九話 聖痕の謎、新たな力

「ここは......?」


 気が付くと俺は畳の上に寝かされており、身体の上には鈴掛(修験者の法衣)と鹿の毛皮で出来た引敷(腰に付ける敷物)が掛けられていた。


「おや? ツナ殿、ようやく目が覚めましたか」

「師匠、私に何があったのでしょうか? 急に身体が熱くなったことは覚えているのですが......」

「某にも詳しい事は分かりませぬ。ツナ殿の聖痕せいこんが青白く光ったと思いきや今日まで三日間も意識を失われておいででしたので」

「……え? 三日!?」


 なんと俺は三日間も寝ていたというのか。それに今、キイチ師匠は聖痕と言ったか?


「ところで聖痕? とはなんでしょうか?」

「たしかツナ殿の身体にあるのは雷に打たれた際の火傷の痕と仰っていましたね。失礼ながらそれはどこかの神が与えた奇跡の痕かと思われます。また、奇跡を起こす際に青白く光るそれを大昔は聖痕と呼んでいたと何かの文献で見た覚えがあります」

「この雷の火傷痕が聖痕......」


 俺は火傷痕を見たが、今は師匠が言うような光は放ってはいない。

 これは俺が生まれてすぐ、爺ちゃんが俺に大神の加護を与えるつもりが張り切り過ぎて想像以上の雷に打たれたせいだと聞いていたが、その際になにかあったのだろうか。


「奇跡を起こす際に青白く光るんですか? ということは今回は何か奇跡が起きたんでしょうか?」

「某には分かりませぬ。ツナ殿が意識を失われた際も特に周囲に何か起きたような気配はありませんでしたぞ。ツナ殿の方こそ身体に何か違和感などありませぬか?」


 師匠に言われて首を傾げつつもその場で立ち上がったり、歩き回ってみたが特に身体的な変化などは感じない。


「特にこれといった違和感はありませんね」

「そうですか。もしかしたら初めて体内で魔力を使った事に聖痕が反応しただけやもしれませぬな。しかし、もし身体強化魔法を使用の度に聖痕が光るようなことがあると非常に目立ちますなぁ……」

「あ゛......。それはとてつもなく困りますね、今のうちに検証してもよいでしょうか?」


 転生者だとバレてはいけないのに魔法を使うたびに聖痕とやらが光っては目立ち過ぎる。 せっかく俺に合った戦い方が見つけられそうになったというのに、下手をすればこの先魔法を封じた状態でしか戦えない事になる。

 そんなのは困るし嫌だ。さっさと検証を済ませてしまいたい。


「いえ今日は止めておきましょう。本日はこちらに来て五日目、金曜ですので明日から二日はお屋敷にお帰りになられる日ですぞ。また三日間は倒れられる可能性を考えると次にこちらに来る月曜になさいませ」

「あ、そうか! すみません。気が逸ってしまいました。では月曜にお願いします」


 今は一週間の内で月曜から金曜までの五日をこちらのクラマ寺で修行し、土日を皇京のトール邸で座学を受けて過ごしている。


 座学で見聞きする情報から前世世界の平安時代辺りに似ているなとは思っていたが、週や月、曜日の概念や食文化なども前世の平安中期頃と同じようなものだと知った時は驚いた。

 まあ平安時代のことなんて教科書の数ページで終わってしまう程度の知識しかないし、魔法や魔獣などといった全く異なる概念も多々あるため、前世知識の中にある平安時代に引っ張られる必要は皆無だが。


「構いませぬ。土日はツナ殿に魔法を使わせぬようにとルアキラとミチザ殿に一筆認めておきましょう」

「助かります。座学でも魔法を習うことがあるので先に師匠から伝えておいて頂けると二人も納得するでしょう」


■ ■ ■


「ツナよ! 魔法を見せてみい!」

「ツナ殿、聖痕を光らせることが出来るとは真のことなのですか!?」

「どうしてこうなった!?」


 土曜に屋敷に帰ると門前で待ち構えていた爺ちゃんとルアキラ殿に捕まり、有無を言わぬ間に牛車ぎっしゃへ押し込まれた。

 帰宅したはずが門前でそのまま牛車に乗せられたので在宅時間はゼロ秒だ。

 師匠からの文で知らされた聖痕について詳しく調べたいようで、知的好奇心が刺激されているのか二人ともとてもニコニコしている。

 正直、この笑顔は怖い。


「お二人が私の火傷痕、聖痕? について聞きたいというのは分かりましたけど、この牛車はどちらへ向かっているんです?」

「サキョウ壱条イチジョウ肆坊シボウ拾陸町ジュウロクチョウにある私の屋敷です。あちらは極秘研究などを行うために独自で隔離結界を張ることを許されておりますので内緒の実験をするには打って付けなのですよ」

