第31話 デート
「美味しいっ!」
華は念願のフルーツジュースを手に入れて、ご満悦だった。フォルカーはそんな華の様子を見つめながら小さく笑って頭を掻いた。
「こんなもんでそうも喜ぶご令嬢って初めて見たぜ?」
「そうなの? 運動の後の飲み物なんて最高じゃない! 喜ばない方が変だよ」
「宝石やドレスなら皆大喜びだけどな。嬢ちゃんはそういうのに興味は無いのか?」
「んー、興味ないってワケじゃないけど……」
「好きなら何だって買ってやるぜ? 少ないがお小遣い貰ってるんだ」
フォルカーの言葉に華はぷっと笑った。
「ハリュンゼンの第一王子様だもんね」
「ああ、一応な。で? どんなのが欲しいんだ?」
——男って、女心が本当に分かっていないな——と華は思った。ドレスが好きな女性は、好きな人の前で綺麗で居たいからだし、自分の為にあれこれ頭を悩ませて選んでくれた気持ちが嬉しいのだ。
宝石が好きな女性は、それを贈る為に男性がした苦労や道のりを考え、その気持ちが嬉しいのに……。
まぁ、どうせ持ってたって、現実世界には持って帰れないだろうけど。
「私は食べ物の方が嬉しいかも!」
「食いしん坊かよ」
「フォルカーの国はどんなところなの? こことあんまり変わらない?」
「美味いものなら沢山あるぜ?」
「そうじゃなくて!」
フォルカーは「わかってるって」と、ニッと笑うと華の頭を優しく撫でた。
「ハリュンゼンは鉱山が多くて割と裕福な国だが、当然ながら山が多く、平地が少ない。最近じゃ魔物が増えて鉱山事業にも支障を
「ふーん。王子様も大変なんだね」
確かにそんな情勢が不穏の中、次期女王候補として聖女を迎え入れれば、ハリュンゼンは安泰だろうな、と華は納得した。
——でも、ヒナは渡せないけど……。
「なあ、嬢ちゃん。ハリュンゼンに来ないか?」
フォルカーの言葉に華は驚いてジュースを落としそうになった。フォルカーがそれを「おっと」と、受け止めて、華がしっかりと持ったのを確認して手を離した。
「どうして私が? 聖女でもなんでも無いのに……あ、そっか。兵隊にってこと?」
「何言ってんだか」
フォルカーは華をじっと見つめた。いつもの優男風の顔つきから、キリリとした紳士な様子へと一変し、思わず見とれてしまった。
「俺は本気だぜ?」
「な……なにが?
「心外だな。ヒルキアと違ってハリュンゼンは王族も一夫一婦制だ。絶対に浮気なんかしねぇよ」
押し黙る華に、フォルカーは更に続けた。
「大事にすると誓う。嬢ちゃんが戦場になんか出なくていい様に、どんなことがあっても俺が守ってやる」
「面白く無い冗談止めてよ」
「冗談なんかじゃねぇさ。俺の目を見ろ。本気だぜ?」
「…………」
さあっと風が吹いた。華は咄嗟に髪を押えて唇を噛みしめて俯き、暫く口を閉ざした。華の柔らかそうな頬に触れたい気持ちを押え、フォルカーは静かに待った。
「……フォルカー。ごめん、さっきホントはちょっと聞いちゃったんだ」
華はすまなそうにフォルカーを見つめた。
「フォルカーが求める様な女王は、蒼壱のことでしょ? だから、それって人違いだよ。わかってるでしょ? 私はこんなだもん。ちっとも女の子らしくないし、ガサツで、女王になる資格なんか微塵も無いの」
華の言葉を聞いて、フォルカーはそれを否定し、いかに華が魅力的な女性であるかを語って『俺はそんなお前が好きだ』と抱きしめたい衝動に駆られたが、ヨハンのこともあって傷ついている彼女の事を思えば、そんな態度を取るわけにはいかないと自重した。
自分の気持ちを押し付けるのは簡単なことだ。公爵が納得している以上、ヨハンがハンナとの婚約破棄さえすれば、彼女の同意無しで国に連れ帰る事だって容易い。
しかし、先ほど風が吹いた時、華の額についた傷が見え隠れした様子をフォルカーは見つめていた。彼女がそれを隠そうと髪を押えた姿もだ。
傷ついた心を癒すことなく無理強いをしてしまっては、それは一生残る傷痕として心に刻みつけられたままになってしまう。どれほどにフォルカーが慰めようとも、ふっきるタイミングを逃してしまえば、癒えるものも癒えないまま残ってしまうことだろう。
そこまで深く考えて華の事を思いやれる程、フォルカーは華を大切に思っていた。
ふぅ、とフォルカーは息を吐き、今は強引にすべきではないと判断した。
「……なあ、今日は俺につきあってくれるんだよな?」
