第40話 剣技大会⑥ —狂戦士—

 蒼壱は手からにじみ出る汗を不快に思いながら、ぎゅっと拳を握り締めて速足で闘技場へと向かっていた。

 華があんな化け物と対戦することにならずに良かったとホッとする反面、自分で勝てるのだろうかという不安が押し寄せる。

 途中すれ違う騎士達からは、「稀代の英雄アオイであれば、どんな相手であろうと余裕だろう」と、激励なのか野次なのかよく分からない言葉を投げつけられ、もしもその言葉が華に対して言われたのならと想像し、沸き起こる怒りを必死に押さえつけながら無言で歩いた。


——だったらお前があの化け物と戦えばいいじゃないか!!

 何度そう怒鳴りつけようとして言葉を飲み込んだか知れない。

 『たかだか乙女ゲームのエキストラの分際で』——と、酷い考えが蒼壱の頭を過る。


——一刻も早く現実世界に帰らなければ。こんな世界に一秒でも長く華を置いてなんかいたくない。華は俺と違って誰にでも優しい。相手が例えゲームの世界の住人でもだ。


 闘技場へと続く扉を開くと、三回戦を全てのチームが終え、協議の為に審判達が集まっている様子が見受けられた。

 蒼壱は観覧席の方にはわざと視線を向けないようにした。恐らくそこには不安で瞳を潤ませる華の姿があるからだ。


「ああ、ランセル卿。今お呼びしようと思っておりました」


蒼壱の姿を認めて審判の一人が声を掛けた。

 呼ぼうと思っていた理由は明らかだ。つまり、三回戦目の出場者をミゼンではなくアオイに変更したからだ。


「分かっています」


 静かに頷いた蒼壱の肩をポンと叩くと、フォルカーが「ちょっと待った」と声を上げた。


「それなら、俺とその騎士と対戦させてくれよ。暇過ぎて眠くなって敵わねぇ」


フォルカーが欠伸を混じらせながら言った。


「いや、しかし……貴殿は……」

「我々だけの判断ではどうにも……」


困った様に相談し合う審判に、フォルカーは更に言葉を重ねた。


「アオイがこれ以上連戦したら、俺と対戦する頃にはバテちまうぜ? 稀代の英雄に、そんなみっともねぇ事させるのか? それこそ国の恥じゃねぇか」


どよめく審判を制して、蒼壱は首を左右に振った。


「フォルカーさん、貴方は国賓です。むしろ我が国としてそのような扱いをする訳にはいきません。王家の盾としてランセル公爵家が存在するのならば、俺が出るのが筋でしょう」

「真面目だな」


——本当はフォルカーに押し付けたいけれど、立場的にそういうわけにはいかない。

 蒼壱は落ち着き払った態を装って、任せろと言わんばかりに審判達に向かって強く頷いて見せた。


「俺、負ける気しねーんだけどなぁ……」


フォルカーはチラリと横に視線を向けた。蒼壱もつられて同じ方向へと視線を向ける。

 そこには先ほど二回戦で殺人を犯した騎士が、無表情のまま立っていた。まるでゲームのNPCの様だと蒼壱はゾクリと背筋を凍り付かせた。


——待てよ? ゲームでこんな狂戦士が登場するようなストーリーなんか無かったはずだ。だとしたら、あの男は何の変哲もないただのエキストラなんだ。

……だからこそ恐ろしいんだ。ただのNPCだから。

 感情もなく、ただプログラムに従って対戦相手と戦うだけのキャラクターだから……。主要キャラとして名前がつけられていないというだけで、こうもハッキリと差が出るあたり、俺達は本当にゲームの世界に迷い込んでしまったんだと実感する。


 いや、そうじゃない……。他のエキストラキャラ達もよりはずっと人間らしいじゃないか。だとしたら、一体は何なんだ?


 蒼壱は唇を噛みしめて無表情の騎士を見つめた。感情が欠落し、身体がまるでただの箱であるかのようなその状態で、人の命を簡単に奪ったのだと考えるだけでも恐ろしくなった。


——俺は、と戦って無事でいられるんだろうか……?


「僕抜きで協議するのは止めていただけますか?」


房のついたピアスを揺らしながらミゼンが割って入って来ると、小さくため息を吐いた。


「誰が戦うも何も、対戦表通り進めれば何の問題も無いでしょう」

「しかし、王后陛下が、第二王子殿下とあの者を対戦させないようにと……」


食い下がる審判達に、ミゼンは「国王陛下に許可を得てきました」と言ってニコリと愛嬌のある笑みを浮かべた。


「他に何か心配事でもおありでしょうか?」

「……いえ……しかし!」

「さあ、対戦の邪魔ですから、下がってください」


ミゼンは狂戦士へと視線を向けると、「お待たせして申し訳ございません」と言って、闘技場へと脚を向けた。


「ミゼン。一体どうして」


蒼壱の言葉にミゼンは僅かに振り返ると、「僕は強いですから」と、肩を竦めてみせた。


——なんだよ……ゲーム画面だと、剣技大会なんて横視点の格闘ゲームみたいなもので、斬られても血の一滴すら出ないミニゲームだったじゃないか。それがどうしてこうも恐ろしい場になっているんだよ。


「なんだなんだ? ミゼンの奴、一体どういう風の吹き回しだ? ヨハンの手前、俺はこの場合止めた方がいいのか迷うぞ……」


フォルカーが肩を竦めながら言い、蒼壱は俯いた。


「分かりません。彼が俺を庇う理由なんかないはずなのに……」


「ミゼン!!!!」


 ざわめく会場内で澄んだ声が放たれた。


 思わず蒼壱とフォルカーは顔を上げ、観覧席を見つめた。


——そこには華が手を振り、ニッと笑っていた。


「頑張って!! 絶対勝ってね!! あんたは強い!!」


華の声援に、ミゼンはぷっと噴き出して笑った。それはいつもの愛嬌のある澄ました笑顔ではなく、少年の様な笑顔だった。


「必ず勝って、貴方に勝利を捧げましょう」


 華に対して誓うミゼンを見て、フォルカーが苦笑いを浮かべ、ぼそりと言葉を吐いた。


「……うわ。なんか、妬けるなこりゃあ……」


フォルカーがそう言うのも尤もだろう。二人はまるで心が通じ合っている恋人同士であるかの様に、会場全体を巻き込んで意思疎通をしているのだから。


——華のばか。ミゼンとハンナ嬢の噂が増々広がるぞ。


フォルカーは肩を竦めると、「参ったなぁ。ヨハンの奴がまた不機嫌になるぜ……」とため息交じりに言った。

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