ぐーるぐる

さら坊

第一話

「あー寒い、もう初夏だろ―――くっそぉ、夜はまだ冷えるなあ」

 

 阿久津あくつ巡査はぶつくさ言いながら自転車をこいでいた。冷たい風が髪を掻き上げているのに、暗闇のせいで視界は悪いままだった。


 阿久津がいた道はコンクリートで舗装されていたが、すぐ隣には田んぼのあぜ道が広がっており、そこを見回るためには一度自転車を降りなくてはならない。

 阿久津は石垣に自転車を預けて自転車用のライトを切ると、胸のポケットから懐中電灯を取り出した。


 今の時期は田んぼも見晴らしが良くなっているので、特段注意深くなる必要もないのだが、如何せんこの村だ。数年も前は変死が絶えなかったらしく、今でも一応細かく見回りをすることが義務付けられている。


「あーもう、これがホラー映画だったら絶対俺が一番最初の被害者だよ、ここら辺で謎の影に襲われて『うわー!』で場面転換だよ」


 阿久津はライトで田んぼの全体を照らした。時々ライトに向かってまっすぐ飛んでくる蛾や小さな虫をいなしながら、そのライトが照らす先に異常がないかを確認していく。

 ライトが明るいおかげで阿久津の周囲の暗闇が一段と濃くなり、一層不気味さを増していた。


「誰かいたりしますかー、いませんねー帰りますよー、帰っちゃいますからねー」


 あぜ道を慎重に渡りながら、見渡せる範囲をある程度目で確認した。そこに広がっていたのはただのぬかるみで、特に異常は見られなかった。阿久津は胸をなで下ろしながら来た道を引き返した。


 少し自転車をこいだかと思ったら、一つ一つの田んぼや暗がりに向かってこんなことを繰り返す。阿久津がここに赴任してから担当の日は必ず行っていることだったが、これが阿久津にとって一番の心労だった。


「あーよかった、今日も異常なしだ。ま、ざっとこんなもんよ。さあて今晩は何して過ごそうかなあっと」

 

 帰った後の駐在所ですることを考えながら自転車にまたがろうとしていると、阿久津の右隣にある藪の中から何かの物音がした、ような気がした。阿久津は持ち前の反射神経ですぐさま音の鳴る方へと身体を向けた。


 阿久津が立っている道は茂みに面しており、この茂みは中に入っていくといずれ山や森の中に迷い込んでしまうような立地だった。


 物音、といっても一瞬ガサッと草が揺れただけだ、きっとちっちゃい動物だろう。推測するに、イタチか狸だ。

 阿久津がライトを手にしてそこらを照らすと、それに呼応するように阿久津の耳には小さな声が聞こえた。


「だ、だれか、光、だれか―――行かないで―――」

 その声は阿久津の頭上、つまり茂みの中から聞こえており、その声色はそんなところから聞こえるはずのない幼げのあるものだった。

「なんだなんだ、どういうことだよ? おい! 俺はここだ! 大丈夫かー!」


 阿久津は光を振り回した。その光を追ってか「待って、行かないで、助けて」という声も段々と阿久津に近づいていた。

   

 その瞬間、阿久津は背筋が寒くなる感覚に襲われた。今、こうしている間にも声は近づいてきている。その声は本当に自分に助けを求めているように聞こえる。

 しかし、声の主を待っている阿久津の頭によぎっていたのは、いつの日か見たホラー映画のシーンだった。


『どうした、何処か怪我してないか。ほら、顔見せてみろ』

 警官が体操座りをしている少女に声をかける。少女は、ずっと泣き続けていた。

『もう大丈夫だ。お巡りさんが来たからな。安心していいぞ』

 そう背中をさすりながら励ます警官のおかげか、少女は少しずつ泣き止んでいった。『はあ、よかった―――』少女は安心する警官の方をゆっくりと見上げる。

『こんな私でも―――タスケテクレル?』

 その顔は、目があるはずの箇所に目が埋まっておらず、口は顔の半分を占めるほどに大きく、裂けていた。


「大丈夫、大丈夫なはずだ。あれはフィクション、あれはフィクション―――」


 自分自身に言い聞かせながら、阿久津は草をかき分けていた。阿久津からはその声の主は見つけられないでいたが、あちらはこちらの光を頼りに確かに距離を縮められているようだった。