「うちは結界を張ったところで鬱陶しく感じたワシが壊してしまうからのぅ」


 ガハハと笑う爺ちゃんに二人で苦笑しているとツチミカド邸に到着した。

 ツチミカド邸は門外から見るとトール邸と大して差はないように思えたが、門を潜ると様相が一変した。


「これは......石蔵? がいくつも並んでいるんですか?」

「よくご存じですね。それも前世の知識でしょうか? 御覧の通りこの石蔵の一棟一棟が研究所であり保管庫です。ふふ、外からの見た目と全然違って驚いたでしょう? 認識阻害の幻術を結界に混ぜて用いているんですよ」

「全く、石なんぞで固めおってからに! 趣もへったくれも有ったもんじゃないわい」


 等間隔で石蔵が並んでいた。この辺りでは珍しいことに屋根も瓦だ。

 うちのトール邸のように一般的な屋敷の屋根は檜皮葺ひわだぶきが主流らしいので瓦屋根は寺社仏閣以外で使われているところは見たことが無かった。

 ところでなぜ爺ちゃんはここまで石蔵が気に食わないのだろうか? 


「結界で強化した石蔵建築の際に耐久実験を手伝って頂いたのですが、中程度の雷魔法では中々破壊出来なかったのでお嫌いなのですよ」

「ああ、そういうことですか......」


 俺が疑問に思っていたことを察したのかルアキラ殿がこっそり耳打ちで説明してくれた。

 でも結局ムキになった爺ちゃんが大魔法で破壊したんだろうなと思っていると、ルアキラ殿が教えてくれた話の続きはまさにその通りだったので笑ってしまった。


「ほれ! そんなどうでもいい話なんぞしとらんでさっさと案内せんか」

「失礼しました。どうぞこちらです」


 ルアキラ殿の先導で建ち並んでいる石蔵の一棟に入る。中はテニスコート一面分くらいが妥当だろうか、それくらいの長方形の奥行があり、天井までの高さは3m程ある。

 床は石畳みになっているが、奥の方には畳が敷かれていて水瓶なども置いてある。


「他の蔵は研究素材などが所狭しと並んでいたりするのですが、ここはツナ殿が倒れても良いように念のため畳をご用意しておきました」

「倒れる前提なんですね……」

「まぁ今回は大丈夫じゃろうけどな!」


 蔵の中心で二人と向き合い話を進める。どうやら俺が魔法を使う様子が見たいようだ。

 この二人であればもし倒れても不安は無いので、落ち着いてキイチ師匠との修行を思い出し意識を集中した。

 まずは目を凝らし、より多くの物を細部まで見ようとする。推論通りであれば眼球の神経を意識して目に魔力を流すことで罠を探した時のような感覚を得られるはずだ。


「えっ!?」

「どうした? ツナよ」

「何か見えましたか?」


 目の前の二人の身体中に何かが流れているのが見える。血の巡り? これが魔力? いや、爺ちゃんは放出型だから身体の内部に魔力は流せない体質のはず。


「魔法の適正って内功型と放出型、そして私みたいな両型がいるんですよね?」

「そうじゃ。ワシは放出型じゃから身体から離れた位置でしか扱えん。もし自分の生み出した雷に触れると痺れてしまうわい」

「私も放出型です。内功型は体内か体表に近い位置でしか魔法を扱えませんね」


 そうなると二人に共通して見えるこれはなんだろう? 常に頭から流れているように見えるものと、動く度にその場所に向かって流れているものが見える。そしてその流れからどこがどう動くのかを直感的に感じる事が出来る。

 属性因子を雷しか持たない俺に感じられるとすれば魔力か電気ということになる。


「これって生体電流......?」

「なんじゃ? それは?」

「何かわかったんですか?」

「えっと......詳しく説明するのが難しいんだけど、身体を動かす時に体内では極僅かな雷が流れるんだ。それが見えるというか感じられるようになった? のかな?」


 未だ曖昧な推測ではあるが自分ではそれが正解だという直感がする。

 これが聖痕の力? 神の奇跡? 聖痕が光った際に得た能力なのだろうか? 


