アレクシスの事情

 パメラがアルラザール・テルヴァの名前を言った時。アレクシスは驚いて気絶しそうになった心を隠そうと必死だった。


 アルラザール・テルヴァに会ったことはない。……いや、正確には会ったことはあると聞いた。しかしその時アレクシスは赤ん坊であったし、何かを記憶できる年齢になる前にアルラザールの方が死んだ。アレクシスが知っているアルラザールは写真と記録の中の誰かにすぎない。


 だが兄が魔族だということがバレて処刑されたということを聞くと、気にならないわけがない。




 アレクシス・ネオ・タルマン――養子縁組される前の名前はアレクシス・テルヴァ。実兄が種族のせいで死んだということは、アレクシスにも関係がある話だから。




「なぁ、アレク。念のため聞いてんだけど」


 ロナンは何かを考えたかのように眉間にしわを寄せた。


「お前が姫様の護衛をしてること。もしそれと関連あんのか?」


「なんでそう思う?」


「そりゃお前がンなことに執着するわけねぇから。普段のお前だったらオレが姫様の護衛の席をくれって言ったりゃただで渡してもおかしくねぇだろ」


「お前が知っている姿だけが俺のすべてだと確信することはできないぞ」


「でもせめてオレが言った部分はそのままじゃねぇかよ。違うか?」


 アレクシスは答えなかった。こういう時に確実に否定せず沈黙するのがアレクシスなりの『困った時に肯定を表わす方法』であることを知っているロナンは苦笑いした。


「でも、そっか。そんな事情があったんだ。お前本当に苦労だね」


「事情を聞いてはいないのか?」


「オレがンなこと根掘り葉掘り聞いたことあんのかよ」


「……それはそうだね」


 アレクシスはしばらく悩んだ。パメラのことを話してもいいのか、彼女と自分の事情をどこまで明かしてもいいのかを。


 しかし悩みは長くなかった。


「パメラ様はアルラザール・テルヴァの情報を探しているらしい」


「あァ? そっち? じゃ、殿下の方がお前をスカウトしたってこと? いや、それよりそんな目的なら……いやいや殿下の情報力ってどれくれぇのかよ」


「さぁな」


 情報力とは何の関係もないルートだったが、そこまでは言えない。


「詳しいことは俺も知らないんだ。知っていることも皇女殿下のことである以上、全部は言えないし。ただし少なくとも俺の秘密を利用して俺を束縛したり利用しようとする気持ちはないようだ」


「それでもよかったなぁ。じゃあ、お前が姫様の護衛をするのは……」


「お前の思い通り、先に提案したのはパメラ様の方だ。俺はパメラ様が俺の秘密をどんな意図で使おうとしているのか確認するために受け入れたんだ」


「なるほど。だから出た結論が先ほどのそれだってことかぁ」


「……まだ百パーセントではないが」


 ロナンは眉間を狭めたまま「うん?」と呟き、しばらく何か考えた。そうするうちに一人でニヤニヤ笑って、アレクシスのわき腹を肘で突いた。


「経緯はわかったけど、模擬戦の時のお前の反応とはあまり関係ねぇみてぇだけど?」


「……そうかもしれない」


 自分がパメラをどう思っているのか。アレクシス自身、それを知ってはいなかった。


 最初は明らかに忌避する気持ちが強かった。アレクシスが半魔族というのは彼自身にも、養父である騎士団長のためにも隠さなければならなかったから。最初パメラの提案を拒否したのもそのためであり、受け入れた後は彼女の態度を注視した。


 今は初めほどの嫌な気持ちはいない。むしろ今回の模擬戦は表向きは冷静に見えたが、実はアレクシスなりに意欲的だった。


 そう思っていたアレクシスはふと気づいた。


「なるほど。俺も今回はかなり意欲的だった。だから完璧な結果を出したかったんだ」


「え? 何だって?」


「俺にとっても護衛実習はなかなか珍しい経験だし、せっかくパメラ様と一緒の初めての共同戦闘だった。欠点など残したくないのが当然だ」


 ロナンは呆れたように口を開けてアレクシスを見た。その直後はため息をついて肩をすくめた。


「……はぁ、お前はいつものままだな」


「は? 何言ってるんだ?」


「いや、別に。学年首席ってのも意外とバカだと実感しただけだよ」


「急に何だ」


 ロナンは手を振りながらアレクシスの視線を受け流した。そして話題を変えるのを兼ねてふと思い出したことを話した。


「それよりあの姫様なりゃあお前の秘密を知っても大きな問題はねぇそうだけど? お前はえっと……純血じゃねぇし」


 アレクシスの兄であるアルラザールは純血魔族。しかしアレクシスはアルラザールの父親が亡くなった後、母親が人間男性から得た息子、すなわちアルラザールとは異父兄弟のハーフだ。


 魔族への認識がそんな風であるだけに混血への視線もかなり良くないが、問答無用で殺そうとする関係である純血よりはマシだ。


 だがアレクシスは首を横に振った。


「気をつけて悪いことはない。あえてオープンする必要もないだろ」


「まぁ、お前のことだからお前の方が上手だろ。でもなぁ」


 ロナンはアレクシスの肩に拳を軽くぶつけた。アレクシスが振り向くとニヤリと笑顔が目に入った。


「パメラ様との関係に、何かアドバイスが必要になったらいつでも呼んでよ。オレも別に専門じゃねぇけど、お前よりはよく知ってると自負するんだ」


「……? 何を言っているのか分からないけど、手伝ってくれるならありがたく受け取るようにしよう」


「そうそう。いつかはこの兄ちゃんが必要だって」


「誰が兄か。それにしても、そう言うお前はパートナーとの関係どうなったか?」


「おお、何だ。興味ある?」


 ロナンは笑いながら尋ねたが、アレクシスは真剣な顔で頷いた。


「護衛実習にもいろいろ関係があるから。もっと良い成績を取るための方法があれば受け入れないと」


「……やっぱか。つまんねぇ奴め」


「精進のための切磋琢磨がつまらないのは当然のことだろ」


 アレクシスは心から怪しげな顔をしていた。ロナンは一瞬うんざりしているような表情になったが、すぐに気分を変えたかのように少し笑った。


「まぁ、お前にも変化の匂ぇはするしね。その無愛想な顔が変わるのが楽しみだ」


「……? 何を期待しているのかは分からないが、迷惑はかけるな」


「そんなことしねぇよ」


 ロナンは再び両手で後頭部を支えながら笑った。


 いつかアレクシスが見せてくれる姿を期待しながら。


―――――


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