十四話 新たな縛りと狒々三兄弟
月曜になりクラマ山でまた武器を扱う
しかも今回は一度に三匹の狒々を相手にしている。
さらに俺は
その代わりに飛び道具が無いのが救いだが、足元が覚束ない中での戦闘は難易度が跳ね上がり過ぎている。
まず一本歯下駄で動く事に慣れる必要がある。
一本歯下駄とは名前の通り下駄の歯が真ん中に一本しかないものだ。
キイチ師匠はずっと履いているが、師匠はこれで木の上を跳びまわったりするのだから恐ろしいバランス感覚である。
今回の狒々はどれも鎧を着けておらず
大きな木槌や槍などの長物を扱うのは鉢巻き狒々。
直刀や鉈などの近接武器を扱うのが眼帯狒々。
鍵爪手甲での超近接攻撃や柔術のような組討ちを扱うのが頭巾狒々。
槍なんかは前世の世界線にあった平安時代辺りでは一般的ではないはずなのだが、この世界では神々を象徴する武器の1つということで広く愛用されているらしい。
俺の装備で武器と呼べる物は背丈に合わせて作られた錫杖と鉄板の入った手甲くらいだ。
今回は身に着けているもの以外は禁止とされている。
しかも一本歯下駄のせいで錫杖を文字通り杖として使って歩くのがやっとだった。
「キー!」
「キキ!」
「キ!」
三体に見つかると戦闘が始まるが、まともに歩けるようになるまでは順番に一体ずつしか攻撃してこない。
あからさまに手加減されているのが分かるのもこれはこれで精神的にクるものがある。
だからといって三体まとめて来られるとお手上げだが。
■ ■ ■
そんなこんなでこの修行に変わってから二カ月が経過した。
一本歯下駄については初めのうちこそ杖をついた老人よりも危なげのある歩行だったが、段々と慣れて今ではクラマ山にある木の根道でも難なく走り回れる程度には履き慣れた。
子供の身体の柔軟性と適応力は素晴らしいものだな。
三匹の武器狒々についても最初こそボコボコにされて只管防御や回避、受け身の練習でしかなかったが、一カ月と少し経つ頃には三匹同時に相手取れるようになり、今では一日の内に一・二匹は形代に戻せる程度には戦えている。
「グェ……」
「キーーー!!」
「よし、残り一匹!」
錫杖の先を軽く突き刺して、刺さった金属部分を伝い狒々の体内から手足の神経と筋肉に電流を流す魔法、
更に
以前狒々が出血しなかったことに対して師匠から教えてもらったが、式神は生身とは違い血は通っていないが筋肉や神経は通っているという。
石や泥のような肉体を持つ式神の中には魔力で動いているタイプも居るらしいので今の技を過信するのはいけないと釘を刺された。
現在は三匹を相手にしながら、仮にそういった相手と戦うことになったらどうやって戦うかを思案している。
今のところはそんな相手にぶつかったら逃げの一択というのが結論だが。
ゴーン......ゴーン......。
そうこうしているうちに日没を告げる鐘が鳴り響いた。
「今日はここまでか。あともう一歩で一日で三匹とも倒せそうだなぁ。そのあと一歩が遠いのだけど……」
「今は装備に縛りを課していますからな。ツナ殿であれば相手に合わせて道具を用意出来ればどうとでもなるでしょう」
「そうですね。でも、いつも道具が万全に用意できる所で戦えるとは限らないってことを教えるために今はこの修行なんですよね」
急に背後へ師匠が現れて声を掛けられるこのやり取りにももう慣れた。
実は不意打ちに驚かないための修行だったのかもしれない。
……いや、ただの師匠の趣味の気がしないでもないけれど。
「さて戻りましょうか。いつも通り某より早く寺に着ければ夕餉が一品増えますぞ」
「今日こそ。先に到着してみせます!」
一本歯下駄に慣れてきた頃から修行後は師匠と寺までの山道を競争している。
師匠は木の上に登らないことと魔法を使わないという縛りを課してくれているので同じ山道を駆けるだけなのだが、魔法無しで雷身を使っている俺よりも圧倒的に速い。
大人と子供の体格差で考えれば当然のように思えるかもしれないが、無意識的に雷身を使えるようになった俺は既に大人と同じ程の速さで走ることが出来ている。
現にキント兄のところの大人の従者と屋敷の庭園を競争した際にはぶっちぎりで勝つことが出来た。
庭園で暴れたのであとでヨリツ父上から雷〈魔法的な意味ではない〉を落とされたが。いや、だって爺ちゃんが「たまには速さで競ってみるのも面白かろう?」とか言い出したんだよ。俺はそんなに悪くないはずだ......。
結局、師匠の背が小さく見える程の差が開いたまま寺に着いた。
だが、最初の頃は背中すら見えないほど離されていたので少しはマシになったはずだ。
「日増しに速くなっていますな。五年もすれば追い抜かれてしまうやもしれませぬ」
「まだ五年も掛かりますか......」
「体躯の差がありますからな。それも加味しての五年故に気を落とされるな」
今ですら普通の大人よりは速いという自信があるだけに、縛りのある師匠と比較してもまだまだ差があるということに少し気を落とした。
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