 一瞬、自分を呼ぶ声が消えた。阿久津は茂みに取り残されていた。訳も分からず自分の制服に付いた葉っぱや枝を払っていると、真横から目の前の茂みに何かの塊が転がり出た。


 阿久津は大きめの犬が現れたのかと錯覚するほどだったが、その正体はただの布きれを身体に纏っている、全身傷だらけの汚れた少女そのものだった。

 小学校低学年くらいにみえる彼女の手は泥や切り傷で溢れており、今すぐ治療しなくてはならない状態にみえた。


「おいおいどうなってんだこれは―――とにかく俺が分かるか、警官だ。もう安心だからな」

「はやく―――森を出なきゃなの―――はやく、連れ出して」


 少女は阿久津に抱きつきながら常に震え、何かをずっと訴え続けていた。その内容は主に「逃げなきゃ」「離れなきゃ」というもので、何が何だか分からない阿久津は、とにかくその茂みから少女を抱えて飛び出た。


「お嬢ちゃん、とにかく一緒に駐在所まで来てくれるかな、そうしたら食べるものとかタオルとかもあるからさ、そこまで頑張れそうかな。大丈夫、お兄さんがおぶってあげるから、もうお嬢ちゃんは心配しなくていいから」


 訳も分からず少女を説得する阿久津は、焦りからか恐れなど忘れてとっくに彼女の顔を覗き込んで目を合わせていた。その目はとにかく怯えており、目元の荒れ様から、今だけではなくずっと泣き続けていたことがわかる。


「こちら阿久津から日柱ひばしら駐在所。田中工務店たなかこうむてんの近くの茂みにて、少女を保護しました。外傷も多く加えて混乱状態にあり―――とりあえず今から駐在所へと連れ帰ります、どうぞ」

 阿久津は少女をおんぶしながら、無線に向かって話しかけた。自転車をどうするか一瞬迷った末に、彼女をおぶりながら片手で引いていくことにした。


「こちら日柱駐在所の土御門つちみかど。大まかな状況、了解。保護対象もいることだ、慎重に帰還すること、どうぞ」無線から冷静な声が響く。

「こちら阿久津、了解、以上」

 

 阿久津は無線を切り、自転車から放たれる光を頼りにゆっくり歩き始めた。

 道中でも背中からは「やだ、こないで、食べないで」という言葉が絶えず聞こえており、阿久津は一層頭が混乱しそうになっていた。




「阿久津、ただいま戻りました」


 駐在所の扉を開いて中を確認する。駐在所の中は外とは打って変わって光で満ちており、阿久津の心を支配していた不安も同時に晴れていった気がした。

 一方少女はというと、阿久津に会う前によほど疲れていたのと泣き疲れが一気に身体にのしかかったらしく、阿久津の背中ですやすやと寝息を立てていた。


「よく戻った、お疲れ様」


 駐在所の一番奥の机から、利口そうで爽やかな顔が覗き出た。制服は綺麗に着られており、夜だというのに髪もしっかり整っている。


「すいません、ちょっと早めに出てきて貰っちゃって」

「いいんだよ、どちらにせよ早めに準備してたしね。それにしても阿久津君もご苦労さまだったね、無線の場所からここまでは結構遠かったでしょ」

「いやー全然余裕ですよ、俺体力だけは自信あるんで。でもこの子起こさないようにするのは気遣いましたね」


 阿久津は少女の方を向いた。少女は阿久津の肩に顎を乗せて心地よさそうに眠っていた。

 

「うんうん、彼女も阿久津君が来て安心できたんだろう。こっちにおいで、その子を寝かせられるように仮眠室を一つ用意しておいたから」


 そう言って先導する土御門の背中を見て、阿久津は心の底から安心しきっていた。

 



