十話 勇者カツゾウ、逆徒黒駒皇
「ふふふ。お二人ともお疲れさまでした。ツナ殿、最後の動きは見事でしたよ。加減しているとはいえ、ミチザ様が魔法を使わざるをえない状況に追い込んだのは修行の賜物ですね」
「キイチ師匠のおかげです! 紹介してくださったのはルアキラ殿だと伺っておりますが、お二人はどういったご関係があるのでしょうか?」
俺の魔法訓練は一旦休憩になりルアキラ殿と話せる機会が巡って来たので、俺はふと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
皇京に仕えるルアキラ殿と、
「彼の師匠と我が師は旧知だったらしく、師に連れられクラマに行った際に彼と気があったという感じです。我が師も亡くなりましたが今でもキイチとは文を交わす仲です。あとは個人的な事でクラマ山と寺にはお世話になっていますので毎年寄進と奉納をしていますね」
「なるほど。ルアキラ殿のお師匠様はコウボウ様という勇者の方でしたよね、旧知ということはキイチ師匠のお師匠様も勇者だったんでしょうか?」
「いえ、彼の師匠はただの人族だったそうですよ。オヅノ・エンという御仁で、お会いしたことはありませんがとても優れた才能を持った人格者だったと聞き及んでいます」
コウボウ様の時は温かい眼差しで懐古している目だったが、オヅノ・エン様の名を出した時のルアキラ殿はどことなく寂しげな目をしているように見えた。
これ以上は興味本位で詮索するものではないと感じ、俺は別の話題を振る。
「そういえば陰陽術の形代? などの札はどんな原理で動いているのでしょうか? 魔石は付いてませんよね?」
「あれらの魔術具には魔法陣が刻まれていて、決められた量の魔力を流すだけで刻まれた魔法を発動できるんです。ただし魔力が少ないと発動すらできず、刻まれた魔法を行使するだけなので威力の調節なども出来ません。魔力量は魔石で補ったり、調整したい場合は事前に準備しておく必要がありますね」
ほほう。命素量が少ない俺でももしや魔石を使えば魔術具で炎や水なんかの魔法を使える可能性があるかもしれない?
「残念ながら因子の関係上、魔石を用いてもツナ殿には雷の魔法しか扱えませんね」
「はぁ。やっぱりそうですかぁ......。って、心を読まれた!?」
「ふふ、とても分かりやすく顔に書いてありましたよ」
残念。でも魔石を使えば雷属性なら俺でも爺ちゃんのような魔法を使えるということだ。
その場合は俺だと大量の魔力を扱ったことが無いから詠唱が必要になるだろうな。
魔力を安定させたり、魔法の威力を高めるには詠唱が必要なのだそうだ。
大魔法なんかはそうしないと危なくて使いづらいらしい。
ただ実戦では詠唱なんて隙を晒すだけなので、大体は威力を数段落としても魔法の名を告げるだけで素早く発動出来る運用をしているのだと教えてもらった。
「ちなみに魔石はとても高価です。さっきミチザ殿が使った雷壁を魔術具で再現するならば拳大の魔石で2度放てるくらいでしょうか。拳大の魔石は通貨換算すると一両はしますね」
「一両!? 小判一枚ってこと!? てか、この世界の通貨単位はもしかして三貨制度なんですか?」
ピッと人差し指を立てて一両を表したルアキラ殿に、三貨制度の三を指で表し返して俺の知っていることを説明すると、どうやら俺の知っている江戸時代頃から明治にかけて使われた三貨制度そのものらしい。
それを広めたのはカツゾウという名の勇者だった。
町作りなどに長け、親分肌で腕っぷしも強い男で、五十年もの間ずっと尽くしてくれた勇者らしい。
だが、今から百年ほど前、当時の皇京ジワラから次の皇京となるイゼイへと
結局二年ほどで討ち取られてしまい彼の今までの制作物や功績は抹消され、残ったのは逆徒の汚名と幾つかの建築方法や通貨制度だけとなったそうだ。
「この石蔵も逆徒黒駒皇、いえ、勇者カツゾウの残した知識によって建てられたものです」
「はぁ~。聞く限りでは良い人そうなのに、なんで裏切っちゃったんでしょう?」
「我が師から聞いた話ではありますが、主体になって当時の帝のために百年は保つように作り上げた皇京ジワラを十五年ほどであっさりと遷京されることになり、荒れていたところを魔族に唆されたのだとか」
俺の想像だが黒駒皇と名乗った勇者カツゾウはおそらく黒駒勝蔵という人物なのではないだろうか。
時代劇ではよく清水次郎長のライバルで悪役とされる存在ではあったが、尊王攘夷派としても知られている彼は世界が変わっても前の世界に似ているこの国の天皇的な存在である神皇を敬っていたに違いない。
こっちの世界で五十年もそれが出来た彼ですら神皇のためにと愛着を持って造り上げた皇京が蔑ろにされたことは許せなくて、それならばと自らが皇を名乗ったのかもしれない。
寧ろ先に裏切られたのはカツゾウの方だったのではないだろうか。
そして最期は一族郎党皆殺し......。
この世界に貨幣制度や建築知識などを持ち込んだ偉大な勇者の切ない末路を知り、どこか遣る瀬無い気持ちになった。
「どこの世界も世の中はままならないものなんですね」
「ふふ。幼子の言葉ではありませんね」
「ほれ、休憩は終わりじゃ! ツナよ。また特訓を始めるぞい!」
今はただ強くなろう。五十年後どころか明日にもどうなるかなんて分からないんだし。
願わくば俺が勇者なんかに担がれない事を祈って只管特訓に打ち込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます