第32話 乙女心は複雑
「やったじゃないか華! 『星のピアス』をヨハンから貰うだなんて! レアアイテムゲットだね!」
邸宅に帰ると、蒼壱が嬉しそうにヨハンから貰ったピアスを見つめて言った。
『星のピアス』とは、ゲーム中に登場するアイテムで、それをプレゼントされた攻略対象は、名声ポイントと好感度が上がり、更に『魔物討伐イベントが必ず成功するようになる』という特典付きのアイテムだった。
「まさかゲーム中のアイテムを、こうやって実際手に入れることになるだなんて思わなかった」
苦笑いを浮かべた華に、蒼壱は不思議そうに眉を片方吊り上げた。
「どうしたの? 嬉しくないの?」
「……だって、ゲームのアイテムがプレゼントだなんて」
折角ヨハンが、蒼壱じゃなく私にプレゼントしてくれたのに、ゲームのアイテムだなんて……と、華はしょげていた。
「クリアにはかなり役立つんだから良かったじゃないか」
蒼壱は嫌に上機嫌だった。華はなんとなく面白くなくて、むっと唇を尖らせた。
「蒼壱はどうだったの? ちゃんとヒナと会えた?」
「バッチリ!」
蒼壱が得意げにVサインを作って見せた。
「ゲーム通り、あの路地裏でひとりでおろおろしてるヒナに声を掛けたんだ。迷いまくって疲れてるみたいだったから、噴水の側で休憩して一緒に邸宅に帰ったよ」
本当は帰り道に馬車が揺れて、ヒナが蒼壱に抱き着くというハプニングがあった。しかも、ヒナがお忍びで街へと出た理由が、騎士アオイへのプレゼントを買いに出たからなのだと、まるで告白のような言葉まで貰った。
『本当は、生誕祭でアオイ様と最初に踊りたかったの。エスコートまでしてくださったのだもの。でも、ヨハン様のお誘いを断るわけにはいかなくて、本当にごめんなさい! これ、お詫びなんだけれど、良かったら受け取ってくれると嬉しいわ』
そう言って、ヒナが差し出したプレゼントを受け取った様子を思い出し、蒼壱はつい頬を緩ませた。が、コホンと気を引き締める為に咳払いをした。むくれた顔の華を前に、自分だけ浮かれている場合ではない。
「華。ゲームも中盤に差し掛かってることだし、そろそろ魔王イベントが発生する頃だからね。その前に『星のピアス』を手に入れられたのはかなりラッキーだったと思うよ。あの苦労させられた中ボス戦も、必ず討伐成功になるんだもの」
蒼壱の言う『中ボス戦』を思い出して、華は唇をへの字に曲げた。魔王の右腕といわれるバカみたいに強い魔物の事だが、ヨハンルートでは手こずるものの、アオイルートでは登場すらしないキャラだった。
「やっぱりヨハンルートになっちゃってるのかな? アオイルートだと、中ボスなんか出ないし平和そのものだったじゃない」
「生誕祭の感じからすると、今は恐らくそうだろうね。けれどここから十分軌道修正は可能だと思うよ。なんとしてもバドエンドだけは避けないと。だからこそ、そのプレゼントはお手柄なんだよ、華」
「でも、ホントはヒロインからプレゼントされるものなんじゃないの? 攻略対象から攻略対象にプレゼントって、おかしくない?」
不満気な華に蒼壱は「今更そういう事言う?」と、苦笑いを浮かべた。
「俺達がこの世界にトリップしたことで、既に色んなことがおかしくなってるんだからさ、気にしたってどうしようもないよ。そもそもヒロイン視点じゃないってところから妙なわけだし」
華はぷっと頬を膨らませた。
「なんか、蒼壱感じ悪い!」
「は!? なんで!?」
「知らないっ!」
蒼壱は華がどうしてむくれているのか分からず、困った様に頭を掻いた。華自身、どうしてこうも気持ちがもやもやするのか分かっていないのだから、二人でゴールの分からないもやもやに暫く格闘していた。が、蒼壱がこのままでは良くないと、気持ちを切り替えようと発言した。
「とにかくさ、明日からはまた華はヨハンと剣の稽古。俺はヒナと王妃教育を受けながら、次のイベントに向けた準備を進めよう」
「次って何だっけ? 中ボス戦?」
きょとんとして華に、蒼壱は「いいや」と、首を左右に振ると、華にハンカチを差し出した。白地に金の糸で剣の刺繍がしてあるハンカチだ。
「俺もヒナからプレゼントを貰ったんだ。騎士の成功と無事を祈る『騎士のハンカチ』だよ。次のイベントは剣技大会だから、これが役立つはずさ」
「剣技大会!?」
華は瞳を輝かせた。攻略対象同士で対戦するゲームイベントで、優勝するとかなりの名声ポイントが貰える仕様だ。
「……ねぇ、どうしてそんなに嬉しそうなの?」
華の様子に蒼壱が不思議そうに問いかけると、華はぎゅっと拳を握り締めた。
「あのミニゲーム、私得意だったじゃない!? 格闘ゲームみたいで楽しかったもの!」
「華、ゲームの中に居るんだから、ミニゲームっていう感覚じゃないと思うけれど。それに、『騎士のハンカチ』があれば予選を飛ばせるけど、余計な試合をしなくていい分有利になるってだけで……」
「そうだね、絶対ヨハンに勝たなくちゃっ!」
意気込む華に蒼壱はため息をついた。
「落ち着いてよ華。予選は回避できたって、他の攻略対象達との戦闘は免れないんだ。騎士アオイは近衛見習いだから、攻略対象全員と対戦しなきゃならないし、フォルカー戦はゲームでも苦労してたじゃないか」
蒼壱の発言に華はハッとした。額の傷がちくりと痛んだ様な気がする。彼の剣はかなりの剛剣だ。女性である華の力では受けきれない。
「ともかく、油断大敵だよ。無茶なんかしないでよね」
「そうだね。剣の稽古、頑張らなくちゃ! 負けられないもんね!」
気合を入れている華を見つめながら、蒼壱が申し訳なさそうな顔をしたので、華は「そんな顔しないの!」と頬を膨らませた。
「剣技大会は死ぬようなイベントじゃないんだし、蒼壱も観戦楽しんでよ。『騎士のハンカチ』を蒼壱にくれたってことは、ヒナは騎士アオイを応援してくれてるって事だしさ」
——そうは言っても、男として情けないと思う気持ちはどうしようもないんだよ、華——と、蒼壱は頷きながらもそう思い、ぎゅっと拳を握り締めた。
「せめてこの世界にも喘息の薬があれば……」と、言いかけて、蒼壱はハッとした。華も気づいたようで二人揃って言葉を発した。
「剣技大会の優勝賞品は『乙女の祈り』だ!」
『乙女の祈り』とは、それを装備した攻略対象の体力上限が上がり、ダメージを受けても徐々に回復していくアイテムの事だ。それがあれば魔物討伐は勿論、様々なミニゲームでも攻略対象の体力は重要なパラメータとなる為、強敵が多い高難易度のヨハンルート解放時は入手必須アイテムだった。
普段は蒼壱が身に着けておけば、喘息にも効果がある可能性が高い。
「何が何でも優勝しなきゃ!」
意気込む華に、蒼壱は苦笑いを浮かべた。
「手に入れたいのはそうなんだけれど、無理はだめだからね? 華が怪我するような事態になったら、それこそ俺は気が気じゃないんだからさ」
そう言って、蒼壱は咳き込んだ。ゼーゼーと苦しそうな音が蒼壱の喉から発せられ、華は咳き込む蒼壱の背を撫でて、発作が収まるのを待った。
「大丈夫だよ、華。そんなに心配しないで。街に少し砂埃が舞っていただけだから」
「無理させちゃってゴメン!」
「無理はお互い様だよ」
「……絶対に帰ろうね。早く、帰ろうね」
——でも、現実世界に帰ったら。皆とお別れになっちゃうんだ……。
華はそう考えて、首を左右に振った。
彼らはゲームの中の登場人物に過ぎないんだ。蒼壱の身体の方がずっと大事。別れを惜しむような感情を持ったらいけない。——いけない。
——どうしよう。私、もう手遅れなのかもしれない。皆と別れるのが嫌だ。ヨハンやフォルカーとバカやっていたいし、素直じゃないミゼンと話すのも楽しい。この気持ちを、蒼壱に伝えたら、なんて言うかな?
