第41話 剣技大会⑦ —ミゼン—

 闘技場の上へと昇ると、ミゼンは何やら詠唱をし、自分へ魔術をかけた。恐らく自己強化魔法だろう。


「フォルカーさん、今更ですが、殺人は失格なんじゃないんですか?」


 蒼壱の質問に、フォルカーは「さあな」と、肩を竦めた。


「正直ちゃんとルールなんか確認してねぇんだ。だが、基本的に王族が優先されたルールだろう。ヨハンやミゼンが万が一出場者を殺しちまっても問題ねぇように設定してるんじゃねーか? ミゼンはともかく、ヨハンの腕は確かだからな。神聖魔法で自分の身体を強化させりゃ、そこいらの騎士には傷ひとつつけられねぇだろうさ」


——成程。それが裏目に出たというわけか。

 と、蒼壱は考えて、闘技場の上のミゼンを見つめた。乙女ゲームなのだから、攻略対象が死ぬような事は無いだろうとはいえ、緊迫した空気があたりを包み込んでいる。

 騒がしかった会場はシンと静まり返り、ミゼンと狂戦士の二人に注目していた。二人はウォーミングアップをしながら試合が開始されるまで待っている。


 三回戦目は他にも一組が同時に対戦するはずだが、殆どがミゼンとの対戦に注目していた。


「アオイ」


 ヨハンも観覧席で黙って見てはいられなかった様だ。アオイとフォルカーの側へと来ると、両腕を組んでため息をついた。


「ミゼンがあの者と戦うと言って訊かぬのでな、王后が気を失い、観覧席は騒がしくて居られぬ」


 親ばかなのか、それとも自分の地位の為にミゼンが必要だからなのか。どちらにせよ同情はできないと蒼壱は思って、ヨハンに問いかけた。


「ミゼンはどうして戦うと言い張ったんです?」

「私にも分からぬ。審判共の決定通りアオイに任せておけば、あのような狂戦士など簡単に倒すものを」


——こいつ、俺はともかく、華にそんなことさせる気だったのか!?

 蒼壱は怒りを噛み潰しながら、「ええまあ」と言うだけで精一杯で、隣でフォルカーが堪え切れずにブフッ! と笑いを洩らした。


「フォルカー、私が何かおかしなことを言ったか?」

「いいや? ところでよ、ミゼンって強いのか? 俺はあいつと剣を交えた事が無いから知らねぇんだが」

「さあな、私も知らぬ。幼少の頃はよく棒切れで遊んだものだが」


 ミゼンが最強の魔術師だと発覚するのは、ゲームの後半だ。それまで自分の能力を隠していたため、周囲が彼の強さを知らないのも頷ける。もしもこの対戦でも自分の能力を隠しながら戦うのだとしたら、ミゼンは相当不利なはずだ。


「とはいえ、あれは何の勝算も無しにああいった勝負に挑むような男ではない」


ヨハンがそう言った時、ミゼンと狂戦士は一礼し、お互いに剣を構えた。狂戦士が胸の前に構え、それに対してミゼンは下段に構えた。


か。あいつ、本当に剣が使えるのか?」


 フォルカーが心配そうに言った。

 『アルベル』——と名付けられたその構えは、剣先を下に向けている為ノーガードだ。狂戦士が振り下ろした剣をガードするには隙があり過ぎる。


 審判が号令を出した。


 皆息を呑み、見守った。


 最初に仕掛けたのは狂戦士だった。ステップを踏みながら斜め前方に振り下ろし切りかかる。ミゼンは素早く後方へと下がりそれを避けたが、狂戦士は更に下から振り上げて追撃をした。


激しい金属音が鳴り響いた。


 狂戦士が振り上げた剣をミゼンが下から打ち付けたのだ。二人の力が作用して剣が激しく上方へと弾かれ、狂戦士がバランスを崩したところへ、ミゼンが追撃をした。身をよじり、交わしたものの交わしきれず、狂戦士は右わき腹を打たれた。

 当然鈍い音が鳴るものと思いきや、金属音が鳴り、ミゼンの剣が弾かれた。どうやら狂戦士は衣服の下に固いプレートを身に着けている様だ。


 お互い間を開けて剣を構え直し、睨み合った。


——あの狂戦士、わざと身軽そうな服を着て、胴体への攻撃を誘っていたんだ……。ミゼンはそれを見抜いていた。だから敢えてアルベルの構えをしていたというのに、なぜわざわざ胴を打ったんだ?