 阿久津が日柱駐在所に来たのは三年前だった。警察学校を出てから警察署や駐在所をいくつか転々として、ここに来たのが警官になってから二年目のことだったと思う。

 土御門は阿久津よりも二年早くこの日柱駐在所に赴任していた警官で、役職は阿久津より上の巡査部長だった。


 正直なところ、初期の頃に阿久津が土御門に抱いていた印象はそんなに良いものではなかった。自分より年齢が上だったこともあって、何かがあってこの小さな日柱村の駐在所に飛ばされた警官、というイメージが抜けなかったからだろう。


 しかしその印象は、一緒に働き始めて一年も経たないうちに大きく変化することになった。彼の人当たり、様々な仕事の処理能力、至る所で発揮される頭の切れ具合、あげ始めたらキリが無いほどの凄みを目にすることとなったのだった。


 この時点で既に阿久津の疑問は「なぜこんな人がこの辺境の地にいるんだ―――?」というものに変わっていた。そしてその疑問はある日唐突に解決することになった。


―――なんてったって、土御門さんは元本部の超エリートですもんねえ、流石ですわ


 これはある遭難事件にて、日柱駐在所に隣の市の警察署から警部が送られてきたときに、その警部が言っていたことだった。なるほど、やはり元々本部の人間だったのか。通りでここまで仕事ができるわけだ―――一瞬納得した阿久津だったが、それは元々持っていた疑問を更に膨らませることとなった。


 ならば一層、なぜ土御門が今こんな所にいるのかが分からない。なにか大きな問題でも起こしてしまったのだろうか。本部などは居心地が悪いから適度なポジションでいい、というタイプの人間がいるという話は時々聞いたことがあるが、それにしてもこんな辺鄙な村を選択しなくてもいいはずだ。


 そんなこんなで阿久津はずっとそのことが気がかりだったが、同時に聞きにくい内容なこともあって未だに聞き出せずにいたのだった。



 

「よく眠っているね」

 土御門は手に救急箱と、大量の絆創膏や包帯を持っていた。床には先ほど土御門が熱湯で除菌したという布が大量にお湯につかっていた。


「まずはここに寝かしてあげてくれ。まず最初に私と阿久津君で身体中を拭く。それが終わってから除菌と治療だ。このレベルの傷、早く処置しないと菌が入って面倒なことになるかもしれない」

「そうですね、了解っす」阿久津は慎重に少女をソファーに下ろした。


 布を絞ってできたおしぼりで身体を拭いていると、彼女の黒ずんだ身体がみるみるうちに年相応の人肌に戻っていった。しかしその汚れは相当なもので、なんどかお湯を入れ替えなければならないほどだった。


「にしても―――ひどい傷だね」


 身体をある程度拭き終わった後、二人は少女の足元から目に見える傷を一つ一つ消毒していた。消毒液や除菌シートが肌に触れる度に、少女がすこし顔を歪めているのがみえた。

 土御門はその度に「できる限り染みないやつを選んだんだけどな、痛かったかな」と心配していた。


「こんな傷だらけにするなんて―――犯人が許せませんよ俺は」

 阿久津は傷の手当てをしながら呟いた。その眉間には皺が寄っている。

「そうだね―――でも何かおかしいね、この傷たちは」

「何がですか? この大量の切り傷とあざ、それにさっきの汚れ。こんな所業を少女にしていた奴がこの村にいるんですよ」阿久津は怒りで瞳孔が開いていた。


「というと、阿久津君はこの傷が人為的なものだとみているんだね」


 怒りで動揺している阿久津とは違い、土御門は終始冷静沈着だった。


「見てごらん。彼女の身体にあるのは阿久津君が言っていたとおり、主に切り傷や身体を強打したことによるあざだね。じゃあまずは切り傷だ。この切り傷はどうやって付いたと思う?」

「え―――刃物ですよね?」

 土御門は首をかしげて阿久津を見つめていた。


「よく見てごらん。もし刃物でこの傷を付けたのだとしたら、その刃物は相当切れ味が悪いのだろうね。だってほら、彼女についている切り傷はほとんど切られた、というよりは切り裂かれたようなものだ」


 阿久津はいくつかの傷を注意深く確認した。小さな切り傷はそれこそ綺麗な傷にみえるものの、大きな傷になればなるほどその傷は汚くなっている。

 しかし、こんなにも多くの切り傷、刃物ではないのならどうして―――


「阿久津君、その腕の傷、どうしたんだい。君にも切り傷が付いてるじゃないか。しかも割と深い傷だ」


 土御門に指を差されて右手を見ると、そこには血だらけになった腕とその原因となっている切り傷があった。ずっと集中を切らしていなかったからか、今の今まで気付かなかった。待てよ、この汚い切り傷―――どこでついたものだ? 