「……蒼壱」
「ん? なに?」
蒼壱は苦しそうにしながらも、華を安心させようと笑みを向けた。そんな蒼壱に、華は『現実世界に帰りたくない』とはとても言えないと思った。
「……なんでもない。早く帰ろうね、蒼壱」
「ふふ、どうしたのさ、華」
ケホケホと咳き込んだ後、蒼壱はベッドへと横たわった。身体を横向きにし、呼吸し易い様にと華は枕を重ねてやった。
「ねぇ、華。俺さ、華に言ってない事があるんだ」
華は蒼壱に布団をかけてやりながら「何?」と、優しく問いかけた。
「俺、
蒼壱の告白に、華は「え?」と、瞳を見開いた。
「待って、でもヒナは……」
「うん、分かってる。ヒナはゲームのヒロインで、俺達が現実世界に帰ったら会えなくなる。でも、そうじゃないんだ。俺が好きなのは、
「妃那と会った事があるの?」
蒼壱は僅かに頷いた後、再び咳き込んだ。華が背中を擦ろうとしたが、「大丈夫」と断った。
「朝の公園で、俺は一度だけ彼女に会って一目惚れしたんだ。だから、このゲームに興味を持ったんだよ。ヒロインが彼女にそっくりだったから。どうしてもプレイしてみたくなったんだ」
蒼壱は悲しそうに潤んだ瞳を華に向けた。
「ずっと言いたかった。俺の身勝手さで、こんな世界に巻き込んじゃってゴメン。華にばかり苦労を押し付けて、不甲斐ない弟で、本当にゴメン」
「蒼壱……!」
涙で声が詰まると、呼吸が余計に苦しくなる。華は咄嗟に蒼壱をぎゅっと抱きしめた。
「泣いたら苦しくなるからダメ! 落ち着いて! 泣く必要なんかない。何も謝ることなんてない! 蒼壱は何も悪くなんかないよ!!」
「華、でも俺……」
「最初にゲームをやろうって言ったのは私だよ! それに……蒼壱、私結構この世界好きだもん! だから蒼壱、折角だから楽しもうよ。ね? ゲームを楽しむの! だってこれは乙女ゲーでしょ? 死にゲーなんかじゃないんだからっ!」
華の発言に、蒼壱はぷっと噴き出した。「……クソゲーかもしれないじゃないか」と言うと、華は「そしたらお母さんにクレームだね!」と返した。
華はすぅっと深呼吸をした。蒼壱がまさか妃那を想っているとは。全く気が付かなかった自分が情けない。蒼壱が決心して言ってくれたのなら、自分も隠し立てをするわけにはいかない。
「蒼壱……」
「ん」
「妃那は……現実の『加賀見 妃那』は、私のクラスメイトだけど。その……私ってバレンタインでチョコを大量に貰ったりして、女子にもモテるじゃない?」
蒼壱は嫌な予感がしつつ「うん」と頷いた。華は言いづらそうに俯くと、「それでね」と続けた。
「私、妃那に告白されたことがあって……『私には蒼壱っていう双子の弟が居るから、妃那には蒼壱が似合うんじゃないか』って言っちゃったんだよね」
「え!? つまり、妃那さんってまさか……」
「いや、女子高だからさ! 多分本気じゃなくて、ただのノリだと思うんだけど! でも、蒼壱には一応伝えておかなきゃって思ったの。黙ってたら、なんだかよくない気がして」
「……そっか」
「なんか……ごめん」
「華が謝ることじゃないよ。それに、俺と彼女は元々面識が無かったんだしさ。そりゃあ、全然ショックじゃないといえば嘘になるけど、完全に失恋したわけじゃないから」
