十一話 雷の美容療法

 雷神眼ライジンガンの検証の翌日、俺は昨日の特訓で肉体を酷使し過ぎたせいか筋肉痛と眼精疲労のため自室の畳の上で寝込んでいた。


 爺ちゃんからは昨日はついつい熱くなってやり過ぎたという謝罪と今日一日は屋敷で休んでいいと言われている。

 俺の身体強化は筋肉を電気で無理やり動かしてるようなものなのでこうなることは自明の理だったのかもしれない。


 あぁ、こんな時はマッサージ器が欲しい。前世では両親のマッサージチェアを仕事で居ない間に拝借してネトゲで凝り固まった身体を解したものだ......。

 今思い返せば前世ではロクなことをしてなかったな。本当に。


 ......あれ? 電気マッサージなら自前で出来るのでは? というか傷の修復なんかも生体電流を動かしたり電気刺激を与えることで早められそうじゃないか? 


 最低な回顧から、ふと妙案を閃いた。

 想像するのは傷ついた筋繊維を細胞が増殖して修復するような光景だ。

 その増殖する細胞を活性化させるために極めて微弱な電気刺激を与える。そんな想像。

 身体中の傷ついた筋肉全体にピリつくか感じない程度の電気刺激。


「くふふ、あはははは」


 身体中で起きる電気刺激のせいでなんとなくこそばゆくなってきて、自然と笑い声が出てしまった。

 一人きりでよかった。誰かの前でやってたら寝転びながら笑い声をあげているだけの不審人物である。

 まあ、回復中なのだからくすぐったいくらいはガマンするさ。

 たまに笑い声が漏れるのも仕方ない。


「…………ツナ? なにしてるの?」

「くふふふ......へ?」


 突然聞こえた声に驚き、おそるおそる首を横にして声の主を見た。

 そこには布のようなものを纏い、古代ギリシャの女性像のような服装をしたサダ姉が居た。


「サ、サダ姉様......どうしてこちらに?」

「ツナが帰ってきてる日だからお爺様のところへ様子を見に行ったのだけど、お爺様からツナは今日療養してると聞いてお見舞いに来たの......」

「わざわざ御足労頂きありがとうございます............」


 サダ姉が怪しむ様にジーっとこちらを睨んでいる。

 俺は上半身を起こして何事も無かったかのように取り繕って挨拶をした。


「どうして笑っていたの? 何か面白いことでもあったの?」

「い、いえ、笑ってなどおりませんよ?」

「ふ~ん。わらわに隠し事だなんていい度胸じゃない」


 サダ姉、なんか以前と性格変わってないか!? 

 姫教育とかいうのが無くなって服装も和風じゃなくてギリシャ神話の女神みたいなやつになってる? てかそれって貴族も着るんだ!? 


 クラマへの送迎の時に空から町の方を見たら庶民にわりと居る服装ではあるけども、実際に目の前でそれを着ている人物は見たことが無かったので普通に驚いた。


「サダ姉様、今日は珍しい衣服をお召しになさっていますね」

「あぁ、これね。暑かったから涼しいのを着たくなったの。鬱陶しく感じる袖が無くていいわ。どう? 妾に似合ってるかしら?」

「ええ、それは勿論! よくお似合いです! 最初見たときはどこの女神様かと思いましたよ」


 お世辞のように聞こえただろうが、こんな衣装の誰かが訪れるとは想像していなかった事も相まって一瞬本当に女神か何かかと思ったので嘘ではない。

 ちなみに似合ってるかどうかでいえば、とても似合っている。


「そ、そう? それなら良かった............。ツナの反応が見たかっただけだし......」

「何か仰いましたか?」

「なんでもないわ! それより! いい加減さっき笑ってた理由を教えなさい!」


 まだそこに食いついてくるかーーー!!!! 

