十八話 異世界メシ、荒ぶるツナ
「爺ちゃん! 俺もう我慢できないんだ! 勇者だってバレてもいい! だからこの知識を広めさせてくれ!!!!」
「一体どうしたんじゃツナ!? 少し落ち着け!」
ある日、とうとう俺は溜まりに溜まっていた不満が爆発してしまった。
自棄になっている自覚はあるもののこの衝動は止められそうにない。
「飯が! あんまり! 旨くない!」
「なんじゃと?」
「不味いわけじゃないんだ。ただ、その、俺が知ってしまっている料理と比べると同じ材料なのに勿体ないというか……」
そう。この世界のメシはあんまり旨くないのである。
料理について離乳食を終えてからずっと不満を感じていた。
こちらでは調味料を調理中に複数混ぜるという概念は未だ無いようで、
全てが刺身やつけ麺みたいな食べ方といえばいいだろうか。
そのせいで味が薄く単調なものばかりなのだ。
出汁を使うものはあるにはあるが、昆布のみ、鰹のみと混ぜたりはしないらしい。
転生したことで舌は前世の味を知らないはずだというのにそう感じてしまうのは魂が味を記憶しているとでも言うのだろうか。
メシの度に美味しかった母さんの料理を思い出してしまう。
前世ではご飯は美味しいものだと認識していた。
母さんが死んでしまうまでそんなことが当たり前だと勘違いしていた。
ネットで流れるメシマズ家庭の話なんて都市伝説だと。
両親が死んで俺が転生するまでの短い期間、生まれて初めて自炊をした。
その時はネットで作り方を調べ、調理動画を見ながら真似たハズなのに、俺の初料理の出来は酷い見栄えで味も散々なものだった。
その時の酷い自作料理と比較すればこの世界の料理が遥かにマシなのは間違いないのだが、やはり母さんの料理を思い出すとかなり物足りなく感じてしまう。
いくら調味料が貴重品で量が限られているにしても、もう少しやりようはあるはずなのだ......。
「ふーむ。分かった。ワシらでまずは試してみるしかないのう。もし本当にその知識で旨いメシが出来るようなら、
「なるほど。うちだけでやるんじゃなく、同時多発的に広めて知識の出元が分からないようにするのか......さすが! 爺ちゃん!!」
「がははは! もっと褒めてもいいんじゃぞ! 今年は隣国シンラとの貿易船も帰って来よるし、異国から入って来た知識と嘯いて、ついでにツナの他にやりたいこともまとめて広めてしまうのもよいかもしれんな? 何かあるか?」
なんと! これは願ってもないチャンスかもしれない。
どこまで採用されるか分からないが、せっかくなので不満に思っていたあれこれをぶちまけてみた。
調理法、布団、洋式便器、蚊取り線香、石鹸、綿花栽培、下水道etcetc......。
「待て待て待て待て! まったく。思っていた以上に大量に出てきおったわい」
「我儘言ってごめん。前世の豊かさを知っているせいで思いの外この世界に不満が溜まってたみたい。下水道なんてもはや公共工事だしね……」
一つ二つと口にしてるうちについついあれこれ溢れてしまった。
中には蚊取り線香など知識だけでは再現ができないものもあるし。
小学校の頃に夏休みの自由研究で蚊への殺意から手作り蚊取り線香の作り方を発表したことがあるので知っているのだが、
この世界が前世世界と似たような植生をしていたとしても、おそらくヒノ国どころか世界中を探してもほんとに一部でしか分布していない気がする。
たしか前世の世界では地中海あたりの国で発見された花だったはずだ。
こっちの世界にも蚊帳はあるのだがそれだけで防げるものでもない為、家族が
殺虫成分は無いが乾かした橙の皮を燃やした煙で蚊を寄せ付けないようにするのが精一杯だろう。
日頃クラマの山中で蚊に集られている身(
「とりあえず、ルアキラ殿の屋敷へ向かうかの。ワシ一人が聞くよりも色々と作れるあやつが一緒なら発展があるじゃろう」
