十五話 心の中の修羅

 翌日、日の出の鐘が鳴るよりも前に本殿前に出て、この二カ月の間に日課となった錫杖の稽古を始める。

 静かな寺内にシャンシャンと小気味良く遊環が鳴り響き、自らの集中力が上がっていくのが分かった。

 錫杖の扱いもかなり熟練してきたと自負しているが、杖術というか棒術や槍術といった綺麗な型で戦っている訳ではないので全て我流の喧嘩殺法ではある。


 それでも実戦のおかげでこういう場合はこうするのが効率が良い、この攻撃が一番力を入れやすいなどは肌感覚で身に付いている。

 一通り突きや素振りの稽古を終えて水を浴びると日の出の鐘が鳴った。


「さて、今日こそ三匹まとめて倒しきってやる!」


 俺は意気込みと共に山中に向かう。

 狒々たちはいつものように山の拓けた場所で待ち構えていた。


「キー!!」

「チッ! やっぱ気づかれたか!」


 なるべく気配を殺したつもりだったが、今回の狒々達は索敵能力が高い。

 俺に気づいた鉢巻き狒々が吠えると他の二匹もそれにつられるように吠えて同時にこちらへ襲い掛かってくる。

 今日は奇襲ではなく正攻法で向かってくるようだ。


 今日の得物は眼帯が直刀、頭巾が手甲、鉢巻きが薙刀というか偃月刀!? 