 仕方ない。口止めだけして正直に話そう。


「実は魔法で身体の傷を治すのを早めているところでした。その副作用でこそばゆくなって笑ってしまったのです」

「ツナもお母様みたいによう属性の治癒魔法が使えるの?」

「いいえ、私は姉様と同じく雷の因子しか持っていませんので使えるのは雷魔法だけですよ。治すのを早めると言っても治癒魔法のようにあっと言う間ではなく、元々身体が持っている治す力を雷で急かしているようなものですね」


 属性は火、風、土、水、雷、陽、陰、無の基幹八属性に分類される。

 生物が魔力を変化させるにはその属性の因子が必要なのだが、何故か我がトール一族に生まれる子は皆が雷の因子しか発現できないらしい。

 うちの家族で複数の因子を持っているのは嫁いできたサキ母様だけで雷、陽の二属性を扱える。

 ちなみに一般的には雷、陽、陰の属性持ちというのはあまり多くないらしい。

 例外的に無属性だけは因子に関係なく魔力を扱える者であれば使うことが出来るのだそうだ。


「それなら妾でも使えるのかしら?」

「かなり繊細な魔力操作が必要なのでとても難しいですが、サダ姉様ならば練習すれば出来るようになるかもしれません」

「じゃあ、妾にも教えてちょうだい!」


 女神にとびきりの笑顔で頼まれれば誰が断ることなど出来るだろうか。誰も出来まい。

 俺はこの時に安請け合いしてしまったことを数分後に後悔することになる。


「まずは僅かな雷を球体にしてゆっくり浮かせてみましょうか」

「わかったわ! -雷球ライキュウ-」


 俺が指先に極少の雷球を浮かせると、サダ姉が元気な返事をして雷球を作り出したがそれは大人の頭程の大きさをしているうえに球というには安定性に欠けていてところどころ放電している。


「ちょっ! もっと小さく! 使う魔力はちょっとだけに絞って!」

「これでも絞ってるのよ! そんなに調節するのは難しいわ!」


 絞ってこれとは......。

 生まれ持った命素量でこんなに差があるということなのか。

 あまり安定していないようだからさっさと消さないと暴発しそうだ。


「サダ姉! 暴発しそうだから一旦消して!」

「うん......あ、あれ!? どうしようツナ! き、消えない!」


 サダ姉は焦りからかさらに制御を失いつつあるようで雷球を消すことが出来ていない。

 形も段々と歪になって来ており、このままでは危険だと目に見えて分かった。

 急いで俺の部屋がある北東の対屋から外に繋がる最短ルートの戸板を外すと周囲を見回して人が居ないことを確認する。


「サダ姉! こっちへ放って!」

「う、うん!」


 俺がいる方向へサダ姉が手を翳すと暴発寸前だった雷の球が放たれた。が、しかし制御を失ったそれは球としての形状を保てずに拡散放射されてこちらへ向かってくる。

 慌てて外した戸板の下に身を隠すと、雷は俺の上を通り過ぎて庭先の土壁にぶつかりバチバチと衝撃音を鳴らして霧散した。


「ふぅ......。死ぬかと思った」

「ふぇえええ......ごめ゛ん゛ね゛ヅナ゛ぁぁあ」


 騒ぎを聞きつけた侍女に連れられ爺ちゃんやサキ母様がやってきて、俺たち二人は揃ってこっぴどく叱られた。


 その後、電気治療について興味を持った爺ちゃん達に詳しく説明し、美容にも効果があると聞いたサキ母様からはとても穏やかなのに鬼のような迫力が後ろに見える笑顔で施術を求められた。

 正直、その迫力はサダ姉の雷撃が迫ってくる時よりも怖かった。


「おぉ~、肩と腰、首回りのコリが楽になった気がするわぃ。こりゃいいのう」

「施術中はピリピリとしますね。でも、終わると確かに肌の張りがよくなった気がします」


 俺のやっていた身体の内外からの電気刺激療法は両型にしか出来ないと言われたため、放出型の三人には外部刺激の部分だけを教えた。


 サダ姉が出来なかった理由について、命素量が多い者は魔力の繊細な操作や量の調節が一朝一夕には難しいからだと爺ちゃんとサキ母様から聞いた。

 それなのに俺から電気治療のやり方を聞き、そんなに時間を掛けずにモノにしてしまう爺ちゃんとサキ母様の技術の高さには舌を巻くしかない。

 この二人も並外れた命素量を持っているはずなのだが......。


 全く修得出来なかったサダ姉は不満顔だったが、今後サキ母様の見ている前でなら練習することを許されると笑顔に戻っていた。


 つい「常人には繊細な扱いが難しいなら魔術具として美顔札やお面などにしてしまうと売れそうですね」なんて軽口を言ったら女性陣から根掘り葉掘り追究され、せっかくの俺の休息日が完全に溶けたのは余談である。

 安易に女性に美容の話はしてはいけない。ツナ、覚えた。


 アイデア料代わりにサキ母様から親指大の魔石を貰ったからいいけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る