二話 宿命の赤子

「えぅ。あ~。あ~?」(あの、ここはどこで貴方は誰でしょうか? )

「ん? ツナよ。お主、何か話そうとしておるのか?」


 俺はどうも呂律が回っていないらしく、目の前の大きな老人には言葉が通じていないようだ。なんとか身振り手振りで伝えようと身体を動かすとある違和感に気づいた。


 え? 俺の手、なんかすごく小さい? 


 目の前に持ってきた手はまるで紅葉の葉っぱのような小ささだった。

 そのことに気付くと慌てて周囲を見渡そうとするが首も身体も上手く動かない。


「あぁ~!? だぁ! えぅー?」(ええ!? なんだこれ! どうなってんだー? )

「何か驚いておるようじゃの? まあ、無理もない。さっきまでお主は死に掛けておったからのぅ。やっと生まれたというのに産声もあげず心の臓も止まっておったんじゃぞ? 神成りの儀で呼び戻せてよかったわい」


 ところどころ老人の言葉の意味が分からなかったが、どうも今の俺は生まれたばかりの赤ん坊らしい? 


 どうしてこんなことになったかは分からないけれど、もし夢でないのならこれが生まれ変わりや転生ってやつか? 真っ当に生きようと思った矢先に死んでしまったなんて、親不孝の天罰が当たったのかもしれないな......。


 なんとなく現状を理解するとともに、思い浮かんだのは前世の後悔と自嘲。


(父さん、母さん。最期まで何も償えなかったダメな息子でごめんよ。なんの因果か知らないけれど、せっかく生まれ変わったからにはこの人生では真剣に全力で生きてみるよ)


 俺は心の中で前世の両親に謝罪を述べて今世では真剣に生きようと決意した。


「よし。とりあえず屋敷へ帰るか。いや、それよりもお主の母の元へ連れて行くのが先か」

「だぅ? あぅ?」(屋敷? 母? )


 俺が疑問に思っていると老人は左手の人差し指と親指で輪っかを作り指笛を吹く。

 ピィーーー! と指笛の音が高らかに鳴り響くと空から虎が駆け降りて来た。


「あぅうぇえぇええ!?」(ええええ!? 翼の生えた虎が空を走ってる!?)

「怖がらんでよい。コゲツは窮奇キュウキという魔獣じゃが幼い頃から騎獣になるよう調教してあるからの。ワシが命令せん限り人を襲うことはないぞ」


 コゲツと呼ばれる虎? は老人に撫でられると目を瞑って鼻を鳴らす。とても穏やかな表情で深く懐いているように見える。


 はぁ。ネコ科動物の目を瞑った表情は癒されるなぁ…...ってそうじゃない! 待って!? 魔獣ってなに? ここは前世とは違う世界なの!? 


 俺は転生したことを受け入れた時よりも、ここが自分の知る世界ではないという可能性を感じてパニックを起こした。


「あんぅ!? あぁ!!?」(ちょっと待って!? 一旦状況を整理させて!!?)

「んー? なんぞ元気に暴れておるのう。まあよい。行くぞ」


 訴えも虚しく、老人が虎に跨り”行け”と合図を出すと虎は大きく一吠えして空を駆け昇っていく。

 風の音や現在地の高さ、移動の早さに驚いていると段々と意識が遠のき始め、いつの間にか俺の視界は暗転した。


■ ■ ■


「ご当主様が戻ってこられました!」

「親父殿! やっと帰ってきたか! 一体何をやっていたんだ!」

「おぉ! ヨリツも産屋に来ておったか! 見よ! お主らの子は生きておるぞ!」


 産屋に戻ってきたミチザの一言でヨリツだけでなく周囲の人間全てがザワついた。

 自然とミチザの右手に抱えられた赤子へと視線が集まる。


「ほれ。この子がそうじゃ。既にツナと命名したぞ! ワシが抱いておったせいで少々汚れておるからの、湯で洗ってからサキ殿にも顔を見せてやれ」

「あ、あぁ……なっ!?」


 受け取った赤子を見たヨリツは思わず息を飲んだ。


「これは......この痣、それに髪色やこの気配は一体?」


 腕に抱えた我が子の身体中には、落雷に打たれた者に出来ることがあるという独特の痣があり、白髪の赤子が纏う気配もどこか異質であった。


「この子には我が家の当主のみが伝えられる禁術・神成りの儀を施した。秘伝の巻によるとこの痣は成功の証のようなもんらしいわい。ただし他言無用じゃ。まだ神か勇者の力かは分からんが、余所に知られるとロクな事にならん」


 ミチザはヨリツの左肩に右手を掛けてそっと耳打ちする。

 生まれた子が大きな力を持った可能性は高いが、ヒノ国の歴史上で勇者と呼ばれた人物はそのほとんどが悲惨な末路を辿っているのだ。


「何故.........そのような儀など執り行ったのですか!」


 ヨリツはミチザを睨みつけ静かに問うた。

 いくら当主とは言えど、これから我が子ツナの人生にもトール家の命運にも大きく影響が出るであろう事柄を独断専行されてしまったのだ。その言葉には明らかな怒りが籠っている。


「ワシは産まれるはずじゃったお前の妹、そして病に蝕まれていた妻のプラムを救えんかった。もうこれ以上家族を失うのは嫌だったんじゃ......。この子には、ツナにはただ生きていて欲しかった......。それだけじゃよ。別に力など与えられなくてもよかった」

「親父殿......」


 ミチザの悔しがる中に寂しさを併せ持つような表情を目にして、自分も全く同じ気持ちを経験しているヨリツはこれ以上何かを言うことが出来なかった。


「まぁ! この子が私の子なのですね! 可愛らしい寝顔だこと」

「サキ!? もう起きてきて平気なのか?」

「おぉ、サキ殿! そうじゃよ。その子がお主らの子、ツナじゃ!」


 二人が話していると両隣を侍女に付き添われながらやってきたサキがヨリツの腕に抱かれている我が子を慈愛の籠った眼差しで覗き込む。

 当然髪や身体中の痣も目に入ったがそんなことは全く気にしていないようだ。


「うふふ。ツナ。私たちの可愛い坊や。この手で抱きしめられる日を心待ちにしておりますよ」

「さぁサキ様、まだお加減は優れないのですからお戻りになってください」

「ヨリツ様、これから湯でお流ししますのでツナ様をお預かり致します」

「くれぐれも丁重に頼むぞ。色々と気になるだろうが詮索も他言も無用だ」


 産屋に戻っていくサキとその侍女たちにツナを預けるとヨリツは侍女たちに念を押した。


「さて......これからが正念場だな」

「うむ。ワシに案がある。ちと協力してくれんか?」

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