第9話 王女リーディア
自分の世界に浸っていた俺は、避ける間もなく服の首元を強くつかまれた。
俺は王女の行動が理解できないまま、首元を掴んでいる腕をたどるように目で追っていく。彼女はソファーの上で寝そべる体勢のまま、上半身だけを少し起こすように手を伸ばしていて、必然と自分の目線と王女の目線がぶつかってしまった。
視線が合った瞬間、王女は俺の首元を掴んだまま、起こしたソファーに倒れこむようにして、俺を自らの方へ引き寄せた。
「お前、本当は誰じゃ?レルスではなかろう。影武者か?にしても声、体格があまりにも一致する」
「本物のレルスは我のことをリーディアなんて呼ばんし、反抗する農民を生きて返すこともせんぞ」
「気の迷いというものが……」
お互いの呼吸が分かるくらいの距離。脅されるように首元を掴まれ逃げるにも、彼女の深く青い透き通った瞳が蛇のように俺を睨み、さっきまでのぐ~たらしていた時の目とは全く違った目つきだった
うまく力が入らない。
どうにか焦る感情を頭の中から排除しようと、意識的にゆっくりと深く呼吸を刻む。呼吸は制御できても、焦り蚊来る心臓の鼓動はいつになっても静まることがない。
俺は頭をフル回転させ、場をしのぐ言葉を頭の中で紡いでいく。浮かんでくる言葉はどれもこの場を逃れる言葉であって、レルス・カエザルとして生きる一貫性のある言葉は何一つ出てこない。
焦りなのか恐怖なのか、額に汗が浮かんでくるのが自分でもわかる。
これ以上はもう、何も頭の中から言葉は出てこない。生まれ変わった自分に終止符を打つように、ゴクリと唾を飲み王女に本当のことを打ち明けようと息を吸い込む。
喉元まで込みあがった真実が口からこぼれそうになった瞬間、王女は掴んだ俺の首元をさらに手繰り寄せた。
俺と王女の額は軽くぶつかり、お互いの額を通しての体温が分かるゼロ距離に俺は追いやられてしまう。
「お前な、人間の骨の髄まで染まった汚れた信念というものは、そう簡単に変えられるものではない。風の噂は早いもので、王国議会の一件、もうすでに我の耳に入っておる。己の汚れた手で築いた自らの派閥の重鎮を蔑むような発言をした上に、我と我の支持する派閥まで愚弄しただとか。はっはっはっは、それはそれで滑稽なことよな。自らの首を絞めておるからな!」
王女は、首元を掴んでいる手首を回し、襟を絞る様に首を締めあげた。
「ちょっ苦し……」
「我の知っているレルスは、お前がやったような自分の地位が窮地に追い込まれるようなことは決してせんぞ!!」
「と……とりあえず首を……」
「おっそうじゃの、首を絞めたままでは話せんな」
首から上の血の気が薄くなったのが解放され、俺はせき込むように新鮮な空気を吸い込んだ。呼吸を整えている間、王女はソファーから立ち上がり、乱れたドレスを直すようにパンパンと服を叩き、上品にソファーに座りなおす。
俺の体内の酸素濃度はおそらく正常で、呼吸を乱す必要はない。だが、時間稼ぎをするために、あえて激しい呼吸を繰り返し続けていた。
王女はコップの水を一口飲み、手にしたコップを机の上に置く。
「で?お前は誰じゃ?」
「で?お菓子食べます?」
俺はお菓子が乗っている皿を手に取り王女の前で膝をつき、彼女が手に取れる距離まで皿を側まで持っていく。今の雰囲気はさておき、王女が嬉しそうな顔をして口にするのが、テンプレ展開だと思っていた。
王女の手がお菓子へ伸びていき、俺は軽く頭を下げるようにして下を向く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます