第一伝:幼少期~修行編~

四話 静電気、力への決意

人時代じんじだい815年 卯月 皇京おうとイアン トール邸


 俺がこの世界に生まれてから三年が経過した。

 赤ん坊の頃は色々と生理現象に悩まされたがあまり深くは思い出したくない。

 なぜかミチザ爺ちゃんは俺が赤ん坊の頃から転生していると勘づいていたようで、三年の間に爺ちゃんから言葉やこの世界の成り立ち、魔法についての基本知識を教わった。


「魔法を行使するには命素めいそが必要で、体内の命素量によって行使出来る魔力の量が変わるんだよね」

「そうじゃ。故に命素が極端に少ないツナは魔法で戦うには不向きと言えるのう。武の御三家と呼ばれる我がトール家の一員としては戦う力が不足しているということは欠点ではあるんじゃよ」

「そっかぁ……」


 魔法の存在を教えてもらった時にはワクワクが止まらなかったが、俺の命素量では静電気みたいに一瞬だけパチッと小さな雷を発生させるのが限界らしい。

 庶民よりも命素量が多い者が生まれやすいという貴族の家に生まれたのだが、俺ほど少ない者は庶民にも居ないという。


 その代わりに常人であれば使い切ると丸一日はかかる命素の自然回復が一呼吸ほどですぐに回復出来るのは強み? と言えるかもしれないが。

 いや、ずっと静電気をパチパチ出来るくらいじゃ強みとは言えないか......。


「なあに、魔石を使えば体内の命素量に関係なく魔法は使える。それに強力な魔法だけが戦いの全てではないからの」

「でも魔石は魔力を使いきったら砕けてしまうんでしょ? しかも含有魔力の少なくなった魔石に新たに魔力を溜めることは出来ないって爺ちゃん言ってたし!」

「うむうむ。よく覚えておるな、感心じゃぞ」


 爺ちゃんが俺の頭をワシワシと撫でて褒める。

 魔石は魔獣の心臓から少量取れるが、全て使い切りになってしまうため、安易に使うものではないそうだ。


「俺は爺ちゃんみたいに強力な雷撃を放ったり、父上みたいに雷の鎧を纏うような使い手にはなれないんだね......」

「そう気落ちせずともよい。ツナにはツナにしか出来ん何かがあるはずじゃ。明日から師の下でしっかりと学び、自分に合った魔法の使い方を見つけるがよい」


 そう言ってミチザ爺ちゃんは俺の頭を優しく撫でてくれた。

 俺が前世の記憶を持っており、以前は親不孝な生き方をしていたと打ち明けても変わらずに自分の孫として接してくれている。

 そのことがどれだけ心の支えになっているかは俺自身にも計り知れない。

 爺ちゃんの為にも俺は強くなりたいと願った。


■ ■ ■


 翌日、爺ちゃんと騎獣のコゲツに跨ってクラマ山へとやってきた。この世界は魔法があったり魔獣が居たりと俺の知る世界とは違う世界だが、地名や人名など現世に似ている部分も少なくない。

 ヒノ国の地図は日本地図そっくりだったし、なんと人族が百年以上戦っている魔族の首領は自らを第六天魔王だいろくてんまおうノブナガと名乗っているそうだ。

 実は俺と同じように転生してきた人物なのかもしれない。


「趣のあるお寺だ......」


 上空から見下ろすと、山の中には綺麗に整備された山寺が建っていた。

 本殿前に降りると一人の男が出迎えてくれる。

 男は山伏のような服装で身体は人間だが頭は黒い烏のようで背中には翼が生えていた。烏天狗カラステングと呼ばれる亜人種らしい。


「クラマ寺へようこそ。それがしはキイチ・ホーゲン。この寺で僧をしております。お話はルアキラから伺っておりますが、失礼は承知ですが某が教えるに足る方かまずツナ殿を試させていただきたい」

「む。それは初耳じゃぞ。既に引き受けて頂いたという認識だったのじゃが?」

「構いません。私でよければお試しください」


 師となるかもしれない方の言う事なら、今後のことも考えると素直に聞いておいた方が良いだろう。爺ちゃんは不服そうだが、俺に否やはない。

 俺は本殿の中へついて行くとキイチ殿と向き合った。


「それではまず魔法の属性と適正をお見せくだされ。ツナ殿は雷の両型と伺っております。人差し指の先に雷を纏わせた後にそれを身体から離した位置で保つことは可能ですかな?」

「はい。可能です」


 俺は一呼吸すると指先に意識を集中した。

 人差し指の先に電流が流れる様子を想像するのだ。

 そうするとパチパチッと指先に微弱な電流が渦巻くように走っている。

 生じる電気は微量だが、それ故に細かく操るのは得意だったりする。

 

 それというのも喋ったり這い廻れるようになるまでは空腹やら排泄やらで用があると微弱な電気を飛ばしてお世話してくれる人を呼んでいたのだ。

 最初は皆に気味悪がられていたが1週間もすればこの呼びつけ方に慣れてくれたものだ......。

 

