五話 法則の次に待つ試練
実戦修行に移ってから今日で五日目。
早朝から日が沈むまで狒々を追い掛けてクラマの山中を走り回っては投石や木の棒で殴りかかって来るのを躱して、こちらも石や短くしてもらった金剛杖と呼ばれる八角形の木の棒で応戦する毎日が続いてる。
「ウキャキャキャキャ!!」
「ぜぇはぁ......。ぜぇはぁ......。このクソ猿がぁ!」
「こんなの三歳の子供が受ける修行じゃないだろ......。まぁ、前世を合わせるなら三十三歳で父上よりも年上になるんだけども......」
「キキッ?」
出鱈目に追い回しても無駄なことは初日に嫌というほど分からされたので、二日目からは観察を重視して一挙手一投足に注視していると、狒々の動きにある程度パターンがあるのが分かってきた。
「こちらから仕掛けずにじっとしていると向こうから近寄ってきて、俺からおおよそ2mくらいの位置で挑発を仕掛ける」
「ウキャキャキャ!」
観察結果が正しいか仮説を立てては検証していく。
この式神に自我があるのかは分からないが、目の前で同じことを何度も繰り返す奴というのはさぞ不思議に見えるだろう。
「そのままさらに何もしないでいると左拳で殴りかかってくる」
「ウキ―!」
猿に利き手があるのか詳しくは知らないが、この狒々は投石も棒を持つのも左手しか使っていない。なので攻撃に移った際の初撃は必ず左手になる。
最初は躱すのもいっぱいいっぱいだったが、この五日で狒々の動きに目が慣れ始めたことと、観察のおかげで推測通りの動きであれば難なく躱せるようになった。
「後ろに躱すと右手で振り被ってひっかき攻撃! ぐっ!」
「ウキャ!!?」
ここまでの流れは完全に読み通り。このパターンを見つけるだけでも何回繰り返し攻撃を受けてきたことか。俺はひっかき攻撃を左手の閉じた状態の桧扇で受け止め、右手の金剛杖に力を込める。
「くらえぇえええ!!!!」
「ウギャッ!!」
ガンッ! という音と共に狒々の頭に渾身の横薙ぎが決まったが、硬い頭蓋に当たった衝撃で右手から金剛杖が飛んで行ってしまった。
「ウギ......」
「今がチャンス!」
昏倒させるには至らなかったが、ふらついている狒々を背中から押し倒すと、貝の緒と呼ばれる修験者が持つ紐で後ろ手に縛り上げることに成功した。
「よっしゃぁあ!! ! 捕獲成功!」
「ウギギギギ......」
「素晴らしいですな。もっと追い回したりして行動法則があることに気づくまで時間が掛かるかと思っておりました。初日以降は観察と検証を繰り返し、こんなに早く捕まえられるとはお見事です」
狒々が悔しそうな声をあげる横で歓喜に打ちひしがれていると、どこからともなく師匠が現れて賞賛の言葉をくれた。
「っ!? あ、ありがとうございます!」
「これで次に移れますな。次の狒々は法則的な身体の動きはほとんど見せませぬ。≪来たりて望んだ形と為せ≫ -
「え……」
師匠の衝撃的な言葉に呆然としているうちに呪文が唱えられ、捕獲していた狒々が光とともに消え、目の前にまた新たな狒々が現れた。
「次は罠も使ってくるのでお気を付けなされよ」
「え......」
「ウキー♪」
せっかく見つけた法則が使えなくなったうえに罠にまで気を付けないといけない。
先ほどに比べると難易度が跳ね上がった。
結局その日は日が沈むまで狒々を見つけることすら出来ずに終わった。
見つからないところで罠を仕掛けてまわっているのだろう......。
明日から二日間は屋敷に戻るので三日後に罠だらけになっている山中を考えると気が重くなった。
■ ■ ■
「わははははは!!!! ツナはもうそんな修行をやれるようになったのか! 流石ワシの孫じゃ!」
「笑い事じゃないよ爺ちゃん! せっかく苦労して動きのパターンを見つけられたのに!」
五日ぶりに帰ってきた屋敷で座学としてこの世界の文字、歴史や制度、魔獣の生態などを爺ちゃんから学んでいる。
今は休憩時間に雑談をしているところだ。
「ぱたーん? とやらは分からんが前世の言葉じゃな? ワシやルアキラ殿の前なら構わぬが、他では怪しまれぬよう日頃から言葉には気を付けるんじゃぞ」
「あ、ごめんなさい」
そうだった。ついつい「チャンス」だとか使ってしまっているが、俺が転生者だとバレてはいけないらしい。
なんでも大昔この国が魔族や魔獣に脅かされていた時代、異世界からやって来た復讐者と名乗っていた男とその仲間が実はエライ神様たちだったらしく、人族に新たな魔法や知識を授け、この国を救うとみんな元の世界に帰ってしまったそうだ。
それから数百年経つと段々と魔族や魔獣が再び力を取り戻し始め、焦った人族は再び神に助けて貰おうと神を召喚するために様々な狂気じみた儀式魔法なんかを使ったがほとんどが成功しなかった。
運良く? (悪く?)異世界から呼び出された者は”神”か”勇者”と呼ばれるらしいが”神”が呼び出されたことは一度もなく、”勇者”は知識や力をいいように使われたり、裏切られたり、反抗して鎮圧されたりとほとんどの場合はロクな目に合っていないらしい。
ちなみに唯一マシだった例がルアキラ殿の師匠でコウボウ様という方だそうだ。
「ワシはツナが国の思惑で良いように使い潰されるなんて嫌じゃぞ!」
「俺も嫌だけど、今までの勇者たちと違って戦闘能力面では寧ろ普通の人より劣ってるからね。戦争の最前線に立たされることなんかは無いと思うけど......」
「それでも嫌じゃぁ~! 知識を頼りにされてずっと厳重な警備の屋敷で閉じ込められるなんて生活もさせとうない!」
薄々解ってはいたけれど、爺ちゃんは孫バカというか孫コンプレックスというか、俺が絡むと知能指数が著しく下がる時がある。いや、わざとかもしれないけれど。
でも俺はこうして気安く接してくれているのが本当にありがたい。
他の兄姉妹にはどうなんだろうな。
今のところほとんど面識が無いが、俺には兄一人、姉一人そして産まれたばかりの妹が居るのだ。けれど爺ちゃんからあまり話を聞いたことはない。
「どうかしたのか?」
「ああ、いや他の
俺のテキトーな思いつきだったのだが、それを聞いた爺ちゃんの顔が少しだけ曇った。
「明日は休みにして、お主の兄姉妹達の所にでも行ってみるかの」
「うん。わかった」
会わせたくないという訳でもないんだろうか? さっきの表情はなんだったのだろう。
明日、本人たちに会えば分かるのかな。
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