終わりと考え

 それを聞いたベインは歯を食いしばった。


 彼が何を考えているのか。パメラの言葉をどう受け入れたのか。パメラは率直な気持ちでそれが気になったが、どうせ答えてくれるとは期待していなかった。


 だから彼女は言いたいことばかり言うことにした。


「ベイン。率直に言って、私は貴方がなぜ私を嫌っているのか分からない。改善したい気持ちはあるけれど、こういう場で一言で気持ちを変えてくれる子じゃないってことはもううんざりするほどよく知っているの。だから今必要なことだけ言うわ」


 パメラは手を伸ばした。彼女の指がベインの手に触れた瞬間、指を中心に小さいが極度に複雑な魔法陣があっという間に描かれた。ベインが反応する暇もなかった。


「ッて!?」


 ベインは驚いて手を引いた。パメラの魔法陣が輝くやいなや指に小さな傷ができたのだ。


 血の滴ができることさえ遅いほど小さな傷だったが、ベインはそれよりも今傷ができたということの意味に気づき驚愕した。彼の視線が上を向いた。


 まだ安全結界が展開されている様子が見えた。


「気づいたみたいね。そう。今、安全結界を突破したの。……安全結界も万能じゃないわよ。安全結界だけを信じて無謀に訓練して怪我をした事例が本当に多いわ。結界のせいで無謀な習慣をつけて実戦で死亡した事例もあるし。騎士団でも訓練の時にこのような安全結界を使うけれど、副作用のせいで閉鎖議論まであったこと知らないの?」


 ベインは答えなかった。彼はただ自分の手を見下ろして物思いにふけっているだけだった。


 その姿を見てもどかしくなったパメラが再び彼の名前を呼ぼうとした瞬間、ベインは嘲笑して体を起こした。


「姉君は本当にすごいですね。安全結界を平然と貫通してしまうとは」


「ベイン、今大事なのはそれじゃ……」


「俺には大事なことです。姉君は一生分からないと思いますが」


 ベインは背を向けて立ち去ろうとした。パメラは眉をひそめてその姿を睨んだ。


 数歩歩いていたベインは再び立ち止まり、首を軽く動かした。パメラを振り返るような動きだったが実際に振り返るほどではなかった。


「もう止めないのですか?」


「待ってちょうだいって哀願しても無視して行っちゃうのが貴方だから。もう私もうんざりしたの」


「……」


 ベインは反論もせず、立ち去ることもなく立ち止まった。するとパメラはついでにもっと話すことにした。


「ベイン。私の言うことを聞いてほしいのは本気なのよ。でも貴方がずっと聞かないと正直イライラするの。貴方が私を本当に姉だと思う気持ちが少しでもあるなら、私にも底をつく忍耐力ってものがあるということを肝に銘じなさい」


「それは警告ですか?」


「さぁね。貴方の受け入れ次第でしょ」


 ベインはもう言わずに再び足を動かした。いつの間にか身だしなみを整えたセイラがパメラに挨拶し、慌ててベインについていった。


 アレクシスはその後ろ姿を黙って見つめていたパメラに近づいた。


「パメラ様。大丈夫ですか?」


「今の私が大丈夫そうに見える可能性があるということに驚きですわ」


 パメラはぶっきらぼうに言い放った。だがすぐに自分が何を言ったのかに気づき、アレクシスを振り返った。


「ごめんなさい。貴方とは関係ないことなのに」


「いいえ。むしろ安心しました」


「え? 安心って?」


 アレクシスはベインが去った方向を振り返った。


 もうベインもセイラも姿が見えなくなったが、そちらを睨む彼が何を考えているのだろうか。パメラにはわからなかったが、なぜか悪い気分ではなかった。


「お二人の事情はよくわかりません。しかしベイン殿下がパメラ様に接する態度に問題があることくらいは知っています。あんな態度をずっとぶつけてくるのにヘラヘラばかりいるカモは状況改善にも役に立ちません」


「……そう言ってくれてありがとう」


「ですがパメラ様はベイン殿下との関係を改善したいのではないですか? 今のところはっきりとした方法がないようですが」


「それはゆっくり探してみようと思いますわ。ちょっと気になることがありまして」


 パメラは再びベインが去った方向を振り返った。彼女は人差し指を半分立てて唇に当ててしばらく物思いにふけった。


 今回の模擬戦を通じて再び記憶に刺激を受けた。しかもこれまで断片的で曖昧な記憶だけが浮び上がっていたのとは異なり、今回の刺激はかなり大きかった。


 何が大きかったかというと――。


「アレクシスさん。最近私をいじめる意味不明の記憶について私があれこれ話しましたわね。……どうやらその一つが判明したようですの」


「何ですか?」


「今回ベインとセイラさんを見ながら思い浮かんだ〝赤毛の王子と聖女〟の姿。どうやらそれは私の両親だったようです」


「両陛下のことですか? ……ふむ。確かに皇帝陛下が即位される前ならありそうです。その時ならまだアルトヴィアは王国でしたから陛下は王子様で、その時すでに聖女の皇后陛下が傍にいましたから」


「その通りですわ。記憶が少しぼやけていることもありまして、記憶の中の王子様と父上の姿に乖離感がありましたけれど、今回顔がはっきりと浮かびましたの」


 アディオン皇帝はまだ四十にもなっていないが、容貌はすでに中年を越えて老年に入る感じに近い。だがパメラが思い出した〝王子〟は年齢に相応しく若かった。そのために今までマッチングが確実にはならなかったが、〝聖女〟の姿は今も若くて美しい母親のリニアと大きな差がなかった。


 パメラの表情が暗くなった。不明だった記憶の一部が明確になった割にはすっきりした表情ではなかった。むしろ心配事が増えたという感じだった。


「パメラ様?」


「……まだ明確じゃないことが多いですけれど、一つ問題がありますの」


 今回の模擬戦、特にパメラを敵対的に眺めるベインの視線に向き合ったこと。それがパメラの記憶を刺激した。


 その中で浮かんだのは――。


「どうもこの記憶は……父上がティステ公女を断罪していた姿のようですの。、ですね」


―――――


2024年初更新です!

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る