 薙刀は何度かあったがそれと比べると刃幅が違うし柄の部分も鉄で出来ているのか重そうに見える。

 前世世界の三国志で美髯公や軍神の異名を持つ蜀の猛将関羽が扱う青龍偃月刀が有名だろう。

 俺はこの二カ月で初めて相対する武器に少し驚いた。


 狒々の腕力的にはあの武器で速く鋭い連撃は無理だと思うが一撃の重さは厄介そうだ。

 大槌と戦う時のような基本的に全て躱す戦法を取るのが無難だろう。

 他の二匹が居るうちは接近戦を繰り広げて攻撃すると味方を巻き込んでしまう形に持っていくのが良さそうだ。


 相手の得物を分析し戦い方を脳内で想像しているうちに三匹が間合いまで迫ってくる。

 先頭が偃月刀を振り上げている鉢巻き狒々のため、振られる前にこちらから左後ろの頭巾狒々に向けて突っ込む。

 案の定、偃月刀の重量に負けた鉢巻き狒々は、急に右脇へと突っ込んできた俺に対処が出来ずに大きく空振った。


 行動としては掴み技が最も厄介なため、手甲の頭巾狒々の両瞼に間髪入れずに電撃を与えて目つぶし、走ってきた勢いのままに錫杖を心臓辺りへ目掛けて突き込む。


「グギィ!!」

「っし!」

「キィイイ!!」


 瞬痺シュンヒで動きを止めてから、もう一撃加えようとしたところへ右側から直刀の眼帯狒々が援護に入ってきた。

 雷身ライシンで身体強化し、眼帯狒々の上段振り下ろしをその場から頭巾狒々の左脇に転げて躱す。

 その直後、硬直の解けた頭巾狒々がこちらへ振り向いて掴み掛かってくる。

 俺は横転し、四つん這いの状態から右手で錫杖を横薙ぎにして頭巾狒々の足を引っ掛けて転ばせた。


「ギッ!」


 再び眼帯狒々が振り下ろしで迫ってくる。

 立ち上がりそれを錫杖の柄で受け流し、そのまま梃子の勢いで眼帯狒々の股間へと石突を振り上げると、ぶつかった瞬間にシャーン! と遊環が良い音を奏でた。


「ギャッ!!!!」

「南無」


 狒々は六尺褌一丁なのでおそらく雄だと思われる。

 我ながらえげつない攻撃をしたことを心の中で謝罪しつつ膝裏に柄を引っ掛けて転ばせる。


 謝罪している一瞬の隙を突いた頭巾狒々による右拳の殴打が迫るが、雷神眼で見えていたので左足を伸ばして下駄の歯で頭巾狒々の右上腕を押さえて止める。

 すかさず錫杖と左足を軸に身体を浮かせて右足で頭巾狒々の顔面を蹴り上げる。


「ギッ!」


 ここまでは予想通り。

 鉢巻き狒々は偃月刀の間合いが味方にも被害を与えることを躊躇して攻撃に入れないでいたが、盤面が不利と見ると構わず偃月刀を振り上げて突っ込んできた。


「まだ仲間にも当たる間合いだろうに!」


 両手で大振りに偃月刀を振り回す鉢巻き狒々の攻撃を伏せたり転げたりしながら躱していると他の二匹に完全に態勢を立て直された。


「また振り出しか」


 多少のダメージは与えているだろうが、一番弱らせた頭巾狒々でさえ形代に戻すにはもう一撃くらい大きな攻撃を与えなければいけないはずだ。

 今からしばらくは体力の有り余っている鉢巻き狒々が偃月刀を振り回して盾役に徹するだろう。

 回復する時間を与えてしまうと考えればもう二撃は必要か? 


 三匹同時に連携した攻撃が来るよりはマシだが一度でもあの重そうな偃月刀を受けてしまうとこちらの錫杖が折れてしまいそうなのが懸念点だ。

 直刀の時のように受け流すにしても上手く流しきれなければこっちの身が危ない。


 初手のように懐に飛び込んで仕掛けるしかないか? 

 未だに偃月刀の重量にやや振り回されている様に見えるので懐に潜り込めれば機会はありそうにも思えるが......後ろの二匹がその隙を補完出来るような位置取りをしているのが怖いな。


 何か注意を逸らせれば......。


 装備品の中で使えそうなものを考える。

 外して使えそうなのは腰の両側に付けている貝の緒と呼ばれる頑丈なロープ、桧で出来た扇、懐中の百八つの角珠が繋がった最多角念珠......。

 よし。なんとか勝ち筋が見えた気がする。


 俺は深く呼吸して精神を集中させる。

 偃月刀を躱して鉢巻き狒々の懐に潜り込むためだ。


 スーーー、ハーーー、スーーー、ハーーー。


 脳内で敵と自分の動きを数通り想像して脳裏に焼き付ける。

 勿論その中には不測の事態があったとしても対処出来るような行動も想像しておく。


「参る」


 掛け声と共に踏み出した瞬間、頭の中で何かのスイッチが切り替わったような気がする。

 右手に錫杖、左手に念珠を握り締めて走り出す。

 雷神眼で動きを見切り、空振りの偃月刀が目の前を過ぎたと同時に鉢巻き狒々の懐に詰め寄り錫杖の先で左上腕を突き、瞬痺で動きを止める。


「ギ!!」

「キッ!」

「キキ!」


 そのまま鉢巻き狒々の背後に回ると後ろの二匹が読み通りだと嗤うような表情で援護に入ってくるが、眼帯狒々に念珠を投げつけて見えている方の目の瞼に電撃を浴びせ目潰しをした。


「ギギ!?」


 何か飛んでくるのは見えたが目潰しによってそれが何か分かっていない眼帯狒々は防御しようと直刀を振り回して切り払う。

 それによって繋いでいる紐が千切れた角珠が辺りに勢いよく撒き散らされ即席の撒菱になった。


「ギャギャッ!!?」

「ギ!?」


 足元の見えていない眼帯狒々が角珠を踏んでしまい、痛みに顔を歪め行動が止まる。

 それを見た隣の頭巾狒々は撒菱を踏まないようにと視線を足元に集中していた。


 鉢巻き狒々の硬直が解け、振り向き様に横薙ぎを仕掛けてくるが、背後にある鉢巻き狒々の左上腕へと錫杖の石突を突き刺して内部から肘と指先に電気を流す。


「キッ!?」

「角度はドンピシャ。飛んでけ」

「ギュアッ!!」


 鉢巻き狒々の手からすっぽ抜けた偃月刀はその重量によって勢いのまま飛んで行き、視線が足元になっていた頭巾狒々の腹に突き刺さると頭巾狒々はそのままボン! と音を立てて形代に戻った。


