か師匠は俺に皇京八流の八つ全ての流派を叩き込む腹積もりらしい。

 人族の短い寿命では一つ会得するだけでも大変だとか、一度に複数の流派を学んでも得られる者などおりますまい。と言っていたのに何故? と思わないでもないが、弟子としては期待してもらえているようで非常に嬉しい。

 これまでの一つの流派だけを免許皆伝した兄姉弟子きょうだいでし達には嫉妬されそうな予感はするが。


 基本はこの三つの手札を上手く切って、俺の得意(不本意ではあるが)な急所攻撃や不意打ちを織り交ぜる戦法だ。


 何度か師匠の剛礪武ゴーレムと呼ばれる石の肉体を持つ式神と対峙させてもらったが、書物の知識で岩の体内にある核が弱点だと分かっていても、ああいった一分の隙もない完全な防御力の塊は俺の手に負えそうにない。

 大鎧なんかだと隙間から中身を狙えるんだけどなあ。


 おまけに電気信号ではなく魔力で動いている為、雷神眼ライジンガンでは動きが読めずに感じ取ることもできなかった。

 試しに雷神眼をもっと集中して何か見えないかと限界を超えて探ってみたら、周囲の植物や虫の電気信号的なやり取りが無数に感じとれてしまい、雷捜ライソウのように一瞬で脳が焼き切れるかと思うほどの頭痛に襲われた。あれは山や森では二度とやらない。

 純粋な火力不足。今の俺が出来るとすれば落とし穴に嵌めたり、誘導して崖から突き落とすくらいだろうか。

 もし平地で突然遭遇したりするようなことがあれば逃げの一手だ。


 家族の方ではキント兄やサダ姉がヨリツ父上の下で兵部の見習いとして訓練や演習に参加するようになった。

 正式には十歳からなので九歳と八歳が参加できるのは特例らしいが、どうも俺が既に修行していることが影響を与えたらしい。

 確かに屋敷での自己鍛錬などでは限界があるものな。


 キント兄は今でも時折勝手に屋敷を抜け出して山へ行っているようだ。

 ただ最近は誰かに稽古をつけてもらっているようだが、何故か感情の不安定さに拍車が掛かっていて少し危うく見える。


 サダ姉は俺に対しての当たりが厳しくなった。

 どうも俺が一部の従者から命素めいその少ない針痛はりつう(静電気的な意味合い)野郎だとか姑息な卑怯者だとか陰口を叩かれても無視しているのがお気に召さないらしい。

 一度だけ「どうして言い返さないの? あんなこと言われて悔しくないの!? 見返してやるくらいツナなら簡単でしょ!」と言われたことがあるが、俺としては何も間違った意見ではないのでそのままでいいと伝えると、物凄い剣幕で「ツナの馬鹿!」と怒鳴られた。


 ちなみにいつぞやの侍女頭(ヤチヨさんという名らしい)は屋敷に戻って来たようで、ちょっとお転婆になったサダ姉を宥めたり諭したりと以前と比べて優しく接する様に頑張ってくれている。


 エタケは相変わらず賢いし可愛い。俺の癒しであり天使だ。

 ただちょっと我儘を覚えてきてしまったのか、前世の花の絵や俺が口遊んでしまった前世の音楽などを目聡く覚えており、それを教えて欲しいというあざといおねだりが増えて来た。でも可愛いから許す。当然教えた。

 今のところ内緒だと言ったことはずっと守っているからね。


 ヨリツ父上は我がトール家と並ぶ、武の御三家であるアレス家の年若い次期頭首ムラマル・アレス殿が自分より上の兵部大輔ひょうぶたいふに急遽抜擢されたことにやや悔しがっていた。

 仕方ないよ。爺ちゃんから聞く限り、ムラマル殿は英雄の類の傑物だもの。

 ちなみにその妹のムラサキ・アレス姫は勉学に優れており若いながらに式部大掾しきぶたいじょうという役職についていて貴族の子供たちに家庭教師のようなことをしている才女らしい。


 サキ母様はエタケの乳離れも終わったので近衛職に復帰した。

 これまで乳母に任せなかったのは我が家のしきたりらしい。

 男女に関係なく役職に就けるうえ、産休を明けても現職復帰出来るのは素晴らしいと思う。

 サキ母様がそれだけ希少な人材ということでもあるのだろうけれど。

 ヨリツ父上はよく娶れたな。よくやった。


 ちなみにこの世界では基本一夫一妻で正妻が認めた場合のみ多妻となれるそうだ。

 通い婚はあるものの一妻多夫は公には認められていない。

 大昔にこの国を救ったという神様たちの影響だろうか、嫁が婿の家に来ているあたりは平安時代というより基本的な婚礼は古代ギリシャに近い印象だ。


 うちのサキ母様には嫉妬深い一面があるようで、エタケが生まれた際にヨリツ父上がサキ母様に今後も子供を増やすなら二人目の若い妻を娶った方が良いかどうか相談した時はとんでもない雷が落ちていた(魔法的な意味でも)。

 サキ母様の身体的負担を心配するのは分からんでもないが、あれは完全にヨリツ父上が悪い。

 うちでは一夫多妻になることは無さそうだ。


「ツナ殿! 倒れているのはそこまでにして早く起き上がってくだされ!」

「はっ!? あれ......。俺、夢でも見てたのか?」


 師匠の声に気が付いて目を開けるとまだ日の高い空が見える。

 いつの間にぶっ倒れていたのだろうか。

 なんだかこの一年を振り返っていたような気がしないでもないがよく覚えていない。


 俺はガバッと起き上がると、刀を構えて再び師匠に向かって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る