ベインの意図

 セイラはびっくりした。ただ庭で花を見物していただけなのに、突然皇子が訪れるとは誰が予想できただろうか。


 庭にいたのも実はただ逃げただけだった。教室にいると、しきりに生徒たちの羨望混じりの視線が注がれたから。それが負担だったので抜け出したが、存在自体が負担な人間が声をかけてくるなんて冗談にもならない。


 もちろんだからといって無礼を犯すわけにはいかない。


「お、おはようございます。ベイン第一皇子殿下。私はセイラ……」


「そなたが誰なのかは知っている。そなたも俺を知っているようだから無駄な手続きは省略するようにしよう」


 セイラは両手を合わせて頭を下げた。


 ベインは背が低いが威圧感がすごかった。単に雰囲気だけでなく、巨大な魔力がまるでセイラを押さえつけるように吹き出していたのだ。


 ベインはセイラの肩が細く震えるのを見て眉をひそめた。


「すまぬ。そなたを怖がらせたのは不本意だ。……俺が無能なだけだ」


「い、いいえ! そんなことは決して……」


 セイラは慌てて手を振りながらベインの言葉を否定した。しかしベインの表情は変わらなかった。


「配慮は要らぬ。原因は俺も知っているから。……過分なほど多くの魔力量を持って生まれたくせに、それをまともにコントロールできないのが原因だからな」


 ベインの顔に一瞬苦笑いが走った。だがそれはほんの一瞬だけ、すぐに厳しい眼差しで戻ってセイラを見つめた。彼女を睨むための眼差しではなかったが、強い意志がうかがえる瞳だった。


「聖女セイラよ。そなたは姉君と同じクラスだと聞いた。姉君に会った時どんな感じだったか?」


「どんな、とおっしゃっても……えっと……お優しい姫様でした」


「そういう意味ではない。俺に感じたのと同じ魔力の威圧感を感じたか?」


 セイラはしばらくぼうっとした。だがすぐ何かを悟ったように息を呑み込み、拳を唇に当てたまま考え込んだ。「これはまさか……」とか「そういえば……」とか呟きもした。


 ベインはしばらく待ったが、すぐにイライラしたようにつま先で地面を叩いた。


「考えを邪魔してすまぬが、俺の質問がそこまで長く悩むほどのものだったのか?」


「えっ!? い、いいえ! 申し訳ありません! ……パメラ様にはそんな感じはしませんでした」


「そうだろう。姉君は俺よりも膨大な魔力を持って生まれたが、それを完璧に制御しているからな」


 褒める言葉だったが、ベインの表情はむしろ不愉快そうに歪んだ。


 セイラはそれを見て唇をそっとかんだ。何かを感じたような顔だった。丁寧に集めていた手にも力が入った。


「……お話が、あるとおっしゃいましたね」


 セイラが何かを決心したような気配を見せれば、ベインはそれを自分なりに解釈して微笑んだ。


「ああ、願いがある。俺と護衛実習契約を結んでくれ」


「護衛実習は……三年生からじゃないですか」


「その規定がなぜできたと思う? 生徒同士の模擬実習とはいえ、騎士科の生徒にはある程度能力が必要だからだ。その基準が中等部の三年生だ。言い換えれば、能力さえ証明すれば三年生でなくてもいい」


 もちろん実際にはそんなに簡単ではない。証明するのも難しいし、よほどではそんな機会さえ与えられないから。言っているベイン自身も皇子という立場を利用して自分の意見を貫いたことは自覚していた。


 セイラはしばらく考えた後、再び口を開いた。


「どうして護衛実習をもうご希望なんですか? そしてどうしてよりによって私を?」


「姉君に勝つためだ」


 ベインは拳を目の前に持ち上げた。小さいが年の割によく鍛えられた手だった。


 それを見た瞬間セイラが悲しそうに眉を垂らしたが、ベインは自分の話に夢中になってそれに気づかなかった。


「俺は姉君に勝たなければならない。姉君より優れていることを証明し、俺に皇帝の資格があることを証明しなければならない」


「どうしてですか?」


「そうしてこそ俺の価値を証明できるから。姉君と俺はまだ同じ皇位継承者候補であるだけで、序列は決まっていない。だから今俺を証明して第一皇位継承者の地位を確立しなければならない」


「人の価値は能力だけじゃありません。能力の価値は一位だけにあるものじゃありません。どうしてお姉さんのパメラ様に必ず勝たなければならないんですか?」


 セイラが訴えるように話すと、ベインは目を丸くした。しかしすぐ「ふん」と小さく鼻を鳴らし、少し侮るような口調で言った。


「聖女とはいえ権力争いとは程遠い生まれだから知らぬらしいな。皇族の価値は人間的なものにはならぬ。その肩に多くのものを担わなければいけず、その姿が多くの期待を集める。皇族という血統を引いた瞬間からその身は一人だけのものではないぞ」


 ベインは自分の手を見下ろした。きれいだけではない手だった。高貴な身分だとしても他の科ではなく騎士科に入学したということは、つまりそれだけの努力をしたという意味だろう。


 一方、セイラはその姿を見てそっと唇をかんだ。ベインが狙っていることが何なのか、言わなくても彼女も知っているから。


 現皇帝のアディオンはアルトナイス学園の騎士科出身であり、反乱鎮圧と敵国防御の戦争英雄として名声を築いた。王国だったアルトヴィアをさらに拡張し、帝国を宣言したのもアディオン自身の屈強な武力と戦功があったからこそ可能だったのだ。


 しかも護衛実習は人脈構築にも良い。実際にアディオン皇帝は先代聖女の護衛だったし、そのまま聖女と婚姻して自分の戦功と共に絶対的な地位を築いた。アディオンの息子としてベインもその道を踏もうとしているのだろう。


 しかし……も、セイラは知っていた。


「殿下はそれでよろしいですか? お姉さんのパメラ様を戦わなきゃならない対象のように思い、勝つことだけに集中して……それで満足ですか?」


―――――


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