「まずは一体......」

「キー!!!!」


 ようやく撒菱から逃れた眼帯狒々が直刀を振りかざし迫ってくるが構わずに無手になった鉢巻き狒々を錫杖で突いて痺れさせ、手甲で殴ってダメージを与えていく。


 眼帯狒々の直刀が間合いに入ると同時に鉢巻き狒々を掴んで俺の位置と入れ替えて盾にする。

 味方への攻撃を躊躇したのか眼帯狒々の動きが一瞬止まったので、すかさず鉢巻き狒々の脇の下から眼帯狒々の腹に錫杖を突き刺して電気を流し動きを止め、盾にしていた鉢巻き狒々をぶつける。


「「ギャ!」」


 同じような悲鳴を上げて転がる二匹へ飛び乗ると、両方の首筋を下駄の歯で踏み砕き形代に戻した。

 もう周囲に狒々の姿は見当たらない。


「倒した......?」


 静寂......。


 未だ自分が三体の狒々を倒した事をキチンと理解が出来ていないようで、脳の処理に感情が追い付いていない。

 さっきの戦闘もまるで自分が殺戮マシーンになっていたような無感情のままに戦った記憶しかない。


 終わったことに気付くとドッと疲れが押し寄せて来た。

 脳や身体もだが精神的な疲労が一番大きいような気がする。


「あ......」

「おっと、危ないですぞ。気をしっかり持ちなされ」


 よろけて倒れそうになった所を不意に師匠に抱き止められそのまま師匠に寺まで連れ帰ってもらった。


「まずは三匹の狒々に打ち勝ったこと、誠におめでとうございます」

「ありがとうございます。でも納得がいかないというか、後半から自分が自分ではなくなっていたような変な感じだったので素直に喜べません」


 俺は師匠に戦いの中で途中から意識がハッキリとはしていなかった事などの仔細を話した。


「ふむ。某も見ておりましたがツナ殿の仰るように最後はやや残虐な戦い方になっていたような気はしますな。極度の集中状態から戦闘のみに思考が特化していたのやもしれませぬ。戦場では偶にそういう者が出るとも聞きますので問題はないかと」

「あれはおかしなことではないと? でもかなり非道な戦い方でしたよ?」


 先ほどまでの俺は狂戦士のように戦いに怒りや喜びなんかの感情を抱く訳でもなく、ただただ冷酷に相手を破壊するだけのような戦い方だった。


「いや、普段のツナ殿も大概ですぞ? と、それはさておき、誰しも心の中にはそういった修羅の面が在るものです。飼い慣らせるようになれば生きるための強力な味方にもなり得ましょう。まずは否定せず受け入れることが寛容かと存じますな」

「え......……普段の俺もあんな感じなの?」


 普段の自分の戦い方も大概だと言った師匠の発言にややショックを受けて思わず素の言葉が出てしまったが、思い返せば微弱な雷魔法を補うために奇襲に目潰し、喉や金的など急所攻撃を容赦なく入れていた自覚はあった......。


「そっか......。そこまで怖がるようなことでもないのか。って、鬼畜な難易度の修行をさせてるキイチ師匠ですら大概だと思うような戦い方なら周囲にはドン引きされるやつじゃないですか!」

「そこはもう個性と申すしかありませぬな。きっと普通に戦う術を持てぬからこそ辿り着いた戦法なのでしょう。出し惜しみをして大切な者を失うよりは何をしてでも勝つという生き方の方がきっと皆を守れますぞ」

「師匠......」


 師匠には俺が強くなりたい理由が自分のためだけでなく、爺ちゃんやこちらの世界で出来た家族たちを守れるようになる為だということを見抜かれているようだ。


 前世では自分が何もしなかったせいで失った両親。

 失ってから守ってもらっていたことや大切な存在だったのだと気づかされた。

 もう前世の両親になにかしてあげることは出来ないが、今世ではその分も含めて俺を受け入れてくれた家族に返したい。


「これからも師匠の下でえげつない戦い方を精進していきます!」

「その言い方は語弊がありそうですな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る