三話 儀式の代償、抱えた秘密
ツナ生誕の翌日、
議題は昨日アラシ山で起きた落雷と神降ろしの儀の斎場が消失したことについてである。
「では
「うむ。相違ない。丁度良いところに大きな魔石があったんでの。可愛い孫の誕生でついつい気が緩んでしまい申した」
太政官や
「ふざけるな!」
「たかだか加護付与の儀で斎場が吹き飛ぶものか! 何かおかしな儀式を行ったに違いない!」
「待たれよ。ワシが執り行ったのは恐れ多くも我がトール家も血を受け継いでおる天空大神様の加護付与じゃ。それにワシが”天雷”の二つ名を持つ程に雷魔法に優れておることは周知であろう? ワシの雷魔法にあの場に集まった
ふざけたような受け答えに周囲から罵声や怒声があがるのは仕方ないことでもあるが、彼がこの国で最高の雷魔法の使い手であるのは事実のため、誰もが完全には否定できないでいた。
「この際、何が起きたかはもうどうでもよいでしょう。問題は今回の神降ろしの儀が中止せざるをえなくなったことです。巨大魔石もそうですが、斎場には命素が集まるよう数年に渡って術を掛け続けて来ました。この責任はどうやって取っていただけるのですか?」
「そうですね。同じ条件を用意しての検証などすぐには出来ませんし、神祇官としては斎場破壊に対して降格や弁償などで責任を取って頂ければと思います」
何が起きたかの聴取よりも、実際に出た不利益に対する責任を取らせようという声が上がった。
声の主は神祇官の
「少副殿、太政大臣殿は神聖なる儀式を穢したのです。これは
「大副殿、そもそも斎場を守護する者を配置しなかったのは大副殿の意。すなわち我ら神祇官の不手際も一因ではありませんか? それに主上は先帝の件以来、連座での処罰をお嫌いになっております」
同じ神祇官で陰陽術の使い手でもあるドーマンとルアキラだが、その仲は非常に悪い。
というのもドーマンが年若く才能のあるルアキラに対して尋常ならざるほどの嫉妬をしているせいだ。
「……では此度は降格と弁償をもって罰としましょう」
ドーマンが苦虫を噛み潰したような表情で答える。
先に帝の名を出したのはドーマンであるため、その帝が連座を嫌うという事実を出されては引き下がることしか出来なかった。
「では我が家の宝物から魔石を三つ献上し、ワシは
「なんと......。トール家の宝物級魔石を三つも!?」
「大副殿が提案した大宰帥は
「ミチザ殿の年齢で十年間も昇格不要とは実質もう上がる気は無いとみて良いのでは......」
神祇大副であるドーマンの提案したものよりも重い罰をミチザ自身が提案したことに朝議参加者たちは呆気に取られていた。
「ふむ。この反応ですと誰も異論はなさそうですな? 今回の罰はそれということで」
「うむうむ。太政大臣殿が参議になるのは少し寂しいが仕方ないじゃろう」
右大臣オツグがまとめ、
■ ■ ■
「ルアキラ殿、先ほどは助かったぞ。さすがに連座を提案されるとワシからの代案で止めることは難しかった」
「これはミチザ殿。いえいえ昨日ご連絡を頂いた時からドーマン辺りは左遷や連座も提案してくるであろうとは読めておりましたから」
昨日ミチザは神祇少副であるルアキラに今回の出来事の詳細を認めた文を送っていた。
全てを詳らかにする代わりに先ほどの朝議で罰の方向性の誘導を図るように頼んでいたのである。
「それにしてもあの斎場はなんだったんじゃ? 数年の準備どころで溜められるような命素の濃さではなかったぞ?」
「分かりません。今回の儀はドーマンが主体となっており、取り纏め役と言っても私は事務方の補佐に回されていたので。かの御仁が何を企んでいたかは分かりませんが計画を潰したことは事実。身辺にはご注意を」
「そうじゃな。同職の参議にもなるわけじゃし、近くで彼奴の動きに目を光らせておこう」
ミチザはドーマンを近場から牽制するために降格先を敢えて同職の参議としたのだった。
「それにしても神成りの儀という儀式魔法は亡くなった我が師からも聞いたことがありません。我が師が此方に来てから五百年以上経っているのでその間もずっと秘匿されてきた魔法だったのでしょうね」
「そうじゃな。我がトール家の当主が代々受け継いできた封印箱の巻物に記されておったんじゃ」
ルアキラの師匠はコウボウという名で異界から来た
人時代245年に神降ろしの儀によって転移してきて以来、791年に亡くなるまで魔法技術や魔獣討伐などでヒノ国に貢献し続けた偉大な勇者だ。
即ち国によって最も長く酷使されたともいえる。
「ということはミチザ様はその封印箱を開けてしまったんですね?」
「妻のプラムを看取った時に誓ったんじゃ。家族を助ける為なら形振り構わずなんでもすると。そのために封印箱の中身が利用出来るものか確認しただけじゃよ」
わっはっはと笑うミチザに対して、やれやれと小さく首を振ったルアキラは苦笑を浮かべていた。
「今後お孫さん、ツナ殿はどうなさるおつもりですか? 私のように全属性の因子を持つだとか、なにか特別な力を持っていると露見した場合は厄介なことに巻き込まれかねませんよ」
「
ミチザの望む人物像に心当たりはあるので紹介するのはやぶさかではなかったが、三~四歳の子供にそれを教え込むというのは早すぎなのではないだろうかとルアキラは疑問視した。
「おそらくツナはこちらの言葉を理解しておる。そんな気がするんじゃよ」
「なんと.......赤子の身体を乗っ取った憑依者ということですか?」
「......おそらくそうじゃろうな。ツナは体内の命素量が著しく低いんじゃよ。皆無と言っても過言ではない。聞いたこともないが死した赤子の身体に新たな魂魄が宿ったと考えるのが近い気がするんじゃ」
先ほどまで家族を助ける為になんでもすると言っていたミチザからとんでもない推察を聞かされルアキラは言葉に詰まった。
その通りであれば身内の肉体には赤の他人の魂魄が入ったということだ。最悪だとそいつは元の赤子の魂魄を消し去った可能性すらある。
「恐らく本人には分からんじゃろうしな。一族の特徴も出ておるし、どちらにせよもうワシは自分の孫としてツナを育てるつもりじゃよ」
そう言った老人の目には憂いなど一切無い温かな光だけが宿っていた。
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