聖女を見る視線
「パメラ殿……様は」
セイラは何か言おうとしたが、言葉を終えることができず視線を避けたままグズグズした。しかしパメラが辛抱強く待つと、やがて何か決心したような顔で再びパメラを見た。
「あたしのことをどう思いますか?」
「どう、って言ってもあまりピンときませんわね。今日初めて会った方への考えと言っても外見の第一印象だけに決まってるでしょう。けれど、望むことがあれば――」
パメラはセイラの目をまっすぐ見た。
自信なさそう、不安そう……何か警戒するような目。単に新しい環境に対する不安だけではなかった。パメラとしてはセイラの本音をすべて察することはできず、ただそれが自分に向けられたものでないことを願うだけだが……たとえ自分に向けられたものだとしても、それを払拭できるように努力するつもりだ。
その努力の一環として、パメラはできるだけ優しく穏やかに笑った。
「私が皇女だという理由だけであまり負担に思わなくてもいいですの。会った途端に気軽に友達になってほしいっては言いませんけれど、私もこの学園で友達を作りたい平凡な少女なんですわ」
「平……凡?」
「その言葉が私に似合うと思ってくれる人は誰もいませんけれど、私は本気ですの」
パメラはセイラの手に力が入るのを感じた。力を入れて痛くしようとする意図ではなく、何かを考えて無意識的に力が入ったような感じだった。
セイラはふと顔を上げてアレクシスを見た。パメラはそれを見るやいなやいたずらっぽく笑った。
「もしかしてアレクシスさんが気に入りますの?」
「え? ……ええっ!? ち、ちちちちち違います!」
「フフ。振られましたわね、アレクシスさん」
「聖女様をからかわないでください、殿下」
セイラは顔を赤らめ、アレクシスはため息をつきながらツッコミを入れる。ちょっとした光景だがパメラはそれが気持ちよかった。
セイラは嬉しそうに微笑むパメラを見てぼんやりと呟いた。
「……印象が違う……」
「え? 何と言いましたの?」
「あっ、すみません。何でもないです」
セイラはまた考え込んだ。さっきよりも集中する様子だった。
パメラはセイラの手を離し、アレクシスを見上げた。するとアレクシスは懐中時計を確認して頷いた。
「そろそろ授業が始まる時間です。自分はこれで失礼します」
「はい。次の休み時間にもよろしくお願いしますわ」
アレクシスが教室を出た後、パメラはあごをつついてセイラの姿を黙って見た。
唇に拳を当てたまま考え込んでいて、たまに何かを思い出したように表情が変わったりする。眉をひそめたり、少し微笑んだり、何かを否定するように首を横に振ったりもした。自分だけの思いにふけって顔だけで本当に忙しく動く姿を、パメラはなんだか微笑ましい気持ちで見守った。
だがそれとは別に、心の片隅でモヤモヤすることも自覚していた。
もう慣れたことを超えて、うんざりする頭痛と記憶がまたパメラを苦しめた。頭痛は軽かったし記憶は曖昧だったので表では出さなかったが、鮮明に浮かびもしないくせにしきりに心を乱す記憶にそろそろイライラした。
だがその中から重要なキーワードを一つ得た。
聖女、そして裏切り者。似合わない二つの単語が結合され、理由の分からない敵意が心の奥底から湧き出た。
セイラに向けた感じ、ではなかった。だがその敵意は聖女という存在そのものに向かい、それがセイラを眺める視線を他の色に染める気分を振り払うことができなかった。
それがさらに不愉快だった。まるで誰かが頭の中を触るようで。
しかしセイラの態度がどこか怪しいのも事実だったため、パメラは念のため密かに魔法陣を描いた。
――監視魔法〈影の目〉
対象に取り付けられ、密かに偵察する魔法をセイラにかけた。
もちろんありのままでは個人情報や敏感な事項などが濾過なしに収集される不法魔法になってしまうので、そのようなことをできる限り避けるよう監視事項とパターンを細かく調整した。それにしてもバレたら良くない印象を与える魔法だが……パメラはそれよりもセイラがどんな人なのかをきちんと把握することがより重要だと判断した。
その心が意味不明の敵意のためなのか、純粋で合理的な判断なのかはパメラ自らも見分けることができなかったが。
***
ベイン・ティヘリブ・アルトヴィア。パメラの唯一の弟であり、この国の第一皇子だ。
皇子というのは生まれつきの身分。それがもたらす恩恵もあるが、そうでなくてもベインは自分の能力に自信があった。まだ適性判別をしていないのにすでに自分の魔法を理解しており、それを扱う才能と努力も格別だった。魔法だけでなく学問の成績も良かった。
しかし、そのすべてはいつも〝二位〟だった。
「ベイン殿下も立派です。しかし、やはりパメラ殿下の才能は驚異的ですね」
「残念です。お二人の世代が違っていたら、お二人とも名君になっていたと思いますが」
貴族たちがそのようなやり取りをするのを偶然聞いたのはいつのことだったのか。
面前でそんなことを言う者は当然いない。しかし、裏で密かにそのような話をする者がいることを知っていた。最初は幼い心にただ優れた姉への憧れと競争心を抱くだけだったが、それが繰り返されると感情はますます変質していった。
幼い皇子のそのような心は狡猾な大人たちにとって絶好の餌食だった。
「ベイン第一皇子殿下。殿下は皇帝になるべき御方です」
「多くの人が殿下に期待しています。パメラ第一皇女殿下に負けないでください」
いつからだったのだろうか。そんな言葉に感じていた不快感の対象が変わってしまったのは。
憧れた姉はいつの間にか競争相手になっていたし、ベインはその感情に従って動いた。
今、学園の庭園を横切る足取りもそのためだった。
「聖女セイラ。話したいことがある」
―――――
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