「ルアキラ殿って忙しくしている印象なんだけど、そんな急に予定を押さえられるの?」
「ツナは知らんかったか? あやつはお前と話す為なら平気で仕事を後回しにしておるぞ?」
なかなか衝撃的な真実を知らされた。
まさかルアキラ殿がそれほどまでに俺と話したかった(正確には俺の前世知識を知りたがっていた)とは。
彼にはとてもお世話になっているし、これからも俺に話せる範囲の知識(中学生レベルまでの教科書知識や前世の道具の話)で喜んでもらえるならいくらでも話してあげよう。
そういう訳で先触れもなく直接ツチミカド邸に向かったが、ルアキラ殿は快く迎えてくれた。
「やあツナ殿。よくぞお越しくださいました。して本日は何用ですかな?」
「はい。前世の知識で幾つか作りたかったり、広めたいものがあるのでその検討をお願いしたく参上しました」
「おお! それは素晴らしい! ツナ殿が関わっているということを隠すという大前提には気を付けねばなりませんが、私も以前から話を聞いて後に試作したものなどもあります。是非ご意見頂ければと!」
普段の凛とした姿と違い、好奇心に満ちたキラキラとした目のルアキラ殿に弱冠戸惑いつつも、後ろの爺ちゃんからも同じような気配がするのでさっさと自分が欲しいものと不満に思っていることを洗いざらい話した。
「なるほど。私たちからすればそれが当たり前で不便とも思っていませんでしたが、ツナ殿のように発展した文明の恩恵を享受していた方からすると不満を感じていたのですね」
「ふーむ。夏場はうっとおしくても蚊が出るもんじゃし、冬場は室内でも寒いのが当たり前じゃと思っておったが、それらを改善する道具を作るという考えはあまりなかったのう」
二人は俺の不満を理解してくれたようで、すぐに出来そうなことから話し合い、料理などは軽く試食をした。
「こりゃ旨いぞ! ツナ! 少々味は濃いがこんな料理食べたことないわい!」
「とても美味しいです。そしてツナ殿の調理法の数々は面白いですね。製薬手法にも似ているので
「ありがとう! 二人とも口に合ったようでなによりだよ。そっか。これでも濃いめに感じるんだね」
俺がツチミカド邸の
ハンバーグソースは胡椒や醤油などが大変貴重なものらしいので、山ぶどうの汁に塩と酒を混ぜひと煮立ちさせたものを焼いた時に出た肉脂と絡めて作った。
弱冠焦げてしまった部分もあるが、火加減は薪の火力では調整が難しいので安定した火力の出せる専用の魔術具を作る必要がありそうだ。
あと出来ればフライパンやフライ返しなんかの調理器具もあると良いんじゃなかろうか。
今回はハンバーグをひっくり返すのも、焼き飯を炒めるのもしゃもじを使った。
ちなみにこの世界では肉食は特に忌避されていない。
仏教も存在するのだが、前世と違い肉食に宗教的禁制がないからだろう。
だからといって肉が盛んに食事に並ぶという訳でも無いが。
俺の料理の腕に関しては、前世で二週間も三食きっちりと自炊していたおかげか記憶が感覚を覚えていているようだ。
母さんが死んでからコンビニ飯やレトルト品で済ますことも考えたことはあったが、どうしてもおふくろの味を再現したくて手料理に拘ってしまった。
結局そんな短期間で身に付くようなものでは無かったが、今多少はマシな料理が作れるのだから、あの時に手料理に拘った甲斐はあったようだ。
「香草類なんかがもっとあれば調理の幅は広がるんですけどね。そこまで望むのは異国と貿易しないと難しいかな......」
「ツナ殿が望む物かは分かりませんが、異国の植物であれば幾らか在りますよ?」
「!?」
ボソッと呟いただけの言葉に対し思いがけない返事が返ってきた。
そのままツチミカド邸の植物を保管している石蔵へ案内してもらえることになった。
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