「その傷跡、彼女のものと似ているね」

「そっか、茂みで枝とかに切られた傷だ。俺も手袋はしてたんですけど、乱暴に草木をかき分けたときに切れたんです、多分。彼女は茂みの更に奥から来たんだから、もっと傷が付いててもおかしくない」


「うん、私もそう思う。後はこのあざだけどね―――私の予想ではこれも茂みを走り回るときについたものだと思う。さっき汚れを拭き取るとき、あざの上に土が付いたままだったことが多かったからね。

 あざはその箇所をどこかにぶつけてできるものだ。茂みの中でぶつけるもの、といったら岩か地面、もしくは木とかだろう? そしてそれらにぶつければ必然的に砂や土が付く」


 阿久津が土御門に尊敬の眼差しを向けていると、土御門は呆れた顔で「手、止まってるよ」と注意した。


 阿久津は少女の身体を消毒しながら、再び口を開いた。


「でも―――なんか余計に怖いっすよね、こんなになってまで逃げるなんて―――」

「そう、私も変だと思ってたのはそこなんだよ。普通の人間、しかもこんなに小さな子ともなれば、痛みにはある程度敏感なはず。こんなに傷だらけになっていれば、痛みが自制心となって茂みを進むことをやめてしまいそうなものなのに、それでも茂みを抜けて阿久津君のもとにたどり着きたかったってことだもんね。

 それくらい遭難してから日にちが経ってて、空腹や不安から死に物狂いになっていたから、とかならあり得るのかな。


 ―――ちょっと待って、今何かから逃げるって言った?」

 いつもながらの分析の最後に、土御門は明らかに動揺した声で阿久津に尋ねた。


「はい、この子、保護したときからずっと『逃げないと、森から離れないと』って言ってたんですよ。なので何かから逃げてたんだなって」

「―――阿久津君、そういうことは早く言っておくれ。私は遭難系だと思っていたから、保護できた時点で安心していたけれど、何かから逃げていたのなら話は別じゃないか。

 しかもこの汚れよう、結構な期間その逃げた対象の元に監禁されていた可能性が高い。見た感じその対象に付けられた外傷などはないから暴力を加えられたとかではないだろうけど―――だからといって見逃せる問題ではない。そいつはまだこの子を探しているだろうからね」


 土御門はある程度消毒と処置が終わった少女に掛け布団をかぶせ、部屋をうろつき始めた。


「他に、何か言ってなかったかい。なんでもいいんだ。混乱状態だったとしても、何を言っていたかを聞きたい」

「んー―――あ、俺が聞き間違いかなって思ったのは、なんか『食べられる』みたいなこと言ってたやつですね。まさかこんな小さな子にそういうことを―――? と思って嫌になって考えたくなくなったんですよね」


 土御門は眉をしかめて「食べられる―――」と言葉を反芻していた。


「いや、こんな小さな子にそんな遠回しな表現を教え込むこともしないだろう―――いや、まあ誘拐犯のすることだから想像の範疇を超えているのかもしれないが―――」

 自分の思考がおかしな方向に向かったのが分かったのか土御門は小さく頭を振って、阿久津に「まあ、彼女が起きたら自ずと分かることだろう」と言って夜を越す支度を始めた。




 その夜、少女がいつ起きてもいいように土御門が少女の近くにいることになった。それに対して阿久津は「俺も交代で見ますよ」と食い下がったが、本来土御門との交代の時間が近く、土御門は既に就寝済みだったこともあって、半ば強制的に少女とは別の仮眠室に寝かされていた。


 こんなの、少女のことが気になって寝られやしない、と初めは思っていたが、いざ布団に入ってみると疲れがどっと襲いかかってきてしまい、数十秒後には夢の世界へと旅立っていた。


