第33話 隠しキャラは誰?
——隠しキャラって、誰だろう……。
と、華は頭の中がいっぱいだった。それが分かればゲームのクリアに役立つはずだからだ。
「ねぇ、ヨハン」
稽古場で剣の素振りをしながら、華は隣で同じく素振りをしているヨハンへと声を掛けた。
剣を振る度に金髪がサラリと揺れ、首筋を伝う汗が水晶の様に輝いている。
「なんだ? アオイ」
「聞いてもいい?」
「うむ。何でも申せ」
「イケメン知らない?」
ズルリと転びそうになって、ヨハンは驚いて華に視線を向けた。華は真剣な眼差しでヨハンを見つめていて、冗談を言っている様には見えなかったので、ヨハンは真面目に考えなければと「うーむ……」と、首を捻った。
「容姿が優れているとは、人それぞれの感覚でそう見える対象が異なるものではないか?」
「それはそうだけど、ブサイクはありえないし。きっと万人が見てもイケメンなはずなんだよね」
「アオイ、何故そのような男を探しているのだ? 重要な事ならば兵を出しても探す事に協力しよう。しかし、生き別れの兄だというわけでもあるまい?」
ヨハンの至極真っ当な質問に、華は「あっ!」と声を上げた。
「生き別れのお兄さん!?」
「……まさか本当に居るのか!?」
「いないと思う」
「…………」
ヨハンはぽかんとした後、いやいやアオイは何か悩んでいるのかもしれないと、その実直な性格
「アオイ、何か悩んでいるのか? 私で良ければ力になるが」
「そうなの、悩んでるんだよね」
「やはりそうか。それは一体どのような悩みなのだ?」
「イケメンが見つからないの」
「……………」
——振出しに戻った……。
と、ヨハンは悔し気に眉を寄せた。
「なるほど、これは一筋縄では解決せん問題の様だ。よし、とことん付き合おうではないか」
ヨハンは剣を置くと、どっかりと地面に腰を下ろした。
「そなたの言うイケメンとやらとそなたとは、一体どのような関係なのだ?」
「うーん。多分何の関係も無いんじゃないかって思うんだけど、世界は狭いからどうなんだろう? ホントに生き別れの兄とかだったりして?」
——困った、さっぱりわからぬ。
「ヨハンには居ないの?」
「何がだ?」
「生き別れの兄」
「……それは、もし居たら大変な事態になりかねんな」
「でもきっとそういうんじゃないんだろうなー。だって既に登場してるはずなんだもん。隠しキャラなわけだし」
「すまぬ、アオイ! そなたの言っている事がよく分からぬ!」
惨敗だ! と言わんばかりにヨハンが音を上げて、華はそんなヨハンをじっと見つめた。
「ヨハンが変身するとか!?」
「もっと意味がわからぬぞ!?」
「だってホラ、主役級のヒーローって実はなんとかでしたっていうパターンもあるじゃない。ヨハンって実は竜の化身だとか、神様だとか?」
「そのような力があれば苦労せぬが……」
アオイはひょっとして、まだ私の事を怒っていて、わざと揶揄っているのか? と、ヨハンは不安になって眉を寄せた。
「アオイ、まだ怒っているのか? そなたが赦してくれるまで何度でも謝罪するが」
「ちょっと黙って」
華はヨハンの側に膝をつくと、両手を伸ばし、ヨハンの両頬に触れた。
ヨハンはその行動にドキリとして硬直し、わが身をどうするべきかと混乱した。
華がヨハンをじっと見つめながら顔を近づけていく。
ヨハンはごくりと息を呑んだ。華の顔が近すぎて、その長い睫毛が瞬きをするとこそばゆく感じるのではないかと思う程に近いのだから。
「うーん。変身しそうにないなぁ。やっぱり違うかなぁ」
「違う……?」
「例えば瞳の瞳孔が他とちょっと違うとか。でも普通は醜い状態から変身してイケメンになるもんね。ヨハンはもう既にイケメンだもん」
「い……イケ……」
ヨハンはパッと華の両手首をつかむと、「変身などするものか!」と振り払った。顔が茹でタコの様に真っ赤だ。
「そなた、私を
堪らずに顔を赤らめたままヨハンがそう言うと、華は「揶揄ってなんか……」と言いかけて、自分も顔を真っ赤にした。
今更ながらにヨハンの顔に触れ、キスをする寸前まで自分が顔を近づけた事に気づいたのだ。
「ご、ごめんね! でも、ヨハンがイケメンだってのは本当だよ!?」
「男に顔を誉められて喜ぶのは気味の悪いことだ! そなたはそうやって私を
——嬉しかったの? ヨハン……?
