悩みと相談
「それ、私が老眼って意味ですの?」
「言ったでしょう。雰囲気なんですよ、雰囲気」
それでもパメラは何が不満なのか少しぷんとしたままだった。
レイナはその姿を面白がるように眺めたが、そろそろからかうのはこの辺にしておこうかと気を変えた。
「それにしても、何がそんなにお悩みですの? 護衛の騎士さんとの関係に問題でもありますの?」
「問題……というより、そもそもどんな関係なのかも不明ですわ」
「パメラ様は護衛の騎士さんをどう思いますの?」
「どう、ですわね」
パメラは眉間を縮めながらうーんと悩みの声を上げた。
そもそも自分が無理やりに始めた関係で。肯定的であれ否定的であれ、あまり感情はなかった。せいぜい自分の無理に引き入れてすまないという気持ちぐらい。
もちろん一応は一緒に学園生活をするだけに、良い関係を築きたいという気持ちはある。しかしこのように突然平静を失うことは想定していなかった。
「ただの友達として仲良くしてみよう、くらい考えていましたわ」
「でもパメラ様の反応は友達としての反応じゃありませんでしょう」
「……うぅ」
パメラも自覚していた事実だが、指摘されると改めて恥ずかしかった。
レイナは楽しそうにふふっと笑った。
「男女の関係って全部そういうことなんですの。護衛の騎士さんはハンサムで優秀で性格も良い方みたいです」
「性格が良い……のかはよく分かりませんね」
実は自分の強引さに付き合ってくれるだけでも性格の良い人と言われるには十分だというのが本音だったが、レイナはそちらの事情が分からないのでむやみに言えない。
しかしそうでなくても、レイナはパメラの反応を十分に観察していた。楽しくないことまで全部。
「まあ、面白い話はこの辺にしましょう」
「面白い話って、人の感情を楽しまないでくださいね」
「悪く思っているわけじゃありませんから大目に見てください。パメラ様がそちらにも混乱しているのはわかりますけれど、突然護衛の騎士さんに守られて近い距離で顔を直視することになって恥ずかしかったんじゃないですの?」
「……そんなにストレートに言われるのがはるかに気になりますわ」
「もっと気を遣ってください。パメラ様はそういう方向じゃあまりにも無縁でしたから」
レイナが説教するように話すと、パメラは唇を突き出した。
「で、レイナさんはどうですの? 護衛の騎士さん、デリメス子爵家の御方でしたっけ?」
「とても情熱的な御方ですわ。……ちょっと息が詰まるくらい」
レイナは曖昧な表情で視線を避けた。パメラは少しからかいたい気持ちになったが、残念ながら自分と同じような感じではなかった。突いても面白い反応は出ないだろう。
それにレイナはそれさえも徹底的に遮断しようとするように、両手を組んだまま真剣な表情になった。
「それよりパメラ様。もっと真剣な悩みを話してみましょう」
「……ベインのことでしょうね」
パメラが渋そうに話すとレイナは重く頷いた。
模擬戦を見ていたら当然ベインの反応も見ただろう。その上、ベインが皇子として姉に大きな競争心を燃やしているということは貴族社会でかなり有名な話だ。侯爵家の令嬢であるレイナがそのような話を知らないはずがないだろうし、模擬戦での態度と結び付けることも難しくなかっただろう。
「パメラ様がベイン殿下の問題で悩んでいるようでしたので」
「確かに私の最大の悩み事はそれなんですの」
パメラはうつむいてティーカップの水面を見つめた。
憂鬱と怒りが同時に露わになった表情。ベインへの心情を露骨に表わす表情を見ると苦笑いが出るところだった。
パメラは今日最大のため息をついた。
「以前は私にとてもよくついてくれた子だったんですけれども。いつからああなったのか……」
「ところで本当にそんなに深刻なんですの? 私は噂で聞いたこと以外に、直接見たのは今日だけですので」
「ひどいですわ。本ッ当に」
通りすがりに目が合うと荒い目で睨むだけ。家族同士の優しいやり取りなんてちっともない。
皇族にとって一般の民の家族のような交流は難しいかもしれないが、会うだけで敵意を表すのも一般的なことではないだろう。甚だしくはベインは表面的に親しいふりをして演技する姿さえ見せてくれない。
「まるで警戒心の多い野生動物のようですわよ。いや、むしろ野生動物なら餌として手なずけることでもできるのに」
「ベイン殿下を餌として飼い慣らすことができれば、それはそれで問題でしょうけれどね」
パメラの冗談に一緒に苦笑いするレイナだったが、すぐに彼女の表情も少し曇った。
「ふむ……確かに難しい問題ですわね。以前はよく従ったとおっしゃいましたよね? なぜ態度が変わったのか見当がつく部分はありませんか?」
「残念ながらありません。あったなら早めに措置を取ったでしょう」
「ふむ。確かに私から見ても、ベイン殿下の姿は単に皇子として競争心を感じる以上に見えました。こんな時は直接ぶつかってみるのが一番でしょうけれども……誠実なやり取りが成立できたなら、そもそもパメラ様がこんなに悩まなかったでしょう」
レイナは腕を組んでしばらく何か考えた。その後口を開く表情もそれほど明るくはなかったが、少なくとも絶望百パーセントではなかった。
「思い当たる部分がなければ、周りの関係を疑ってみてください。特に何か怪しいものがなかったか探すのがいいんでしょう」
「周りのことですの?」
「私は以前のベイン殿下を知りませんので、はっきり申し上げることはできません。でもパメラ様のおっしゃる通りなら、一人で今の態度に変わることはなかったと思いますの。確かに影響を及ぼしたものがあるでしょう。人でも物でも事件でも」
「……簡単ではなさそうですわね。けれど必要な作業でしょう」
パメラは難度を考えながらため息をついた。するとレイナが慰めるように微笑んで手を伸ばしてパメラの手をそっと握った。
「私にお手伝いできることがあればおっしゃってくださいね。いつでも力を貸してあげます」
「ありがとう、レイナさん。お世話になることがあればお願いしますわ」
お世話になることがなければベストだろうが、そんなことは思い通りにいかない。
パメラはそれなら仕方なくどんなことが起ころうとも円満に解決できることを願い、ティーを口にした。
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