聖女

 それはパメラが学園の生活を始めて約一ヶ月後のことだった。


「聖女様がこのクラスにいらっしゃるなんて!」


「姫様と聖女様を一緒に見られるなんて、女神様がこのクラスを祝福してくださるに違いないでしょう!」


 パメラはクラスの友達がめちゃくちゃ浮かれている姿を見て苦笑いした。


 聖女――女神パルマが直接授けたという『神聖』の適性を持った少女。彼女が今日から学園に通うことになり、パメラのあるこのクラスに来る。その事実が皆を興奮させていた。


 ちょっと変わったところはあっても、みんなに優しく能力も抜群の皇女。アルトヴィアを牛耳る宗教であるパルマ教の象徴ともいえる聖女。その二人と同じクラスというのは生徒たちには大きな話題だったが、当事者の一人であるパメラとしては少し微妙な気分だった。


 いや、実はパメラがそんな気分になったのにはもう一つ理由があった。


「そういえば聖女様の父親が殿下の適性判別を担当した中央大司教でしたね」


 パメラの後ろに立っていたアレクシスが話しかけた。パメラは彼を振り返って微笑んだ。


「その通りですわ。でも私も聖女様を直接見たことはありません」


「〝今の代の〟聖女を、ですね?」


 アレクシスの言葉はパメラが微妙な気分である理由そのものだった。


 聖女は唯一ではない。およそ二十年に一人ほどの周期で生まれるし、先代の聖女もまだ生きている。そしてその先代がパメラの母親、すなわちアルトヴィア帝国の皇后だ。


 皇后は優しくて聡明な人だが、パメラにとっては帝国の皇后であることを除けば平凡な母親だった。そのため、聖女を偶像化する姿を見ると複雑な気分になる。パメラ自身が偶像化される理由にもそれが一役買っていることを自覚しているのでなおさらだ。


 しかし達観したふりをして苦笑いしていたパメラも、実状はクラスメートとそれほど変わらなかった。


「ハンカチあり、教科書あり、話のトピックは……なんとかなるでしょうね!?」


 パメラは所持品をむやみに取り出して確認した。その姿を見ていたアレクシスは何とも言い表せない気分になった。


「……殿下も人のことをどうのこうのとおっしゃる立場ではないですね」


「し、仕方ありませんでしょう。初めて対等に話せる人かもしれませんよ?」


 パメラは恥ずかしそうに顔を赤らめ、再び物を入れた。すでに期待感を全身で表したところなので遅いが。


 パメラはクラスメートの方に視線を向けた。皆が期待して浮かれていたが、話を聞いてみると誰も聖女を〝友達〟として接していなかった。


 客観的にパメラは人気あるが、皆のパメラへの態度は崖の上に咲く花にすぎない。だからこそパメラは同じ立場の聖女が来ることに期待していた。


「……失礼しました」


 アレクシスはうつむいた。


 一瞬、パメラはアレクシスを見て首をかしげた。だがすぐに彼が自分の本音を理解したことに気づいた。ほろ苦いながらもどこか嬉しそうな笑いが沸き起こった。


「ありがとう」


 そのように話を交わしていたところ、ついに皆が各自の気持ちで待っていた時が来た。


「静粛に。すでに皆さんご存知だと思いますが、今日はお知らせがあります」


 紫色の髪を肩の前に垂らした若い女性が入ってきた。このクラスの担任だ。そして彼女の後を追って入ってくる少女がいた。


 ピンク色のボブと瞳。全体的に丸い印象は強烈さよりは純粋な可愛さが強かった。妙に緊張した姿とかみ合って、見る人に守ってあげたい気持ちにさせる少女だった。


「事情があって一ヶ月間通学できずこのような形になりましたが、本来は皆さんと一緒に入学した新入生です。セイラさん、自己紹介を」


「は、はい。あの、セイラ・アトゥン・デリアードと申します。よ、よろしくお願いします」


 クラスメートたちは恍惚とした顔で拍手喝采を浴びせた。その勢いに押されたように、セイラの戸惑いがさらにひどくなった。しかしそれが最も強くなったのは、彼女の視線がパメラを捉えた時だった。


「セイラさん。空いている席にお座りください」


「はい」


 空いている席だとしても、現在そのような席はパメラの隣の席だけだった。自然にセイラがパメラの傍に来るようになった。


 パメラはセイラが隣に座るやいなやできるだけ穏やかに見える笑みを浮かべた。


「はじめまして。パメラ・ハリス・アルトヴィアと申しますわ。セイラさんと呼んでもよろしいでしょうか?」


「お、おはようございます、第一皇女殿下。呼称はご自由にお願いします」


「私のこともただパメラと呼んでくださいね」


「そ、それは……」


「私がきちんと聖女様と呼ぶことをお望みでしたら、呼び名をそのまま使っても構いませんけれども?」


 セイラは肩を震わせた。パメラの後ろから〝圧〟という文字が見えるような錯覚がした。セイラの顔から血の気が少しずつ引いていった。


 だがパメラには余裕があった。自分に対する認識なんか、これから変えていけばいいという自信があったから。


「わ、わかりました。パメラ……様」


「まぁ、今はそれで満足しましょう。これからよろしくお願いしますわ、セイラさん」


 パメラはセイラの手を両手で優しく握った。セイラは驚いたように目を大きく開けた。


「私が皇女だって負担を感じる必要はありません。貴方が聖女だということだけで立場は対等ですからね。だからこれから仲良く過ごしましょう」


 パメラは優しく言ったが、セイラは視線を手に留めたまま返事がなかった。そうするうちにパメラが「セイラさん?」と呼ぶとびっくりした。


「は、はい!? ご、ごめんなさい。何とおっしゃいましたか?」


「私たちは対等な関係ですって」


「えっ!? い、いくらなんでもそれは……」


「当事者である貴方は自覚がないかもしれませんけれど、パルマ教の立地が絶対的なこの国では聖女というだけで皇族と対等になれますの。だから誇張も何もない事実なんですわ」


 セイラは口を開けて当惑を露にした。パメラはそれも当たり前だと思い、安心させるように笑った。


 しかしセイラの反応はパメラの予想とは少し違った。


―――――


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