「おーい、お前らー」
フォルカーが稽古着を着こんで手を振りながら稽古場へと入って来ると、「俺も混ぜろ」と言ってニッと笑った。
「もうすぐ剣技大会が開催されるだろ? 俺も稽古しとかねぇとな、身体が鈍っちまう」
「そなた、ハリュンゼンの第一王子だというのに参加するつもりか?」
ヨハンが眉を寄せ、あからさまに嫌そうな顔をした。
「……お前な、ハリュンゼンにも招待状送っただろうが」
「そなたに参加を求めたわけではない。ハリュンゼンの騎士へ向けた国交として送ったのだ」
「別に俺が参加したら駄目ってワケじゃないだろ?」
「ダメでは無いが……」
ヨハンは折角アオイと二人で稽古していたというのに、その時間をフォルカーに邪魔された事を不愉快に思った。フォルカーはその様子を察して「ぶはっ!!」と、吹き出して笑うと、「お前、俺に負けると思って不安なんだろう?」と、わざとらしく茶化した。
華にいいところを見せたいという欲求が芽生え、ヨハンを挑発したくなったのだ。
「なんだと!? 私を甘く見るのは止めよ!」
アオイの前で
「ここのところ公務で引き籠ってばかりの坊ちゃんが、俺に適うと思ってるのか?」
「そなたのような遊んでばかりの男と一緒にされてはつまらぬ!」
「やるか?」
「受けてたとう!」
ヨハンもまた、今までの不甲斐なさを払拭し、アオイにいいところを見せたいと考えた。
そんな二人の気持ちを察する事もなく、華は『男ってどうしてわざわざ力比べみたいなことしたがるんだろ』と、呆れて見つめていた。
「アオイもどうだ? 稀代の英雄のそなたには適わぬだろうが。剣技大会前の予行練習と思えば」
「わ、私は遠慮しとく!」
慌てて両手を振って拒否すると、「ここで見てるから」と言って稽古場の端へと移動した。
フォルカーは稽古用の刃を潰した剣を手に取ると、剣先をヨハンに向けてすっと構えた。ヨハンもフォルカー同様稽古用の剣で構え、二人はじっとにらみ合った。
こうして二人が向かい合うと、フォルカーの恵まれた体格が良くわかる。ヨハンも決して背が低くはないが、フォルカーの筋肉質な体格から、実際より小さく見えてしまうのだ。
あのフォルカーの剣を受けたのだから、細身の剣ではひとたまりもなくて当然だな、と華は今更ながらに自分の無謀さに苦笑いを浮かべた。
——ヨハンの剣でさえ受けるのに一苦労だもん。まして、稽古用の粗悪な剣を使ってたわけだし、折れるのは当然だよね。
先に仕掛けたのはヨハンだった。華麗にステップを踏むかの如く素早く前進し、剣を振り下ろした。凄まじい金属音と共にフォルカーがそれを剣で弾き飛ばすと、ヨハンは身体ごと弾かれて、そこへフォルカーが打ち込んだ。
ヨハンは素早く回避すると、くるりと身体を回転させながら、今度は剣を脇から振った。フォルカーがそれを再び剣で弾き、二人は間合いを取った。
フォルカーの剛剣により、ヨハンの手がビリビリと
「相変わらずバカ力だな、そなたは」
「神聖力を使わなくて大丈夫かよ? 怪我するぜ?」
「言っていろ」
再び二人が剣を打ち合おうとした時、「何をしておいでか!!」と、
稽古場の入り口に白髪頭の屈強な男が立っており、憤然としてヨハンとフォルカーを睨みつけている。
「師匠……」
と、ポツリと華が言うと、男は「何が『師匠』だ、アオイ、お前が止めんでどうする!!」と、やたらと威勢のいい声で怒鳴りつけた。
「ごめんね、お爺ちゃん。なんか二人がやる気満々だったから」
しょんぼりとしてそう言った華に、男は眉尻を下げて「そうかそうか、殿下が悪いのか」と突然猫なで声を出したので、フォルカーは肩を竦め、ヨハンは首を左右に振った。
男の名はモーリッツ。華とヨハンの師匠であるモーリッツは、騎士団から今は引退したものの、かつては優れた騎士団の団長であった。ゲームの中でも攻略対象の剣の修行といえば、必ず登場するキャラである為、華としては勝手に親しみを感じているのだ。
華の体躯から女性であるとモーリッツには既にバレている為、華に対しては甘々で、『お爺ちゃん』と呼ばれる事をこの上なく喜ぶのだ。
「稽古用の剣を使用しているとはいえ、大義名分もなく王族同士の戦いで怪我など負った日には、国の一大事となり得るとわかりませぬか!!」
華にいいところを見せたいが為にやんちゃしました。とは言えず、二人は自分の愚かさに互いに恥ずかしくなり、咳払いをし合った。
そんな時、華が突然「あ!!」と、声を上げた。
「お爺ちゃんがひょっとしてイケメン!?」
もしやモーリッツが隠しキャラ!? と、素っ頓狂な声を上げた華に、ヨハンが反応した。
「なに!? もしや師匠がアオイの生き別れの兄なのか!?」
フォルカーが「んなワケあるか!! お前ら何言ってんだ!?」と慌てて突っ込みを入れ、モーリッツは全く意味が分からないといった風に眉を寄せた。
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