「雷を読む目......雷神眼ライジンガンとでも名付けましょう。それが感じられることで相手の動きが読めたりするのでしょうか?」

「ほう。雷神眼か。一つ試してみるかの! 手合わせするぞツナよ!」


 雷神眼......まだ何が出来ている訳でもないのに大層な名前が付けられてしまったものだ。

 あと爺ちゃん......そのバトルジャンキー的な思考、やっぱりアンタはキント君の祖父だわ。


 こうして俺と爺ちゃんの組み手が始まった............のだが。


「へぶっ!」

「遅い! 動きを読めていても身体が間に合っておらんと意味が無いぞ!」

「ぶはっ!!」

「身体強化はどうした! 使えるようになったと聞いておるぞ? さっさと躱さんと三日以上寝込むことになるぞい!」


 正拳突き、肘打ち、膝蹴り、巴投げetcetc......と弱冠三歳の実の孫に対して容赦のない攻撃を浴びせるこの爺様は、放出型の魔法しか使えない。

 つまり遠距離魔法攻撃がメインウェポンのはずなんだが、対格差もあり狙いも付け辛いだろうにどうしてここまで肉弾戦が得意なのか。

 少なくとも修行相手だった今までの狒々なんかでは比較にならない程に速く鋭い。

 そのうえで大怪我にはならぬよう力加減がしっかりされている。


「放出型の魔法使いがなんでそんなに肉弾戦に強いのさ!」

「ワシが弱いわけなかろう。伊達に武力で太政大臣まで登り詰めておらんわい! 魔族との戦いでは先陣を切って功績を挙げ、政争では刺客を差し向けられても悉く返り討ちにしてきたんじゃからの!」

「バケモンすぎる! チートかよ!!」

「また訳の分からん言葉を使いおって! ほれ、早く身体強化を使ってみい! お前なら出来るはずじゃ!」


 言葉の応酬とは裏腹に攻撃は爺ちゃんの一方的攻勢である。

 雷神眼を維持するだけでもいっぱいいっぱいだというのに、こんな闘いの最中に身体にも集中しろなんていう難易度が高い要求を平気でして来る。


 でも、俺としては爺ちゃんの期待に応えたい。

 今世では全力で生きると決めたのだから。


 一歩跳び下がり、一旦呼吸を落ち着かせる。

 戦場だったらそんな余裕は与えて貰えないだろう。

 けれどこれは組み手だ。

 

 目を瞑り、ふーーーっと深く息を吐いて身体の中を意識する。

 理科や保健体育の教科書を思い出せ。

 想像するのは身体中の筋肉や張り巡らされている神経だ。


 カッ! と目を見開くと同時に前に飛び出す。

 爺ちゃんの動きは雷神眼で感じられる。

 刹那には迫る次の動きも読めている。後は俺が躱すだけ。


 右から来る下段蹴りを爺ちゃんの脚に背を預ける形で乗り越える。

 そのまま死角である足元に飛び込み前転で潜り抜け爺ちゃんの背後を取った。


「ほう......」

「もらった!」


 そのまま中段蹴りで爺ちゃんの軸足になっている右膝の裏を狙う。


「甘いわ! -雷壁ライヘキ-!!」

「へ!? あばばばばば!!!!」


 突然、爺ちゃんと俺の間に巨大な電撃の壁が立ち塞がる。

 慌てて蹴りを止めるも体重の乗りきった勢いを殺しきれずに態勢を崩した俺は顔面から電撃の壁にぶつかった。


「がっはっははは!!!! まだまだじゃな!」

「魔法を使ってくるなんてズルいじゃん!」

「ツナも身体強化魔法を使ったんじゃし、ワシが魔法を使わんとは言っておらんかったじゃろ? それに実戦じゃと卑怯なんて言ってられんとキントとの相撲でも教えたじゃろう」


 正論至極真っ当その通り。ではあるものの、さっきのは明らかに俺の蹴りが躱せないと判断してとっさに魔法を使った様な気がする。

 そういうのは大人気無いんじゃないかな。


 でも、爺ちゃんはこの負けず嫌いで手段を選ばない性格、悪く言えば生き汚いからこそ、今まで生き抜いて高い地位にも居られたのだろう。

 特に地位を求めるつもりはないが生き残る姿勢は俺も見習わないといけない。

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