「阿久津君、朝早くすまないけど、起きてくれ。彼女が起きた。昨日顔を合わせている君の方がパニックが少ないだろうから、先に立ち会っておくれ」


 土御門の声で起き、眠い目をこすりながら先ほどの部屋に行くと、そこには掛け布団を身体中に巻き付けて怯えている少女がいた。

 入れ替わるように部屋を出た土御門は阿久津に小声で「私はどこかの家族にお願いして彼女の服を一式揃えてくる。こんな時間、普通の店はやってないからね。大体二十分ほどだろうから、それまで頼むね」と囁いた。

 

 昨日あんなことがあったとはいえ二人はほぼ初対面な訳で、二人だけの空間には気まずさが漂っていた。

 それでも彼女はさっき土御門と二人だっただろう時よりも少し震えが収まっており、阿久津は自分に多少の信頼を置いてくれているのかもしれないと感じていた。


「その―――なんだ、昨日は災難だったね、どう? ガッツリ寝れた?」

 阿久津は咄嗟とはいえ、そんなセリフしか出てこなかった自分をぶん殴りたくなっていた。

「うん、寝れた―――ありがとうございました、昨日は」

「いやいや、俺警官だから。当たり前のことしただけよ」

 あれ、でもなんだか今の自分はカッコよかったかも。阿久津は手のひらを返したように心の中で呟いていた。


「警察の人なんだね、お兄さん」

「おう、今君がいるところは駐在所ってとこ。俺たちの秘密基地みたいなもんだから、ここにいる限りは安全だぜ」

「そうなの―――ほんとに、守ってくれる?」

 彼女は不安そうな顔で阿久津を見上げている。阿久津は近くから椅子を持ってきてそれに座った。そして彼女に目線を合わせた。


「もちろんよ、それが―――俺たちの仕事だからな」




「ただいま戻りました―――は?」

 二人がいる部屋にノックして入った途端、土御門は目を疑った。


「えーそうなんだ! それ見せて見せて」

「余裕よ、任せとけって―――ほれっ」

 阿久津は逆立ちのまま部屋中を歩き回り、それを見て少女は手を叩いて笑っていた。なんなら「次これ! さっきいってたこれやって!」とせがんでいる始末だ。


「なんなんだ貴方たち―――短時間でよくもここまで―――」

「お! 土御門さん!おかえりなさい!」

 阿久津が逆立ちのままそう言うと、布団を被りながら少女も「おかえりです」と繰り返した。それを見て土御門もふふっと笑ってしまっていた。


「ほら、これが貴方の服ですよ、一応年齢層が近いとはいえ身体のサイズはあるからね、少し大きかったり小さかったりするかもしれないが」

「ありがとう―――ございます」

 少女は少し照れながらその服を手に取った。隣で「えー、土御門さん服のセンス大丈夫かなあ」といじる阿久津を、土御門は少女にみえないようにはたいた。


 彼女の着替えと小さなファッションショーが終わると、土御門は本題に入った。ソファーに座っている少女を二人が囲むように座り、三人の視点を合わせた。


「さて、今日の予定なんだけどね、目標が二つあります」土御門はジェスチャーを交えてできる限り分かりやすく説明しようとしていた。

「よっ! お願いします土御門巡査部長!」

 土御門は小さな女の子に好かれて調子に乗っている阿久津のことはしばらく放っておくことにした。


「一つ、君への今後の対処を決める、ということです。というか、これがメインだね」

 少女は首をかしげていた。


「先に一つ、聞くね。お嬢ちゃんは自分のお名前、分かるかな」

 

 少女は眉間に皺を寄せて、少し考えるようなポーズをとった。その隣で阿久津は「あーそういえば聞いてないや、あんなに仲良くなったのに」と笑っていた。


 一方の土御門は、少女にバレない程度に目を細めていた。昨日あんなことがあったとはいえ、自分の名前を言うだけのことにかかっている時間が長すぎる。土御門の心はざわついていた。

 そしてその予感は当たることになったのだった。


「どうしてだろう、名前、思い出せない」



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