蒼壱は少し驚いたものの、さほど傷ついた風でもなかったので、華はホッとした。
「華はホント、男女共にモテるなぁ」
「私がいつ男の人にモテた?」
「自覚無いんだものなぁ……」
蒼壱は困った様にふっと笑った。
——俺はまだ大丈夫。だって、妃那は現実世界に存在している人だから。でも、ヨハンは違う。華、お願いだからこれ以上ヨハンを好きにならないで。
蒼壱は心の中で祈った。どうか華がヨハンへの恋心に気づく前に、このゲームの世界から脱出できることを。そして、フト嫌な事を思い出して華を見つめた。
「……そういえばさ、隠しキャラが開放されたんだよね?」
「ん? うん」
華はどうして蒼壱が突然そんな事を言いだしたのだろうと不思議に思いながら頷いた。
「ひょっとしてだけど、ヨハンルートじゃなく、隠しキャラルートになってるんだとしたら……? そしたら、俺達が知らないストーリー展開になっていてもなんら不思議じゃないんだ。ヒロインの登場がずれたのも、隠しキャラルートだからなのかもしれない」
「五人目の攻略対象が居るってこと?」
「恐らくはね。けど、全くの新キャラじゃないはずだよ。だからこそ、繰り返しゲームをプレイして四人の攻略対象をコンプリートしたからルート解放されるわけだしさ」
華は成程とパチリと両手を合わせた。
「確かに、隠しキャラなんてやり込み要素以外なんでもないもんね。一体どのキャラだろう? 攻略対象に格上げされそうなサブキャラなんていたっけ?」
華は小首を傾げながら考えた。
攻略対象なんだから、男性キャラだろうけれど、国王はあり得ないし、公爵も愛妻家だから絶対無いし……? 他に男性のサブキャラといえばせいぜいエキストラの騎士くらいしか思いつかない。
「ダメ、全然思い浮かばない。このゲームって大して登場人物多く無いのに」
「うん、俺も全然わかんないや」
「でも、そうなるとヒナはその隠しキャラとラブラブになっちゃうの? 蒼壱、嫌じゃない?」
「うん。嫌だ」
蒼壱はきっぱりと断言した。
「例えゲームの中のヒナだとしても、そんなの見たく無い」
「OK。じゃあ今まで通り、なんとしてもアオイルートに軌道修正しないとね!」
華はニッコリと微笑んでぐっと親指を突き出した後、「何か温かい飲み物貰って来る!」と、立ち上がった。
「大分発作も落ち着いたし、大丈夫だよ」
「私も飲みたいの。寝る前の一杯!」
「……おっさんくさいこと言うのやめてってば」
華は部屋の扉の前までトコトコと進んだ後、あきれ顔を浮かべる蒼壱を振り返った。
「現実世界の妃那も、胸おっきかったよ。蒼壱の好みって巨乳なの?」
「え!? 違っ……!!」
カッと顔を赤らめた蒼壱を悪戯っぽくニヤニヤしながら見つめて、華は「蒼壱ったらエローい」と茶化した後、そそくさと部屋から出て行った。
「ちょっと華!! 誤解だからね!? 俺は別にっ! 華ってばっ!!」
ベッドの上から蒼壱が叫び、その声を聞きながら華は『良かった。元気になって』と考えて、パタパタと廊下を駆けて行った。
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