十三話 兄との再戦、ツナの新戦術
「それでまた新たな魔法を生み出したというのか?」
「うん。
「探知系も射出系も風魔法に似たような効果のものがあるが、ツナの雷捜もこいるがん? とやらも原理を聞いてもさっぱり理解できんわい」
土曜になったので屋敷に戻って来た。座学の前に今週の報告を済ませる。
今日の座学では爺ちゃんからこれまで呼び出された勇者について教わる予定だ。
「……今まで呼び出された勇者は四人でコウボウ、タカハシサダコ、イクヅキ、カツゾウだったよね?」
「そうじゃ。それとおそらく今魔族を束ねている第六天魔王ノブナガも勇者の可能性がある」
「やっぱりかー。でも、
こちらの世界にきた勇者は必ずしも俺と同じ世界から来ているとは限らないらしい。
ルアキラ殿の師匠で
そして第六天魔王と名乗る鬼族のノブナガ。
人族で俺の居た世界に近いところから来たと思われるのはタカハシサダコと以前ツチミカド邸でルアキラ殿から話を聞いた黒駒皇カツゾウ。
その全員が転移してきたという噂だ。
ノブナガは勇者かどうかの確証はないようだけれど。
色んな文献を読み漁っている爺ちゃんですら異世界から転移ではなく転生してきたという人物は今まで聞いたことが無いという。
「実は転生した人は他にも居たりするかもしれないけど、前世の記憶を持ってるのが俺だけだったりするのかな?」
「可能性で申すならばあり得るが、それじゃともう確かめようがないから転生してようが普通に生まれた者と大差ないのう」
「そりゃそうか」
転生の場合は転生前の記憶、つまり前世の知識こそが大事なモノというわけだ。
ルアキラ殿や爺ちゃんのように突出した力を持っている者は他にも幾人か居るそうなので、それだけでは勇者とは見做されないらしい。
「ところでどうして勇者って呼び方なの? やっぱり勇ましい活躍をしているから?」
「あー。それもあるがの、語源は実はあまり良い意味では無いんじゃよ......」
そう言う爺ちゃんの表情は苦々しそうなものになっていた。
「勇者を呼び出している神降ろしの儀は元々神に降臨して頂く為に作られた儀式魔法じゃからの。他の者が来た場合は失敗なんじゃよ......勇者の勇は相撲の勇み足から来ておる。神を呼び出せると思って失敗した結果という意味じゃ」
「勝手に召喚しておいて、呼び出された側が失敗作扱いなのは酷いね......」
「確かにその通りなんじゃが、今ではその語源を知る者も少ないからのう。さっきツナが言ったように勇ましい活躍をする者として勇者と呼んでおる者たちが今では殆どじゃと思うぞ」
まさかこの世界での勇者という呼称の語源が相撲の勇み足から来ているとは思いもしなかった。
今では一般的ではないとはいえ、当時は儀式を行った者も勇者を呼んだとして嗤われていたらしい。
呼び出された側は意味を知らない限りは馬鹿にされていると気づかない呼称なのがまた陰湿なところだ。
「これというのもコウボウ殿の長年の活躍あってのことじゃろうな。あの方は本当に長いことヒノ国の為に働いてこられた......」
「凄い方だったんだねぇ」
俺も言葉を話せるようになるまでは寝物語にコウボウの活躍する絵巻などをよく読み聞かせてもらったものだ。
精霊の悪種である
戦いだけでなく様々な分野で活躍をしてきたそうだ。
「それだけに居なくなった今、心細くもあるんじゃよ。弟子の中でも傑物じゃったデンギョウ殿も病で亡くなっておるしの。今はルアキラ殿だけが頼りじゃ」
「そのデンギョウ殿の弟子のドーマン殿も居るのでは?」
「あやつは危険じゃ。外道のような邪法も平然と使っておるから信用ならん。ツナも出来るだけあやつには近づかぬようにするんじゃぞ」
ドーマン・アーシア。ルアキラ殿に並ぶ陰陽術や魔法の天才。
この世界には俺の前世知識の人物と名前が似ている者が何人も居るが、その中でもドーマンは芦屋道満に極めて似た存在なのだろうと思う。
芦屋道満とは悪の陰陽術使い道摩法師として宇治拾遺物語や歌舞伎、浄瑠璃などで悪役に描かれる事の多い人物だ。
この世界の人物たちはほとんどの者が名前が似ているだけの他人で知識と一致している訳ではないのだが、ドーマンに関しては爺ちゃんの意見に概ね同意だ。
俺は爺ちゃんの忠告に大きく頷いた。
■ ■ ■
日曜、今日も今日とて爺ちゃんから座学を受けていたのだが......。
「ツナ! オレ様と勝負しろ!」
「キント兄、今は勉強中だからまた——」
「おーう! よいぞ。ツナ受けてやれぃ」
「え゛!?」
俺が断りを入れる前に爺ちゃんが許可を出した。
恨めし気に爺ちゃんを見ると以前の相撲の時と同様にニヤニヤとした表情をしている。
また何か面白い事でも起こせという好奇心と期待の目だ。
毎回毎回そんなことが出来るわけないというのに困ったものである。
「それで勝負の内容はまた相撲? だったら多分もう俺じゃキント兄に勝てないよ」
「なんでだ?」
キント兄があれから相撲をただ力を相手にぶつけるだけのものではないと学び、侍従たちにもがっぷり四つ組む以外の取り組みをさせているというのは爺ちゃんから聞いている。