突然のフォルカーの申し出に、華はキョトンとしながら「うん……」と頷いた。
「服を買いに行こうぜ? アオイに似合う色じゃなく、嬢ちゃんに似合う色のな」
「へ!?」
「興味が無いわけじゃないんだろ? それならいいだろ? まずはそこからだ」
「まずはそこからって、どういう意味!?」
「じっくり責めて行こうってこった! さーて、どんなドレスがいいか……」
「ドレスだと……?」
突然背後から苛立った声色で声を掛けられて、二人は同時に振り返った。
背後には金髪の男が腕を組み、腹立たしそうに眉間に
「よ……ヨハン」
「フォルカー! そなた、店の前で待っていろと言ったではないか! そなたと出かけるといつも私はそなたを探すのに難儀させられる! どれほど走り回ったと思っているのだ!?」
ヨハンの額にはそのクールな外見とは似合わない汗が浮かんでいた。
「ごめんね、ヨハン。私がフォルカーを連れて行っちゃったの」
「……アオイ!?」
そこでヨハンは初めて華の姿を認めた。フォルカーの立派な体躯で、華の姿が完全に死角になっていて見えていなかったのだ。
ヨハンは絶句し、華は気まずそうに俯いた。フォルカーは頭の後ろで両手を組むと、二人をのほほんとした調子で見つめた。
そんな三人の様子を、街の人々が不思議そうな顔をしながら見つめ、通り過ぎて行く。一人、二人と通り過ぎ、三人目に差し掛かった頃、「アオイ!」と、突然ヨハンが叫ぶように声を上げたので、三人目の通行人はビクリとした。
「その、すまなかった! 私はあの日、どこか
——言葉遣いってなんのことだろう?
と、華は傾げたい小首を傾げない様に保った。
「私の方こそごめんね! 私、てっきりヨハンが私と踊ってくれるんだと思って、ちょっと期待しちゃったの!」
——嬢ちゃん!! それはハンナ嬢の発言だっ!
と、フォルカーが真っ青になった。
「……踊る? 私と、そなたがか?」
不思議そうに瞬きをしたヨハンに気づきもせず、華は更に噛み合わない発言を続けた。
「だって、忙しいって迎えにも来てくれなかったでしょ? 私、ずっと邸宅で待ってたんだもん。一人で行くの、すっごく勇気が必要だったんだからね?」
「……待っていたのか? アオイが私を?」
ヨハンの言葉に華は今更ながらにハッとした。
——やばっ! 私、今アオイの恰好してるんだったっ!!
「あわ……あわわわわ!!」
「そなたはヒナと王宮へ来たのではないのか?」
「ストーップ!! タイムタイムタイムー!!」
二人の間にフォルカーが腕を大きく広げながら割って入って来ると、強引に話しをまとめにかかった。
「つまりな、お互い勘違いしてたってこった!! な? これで仲直り!! よし、握手!」
腑に落ちなそうな顔をしたものの、ヨハンはアオイと仲直りできるのは願っても無い事だったので、嬉しそうに手を差し出した。華はなんとか誤魔化せそうだとホッとしながらヨハンの手を握り、握手を交わした。
「よし、一件落着だな!? さて、買い物の続きと行くか!」
「ああ、ドレスを探すのか?」
ヨハンの言葉にフォルカーは全身の血がサアっ引き、引き
「ど……ドレスってなんのことだ?」
「そなた、先ほど『どんなドレスがいいか』と言っていたではないか。誰へ贈るドレスだ?」
「よ、ヨハン!! 沢山探し回って喉乾いたでしょ? はい、これ!!」
華が咄嗟に誤魔化そうと持っていたジュースをヨハンへと手渡した。
「ほら、それでも飲んで一度落ち着いて。ね? 買い物は……そう、エンドレス! って意味だったの! ね? フォルカー?」
「おう!! 上手いな!? そうだ、そういうこった!」
ヨハンは不思議そうに小首を傾げたが、喉が渇いていた事は確かだったので、華から手渡されたジュースをごくごくと飲んだ。
——あ、間接キス。
と、顔を真っ赤にした華に、「露店の飲み物は初めて口にしたが、美味いものだな」と爽やかな笑みを向けた。
「しかし、街でそなたに会うとは思わなかったが、丁度良かった」
ヨハンはごそごそと包みを取り出すと、顔を真っ赤にしている華へと差し出した。
「そなたへの詫びの品を買いに今日は町へと来ていたのだ。これを受け取ってくれるか?」
ヨハンが差し出した袋を受け取り開いてみると、中には金色のピアスが格納されていた。
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