空洞の決着

 勝った――パメラは一瞬そう思ったが、相手もそう甘くはなかった。


 慌てて剣を立てて防御。剣と剣がぶつかった瞬間に伝えられた強烈な衝撃が男の眉をひそめさせたが、姿勢が半分崩れるほどで何とか持ちこたえた。


 しかし男の当惑までなくすことはできなかった。


「ま、まだ成人でもない見習いなんかが、どうしてこんな力を……!」


「とにかく学年首席だからな」


 アレクシスが首席という名目を平然と推し進める姿にパメラは危うく笑うところだった。


 普段あまり目にすることはできないが、アレクシスは純粋な人間ではなく半魔族だ。


 魔族は身体能力も魔力も人間より優れた種族。半魔族のアレクシスは純血魔族には劣るが、それでも純粋な人間に比べれば先天的なスペックが違う。そんな彼が騎士見習いとして鍛錬に邁進するなら、いくら鍛えた大人の男でもついて行くのが手ごわい。


 もちろん半魔族ということを堂々と言うことはできないので、学年首席という言葉で大まかにごまかしたりもするが、アレクシスは時々首席という成績そのものを血統の力で取ったのではないかと自分を過小評価する時がある。それを知っているパメラなので訳もなく笑うところだった。


「ふぅっ!」


 男は自力でもう一度強化魔法を発動した。全員が力を集中した時ほどではないが、本来の力に強化魔法まで重なったアレクシスの攻撃を何とか受け止めるほどにはなった。


 左右の敵も再び魔法を使おうとしたが、パメラの剣が彼らを狙った。


「させませんわ」


 パメラの砲門魔法陣から魔剣が放たれた。左右の敵はそれを避けたが、魔剣が彼らが少し前までいた空間を横切った瞬間、雷電を噴き出した。


 彼らは雷電そのものを守ったが、パメラの魔法を防ぐことに集中しなければならなかった。


「貴方たちは私が相手にしますから、あっちを邪魔するような不格好なことはしないでくださいね」


 パメラは〈近衛隊〉の六本を彼らに行かせた。自由に飛び回る剣があらゆる角度から彼らを攻撃した。


 パメラは適度に牽制する程度の注意を払い、視線ではアレクシスの方を追い続けた。


 ――氷結魔法〈地獄の刃の呼び声〉


 アレクシスの足から魔力が広がった。魔力に覆われた床を男の足が踏むたびに氷の刃が飛び出した。


「っ!?」


 男は慌てて避けたが、どこを踏んでも氷の刃が飛び出すのは同じだった。結局一度避けられなかった右足の中央を氷の刃が貫いた。


「これしきのこと!」


 男は足に魔力を浴びせて強化した。刃自体はそれほど強くないので、強化した足で踏んで壊すというつもりだった。


 足を貫かれた時から足を強化する時まで。隙間だらけだったが、アレクシスはあえてその抜け目を突かなかった。もちろん手加減をしているからではなかった。


 ただ確実に勝つ魔法を準備しただけ。


 ――霊氷魔法〈マクナの傷跡〉


 複雑で精巧な魔法陣がアレクシスの氷の剣を包んだ。剣の形がより精巧になり、莫大な魔力が溢れ出した。


 男は剣を立てて警戒したが、その行動に意味がなかった。


 アレクシスはその場で剣を振り回した。到底剣が届かない距離だったが、剣から噴き出した氷雪の波が男を襲った。


「む!?」


 男は横に跳躍して避けた。


 氷雪の波はまるで斬撃の軌道をそのまま延長したかのように薄く鋭かった。おかげで縦に振られた初撃を避けることができた。


 しかし氷雪の波はそのまま固まり、巨大な氷の壁となった。一瞬で動けるスペースが制限された。


 アレクシスは今度は横に剣を振り回した。現在の空洞を正確に半分に分ける高さだった。


 男は一瞬上を見上げたが、ジャンプして避けるほどの高さではないことを確認し歯を食いしばった。


「うおおお!」


 ――斬撃魔法〈一刀両断〉


 男の斬撃が氷雪の波を切り裂いた。男の立ち位置から後ろは流されなかった。しかし男の正面と側面が完全に氷に阻まれた。


 男は剣に魔法陣を描き、氷を破壊しようとした。だがそれよりアレクシスの対応がもっと早かった。


 ――霊氷魔法〈マクナの意志〉


 横に設置された氷壁が急速に膨らんだ。上下に厚く伸びた氷があっという間に床と天井に届いた。男の魔法が込められた斬撃でも氷壁を壊すことはできなかった。


 続いてアレクシスの魔法陣が氷壁全体に現れた。その直後、氷壁が壊れ破片が波になって男を襲った。


 男は破壊の魔法を纏った剣を振り回した。吹き出した魔力が氷の波をかなり相殺した。しかし完璧に防ぐことはできず、溢れた氷が男の四肢にくっついた。一瞬にして氷が四肢を覆い、男の行動を制約した。


 男はそれさえも魔力を放出して抵抗したが――そもそもそれはアレクシスの本命ではなかった。


 ――斬撃魔法〈気力斬り〉


 氷と混ざり合って突進してきたアレクシスの剣が男の腕を切った。


 刃は腕を切ることができず、そのまま抜け出た。だがその直後、まるで故障したかのように男の腕ががたっと下がった。力の抜けた手から剣が落ちた。


 それでも男は残った手で魔法陣を描こうとしたが、アレクシスが魔法陣ごと腕を切った。するとそちらの腕も力を失った。


「〈気力斬り〉は物質ではなく魂を斬る。その効果は一時的だが、こういう戦いで決着をつけるくらいの時間は十分確保できるぞ」


 アレクシスは男の両足を切った。足にも力が抜けた彼は床に倒れた。


 男は目を転がして必死に打開策を考えた。


「ま、待て。貴様の望む情報を――」


「それは後でパメラ様がゆっくり調べられる」


 アレクシスの剣は男の額に突き刺さった。


 男の意識が一瞬にして遠ざかった。


―――――


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