最初から奇襲を想定出来ている相手には俺の小手先の奇襲策などでは勝ち目は無いに等しい。
こちらだけが身体強化魔法の
それはそうだ。五歳の頃には
「他に思い付かないから相撲だ! ツナなら大丈夫だろ!」
「んな無茶苦茶な……じゃあせめて魔法はアリでやってよ」
結局、相撲を取るハメになった。
以前と同じ北東の対屋の軒先にある簡易な土俵でキント兄と
「投げ飛ばすけどしっかり受け身とれよ!」
「身体強化した状態で掴んで地面に叩きつけるとかは止めてね。普通に死ぬから!」
「見合って見合って、はっけよい......のこった!」
両者が仕切り、行司役の爺ちゃんの合図と共にキント兄とぶつかり合う。
奇襲が来ると思っていたのだろうキント兄は真っ向勝負に出た俺に驚いているようで踏ん張るのがワンテンポ遅れた。
その一瞬の隙に雷身で土俵際まで押し込む。
しかし、持ち直したキント兄が身体強化を使ったことによって俺は掬い投げで土俵の外に軽々と放り出された。
「いでっ!」
「勝負あり! キントの勝ちじゃ!」
「よっし!!」
背中側から落下するも顎を引き身体を丸めて受け身を取った。
クラマ山での修行でさんざん受け身は取らされてきたので怪我することはなかったが、1m近くも投げ飛ばされたのだ。痛いものは痛い。
「やっぱり正攻法じゃ勝てないか。奇襲が来ることばっかり頭に入ってるだろうから、一回くらいは上手くいくかと思ったのに」
「いや、まさか普通に突っ込んで来るとは思わなかったから冷や汗を掻いたぜ。ツナが同じ体躯だったらあのまま押し切られてたと思う!」
正直だが真っ当な意見だ。三歳児と八歳児だもの、やはりその差は大きい。
「ツナなら魔法でなにかすると思ったんじゃがのう? もう一勝負してみい?」
爺ちゃんが「まだなにか隠してるだろう?」とでも言いたげな目でこちらを見てくる。
それを聞いたキント兄も何故か目を輝かせてこちらを見てくる。
ぶっちゃけると先日のマッサージで思い付いた中に使えそうなのがあることはあるのだが、条件を満たすのが難しそうなのだ。
まあでも実戦で使える手札を増やす為にも、今は練習と割り切って試させてもらう好機だと捉えよう。
「わかった。でもほとんど反則みたいなものだから、ちゃんとした相撲では使わないよ」
「ほんとに何かあるんだな……!」
「ほほう」
俺とキント兄が土俵の上で見合う。
お互い先ほどより緊張しているようでどちらもギュッと握り拳に力を込めている。
爺ちゃんは興味深そうにニヤリと笑って行司の位置に着いた。
「はっけよい......のこった!」
合図と共にキント兄の両掌を俺の両掌と合わせて指を絡める。所謂、手四つの力比べの態勢となる。
再び奇襲ではなく力比べに出たことに驚くキント兄だったが、さっきよりも早く態勢を立て直し身体強化魔法を使おうとする。
身体強化を使われる前に俺は掌に集中し、自分の掌からキント兄の汗に濡れた掌を通して体内へと電流を走らせる。
その時、キント兄の膝がガクッと崩れて土についた。
「ふぅ......」
「へ?」
「ほう? ツナの勝ちじゃな」
爺ちゃんは何をしたのかは性格には分かっていないようだが、キント兄が膝をついたことから俺の勝利を告げる。
キント兄や周囲の侍従は何が起こったか分かっていない様子だった。
「今ツナはキントの手を通して膝に雷を流したのかの?」
「さすが爺ちゃん。御明察通り。汗で濡れた手を隙間なく組んだことで皮膚をなんとか貫通させられたけど反則でしょ。こんなの」
俺は二人に雷属性の身体強化と同じ原理で膝の神経と筋肉に力が抜けるような指示を出したとなるべく簡素に説明をした。
「なんだよそれ!?」
「はっはっは! 相手に対して身体強化の応用を仕掛けるとは考えつかんかったわ! 身体の内部を知り尽くし、外部からでも同じことが出来るのは両型のツナならではと言ったところかの!」
「そうかもしれない。でもこんなことしなくても内功型だと武器や身体に纏わせてぶつけるだけで痺れさせることが出来るし、放出型だったら首筋に当てて相手の注意を逸らすくらいなら簡単に出来るだろうけどね」
俺の説明に納得がいかない様子のキント兄。
今はまだ密着した状態でしか流せないし、雷属性の身体強化で体内に強い電流が流れている状態なら俺の微弱な電流は効かない。という弱点と防御法を他言無用だと言い含めてこっそり教えると機嫌を直した。
「うむ。今日も面白い取り組みであった。最後のアレが離れた相手にも出来るようになれば中々に厄介な技になりそうじゃのう。雷属性を使えぬ者にはじゃが」
「さすが爺ちゃん。もう弱点を全部見破られてたか」
やはり爺ちゃんは凄い。
一度見て軽く説明を受けただけで弱点を看破するとは。
爺ちゃんは何があっても敵に回したくないと心の底から思った。
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