 三十秒ほど指先に電流を纏わせた後、渦巻いていた電流を小さな球体にして天井近くまで浮かび上げて維持し続ける。


「なるほど。生み出す魔力は非常に小さいが操作と維持は見事。しかも命素が尽きても意識を保ち一呼吸で回復している。もう消してよろしいですぞ」

「ありがとうございます!」


 維持したまま一分程経過するとキイチ殿が止めていいと声をかけてきたので漂わせていた雷球を霧散させた。

 一般の人々は命素が尽きると意識が低下したり、気絶するらしい。

 僅かしかないはずの俺だが、今のところそういったことが起きた事はないな。


「次は問答です。魔獣と獣の違いはなんですかな?」

「ただの獣は魔力を扱えませんが魔獣は魔力を扱えます。あと、魔獣は心臓から魔石が取れます」


 普通の獣は命素量が高くても魔法が使えない。魔獣は身体の命素量に伴って魔力を扱うことで肉体強化や遠距離攻撃の魔法を行使する事が出来る。

 変な話だが同じ兎でも魔法を使えないのはただの獣の兎で、魔法が使えれば魔獣の魔兎マトと呼ぶのだ。


「では次に、人族と亜人族の違いは何ですかな?」

「人族のほうが人口が圧倒的に多いです。他に違いというと身体の一部が獣のようだったり長命など種族ごとに特徴があることでしょうか......。亜人と一括りにしても多種多様なので明確な人との違いというのは線引きが難しいと思います」


 亜人とは人の生物的特徴を合わせ持った生き物。言語による意思疎通が可能で人族と友好的な種を指す。


「なるほど。では亜人と魔族の違いはなんでしょうな?」

「人族に対して友好的か否か......ですね」


 亜人の中で人族に敵対的な種は魔獣もしくは魔族と呼ばれている。


「そう。つまり某がもしここでツナ殿達に襲い掛かれば、某もしくは我ら烏天狗が魔族、もしくは風貌的に魔獣という扱いになります」

「そ、それは......!」

「ですが逆も有り得るのです。仮に魔族とされる種族の中にでも人と共存する者たちが居ればそれは亜人と変わりありません。人族でも悪人と善人がいるように、一部がそうだからと種族全体を決めつけぬよう努々お気を付けなさいませ」


 そう。全ては人族の匙加減で変わる。

 今後魔族と戦うことも、もしかしたら人族同士で争うこともあるだろう。

 この問答は人族の傲慢さだとか、偏見を持たないことを教える為の説法も兼ねているのかもしれない。


「さて、最後は説法のようになってしまいましたが以上で問答は終わりです。ルアキラから事情を聞いていたとはいえ、三歳の子供とは思えない受け答えに驚きましたぞ」

「恐縮です」


 ルアキラ・ツチミカド殿。陰陽術や結界術などの魔法に優れており、現存する七つ全ての属性を扱える天才。

 爺ちゃんから俺の事情は聞いているらしく、たまに俺に会いに来ては前世の知識について話をすることがある仲だ。

 キイチ殿はどういった繋がりなのかは知らないがルアキラ殿が事情を話す程に信頼しているなら俺も信用は出来ると感じた。


「某はツナ殿が修行を行うことに問題はないと判断しました。最後に確認です。過酷な時もあるでしょうがそれでも修行を受けられますかな?」

「はい! 私は強くなりたいです!」

「よろしい。では約定通りこのクラマの地にて鍛えて差し上げましょうぞ」


■ ■ ■


 翌日から俺の修行が始まった。

 週に二日を屋敷で爺ちゃんやルアキラ殿と座学、残り五日はキイチ師匠の下でクラマ寺に泊まり込みで修行をする生活となった。


 まずは基礎体力をつける為に修験者の装束を身に纏って寺の掃除や山道での走り込みをしている。その間、常時身体の周りに電気の玉を浮かせて維持する修行を並行するのだ。

 最初はどちらも五分が限界だったが、三カ月経ち文月になる頃には一時間は走りながら継続して動かし続けられるようになっていた。


 幼い身体の為か不意に眠気が襲ってくることもあったが、そんな時は自分で電流を首筋に与えて無理やり意識を起こしていたので、いつの間にか眠気に襲われること自体が無くなっていた。


「ふむ。基礎体力は随分ついてきましたな。次は実戦形式の修行も取り入れてまいりましょうか」

「実戦......。ですか?」


 実戦という言葉に背筋がゾクリとした。

 俺はまだ命の取り合いを経験したことがない。

 本格的な戦闘は一度だけ屋敷からクラマ山への移動中に大きな魔猪マチョを魔法や弓で攻撃する衛士隊の実戦訓練を空から見たことがあるくらいだ。


「そんなに怖がらなくても平気ですよ。ツナ殿が戦う相手は某の式神ですので。≪来たりて望んだ形と為せ≫ -急急如律令キュウキュウニョリツリョウ-」


 師匠は懐から何か書かれた人型の札を取り出すと、右手の人差し指と中指で挟んで呪文を唱える。

 詠唱後に右手から離れた札は光を放ち、小柄なサルの姿が現れた。


「ウキッー!」

「此奴は某が昔に封じた狒々ヒヒという名の猿の魔獣を模した式神です。クラマ山の結界外に出ることはありませぬ。ツナ殿にはまずこの式神を捕えられるようになって頂きます」

「山で猿と追い掛けっこですか......」


 簡単ではなさそうだが、こちらから一方的に攻勢に出れるのであれば怖くはない。

 だが、次の師匠の一言でそんな甘い考えは吹き飛んだ。


「もちろん狒々の方からも攻撃はしてくるので十分にお気を付けなさいませ」

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