 蒼壱はそう考えて、ハッとした。


——魔術には、鎧なんて関係無いんだ……。


 よく見ると、狂戦士は明らかにダメージを負っていて、呼吸が荒く、肩が上下していた。ミゼンは澄ました顔で再びアルベルの構えをする。房のついたピアスが揺れ、ミゼンの長い髪がさらりと風に靡いた。


——クソ! あいつ、めちゃくちゃカッコイイじゃないか!!

 蒼壱はファンタジーロールプレイングゲームが大好きで、その中でも魔法を使いつつ剣術にも明るい魔導騎士のようなキャラクターを好む傾向にあった。


 先ほどまでのミゼンに対する偏見はどこへやら、突然腕を振り上げると、「ミゼン! 頑張れ!!」と応援し始めたので、隣にいたヨハンとフォルカーは面食らった顔をした。


「ミゼン!! 遊んでないでサクっとやっつけちゃって!!」


観覧席から華が叫ぶ。


「そうだミゼン!! 負けたらただじゃ済まさないぞ!! あんたは強いっ!!」


闘技場の隅から蒼壱が叫び、フォルカーは(どうなってんだ、この姉弟……)と呆れた。


 場内がミゼンを応援する声で一色となり、ミゼンが僅かに苦笑いを浮かべた。『僕は目立つのが嫌いなのですが』と、顔に書いてあるようだ。

 早急に終わらせてしまおうと、今度はミゼンから仕掛けた。下から振り上げる剣を狂戦士が打ちおろした剣で弾こうとすると、ミゼンはステップを踏み、すっと身体ごと剣先をずらした。狂戦士は空振りし、ミゼンは振り上げた剣を器用に水平に走らせて、狂戦士の胴を再び打ち抜いた。


 会場中から歓声とどよめきが上がる。蒼壱と華は二人同時に「おっしゃああ!!!!」と叫び、フォルカーは乾いた笑いを洩らした。


 狂戦士が膝をつき、審判が「それまで!」と、声を上げた。


 大歓声が渦の様に沸き起こり、会場が振動する程にミゼンは称賛の嵐に包まれた。


 ヨハンは静かに頷くと、そっと踵を返した。観覧席に戻るのだろう。蒼壱はヨハンの後ろ姿をチラリと見送りながら、一体どんな心境なのだろうと考えた。

 弟の勝利を祝っているのか、それとも悔しく思っているのか。ただ、少なくともヨハンは陰険染みた考えをするようなタイプではない。恐らく心の中では素直にミゼンを称賛しているに違いない。

 ハンナと婚約破棄をすることで、ミゼンに自分の婚約者を譲る形になって丁度いいとでも思っているのだろうか……。


 剣を固い石の上にでも落としたかのような金属音が鳴り響いた。歓声が一瞬にして静まり返り、悲鳴へと変わった。


 蒼壱が何事かと驚いて振り向くと、闘技場の上でミゼンが膝をついていた。

 首から大量の血を流し、彼が身に纏っていた群青色のマントがどす黒く染まっていく。


 闘技場の周囲に居た騎士達数名とフォルカーが慌てて駆け、狂戦士を取り押さえた。


——何が起こったんだ……?


 蒼壱が状況を把握するまで暫く時間を要した。

 騎士の一人が、闘技場の隅から短剣を拾い上げる様子を見つめながら、我が目を疑った。


——あの狂戦士、試合終了後にミゼンに短剣を投げつけたんだ……。


「ミゼン!!」


 華が叫び、観覧席から飛び降りた。闘技場へと駆けのぼり、ミゼンの側へと駆けつける。


「何してるの!! 早くミゼンの治療をして!!」


怒鳴りつける様な華の叫び声に、救護班達がハッとして闘技場へと駆けのぼった。蒼壱は観覧席の側まで駆け、「ヒナ!!」と叫んで手を広げた。


「ミゼンの治療をして! 頼む!!」


 ヒナが頷き、観覧席から飛び降りて、蒼壱はヒナを受け止めた。


 場内は騒然としていた。

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