第25話 凱旋2
魔物討伐を大勝利として収めた華は、称賛の嵐の中凱旋した。森の中で倒した巨大な魔物の首を引っ提げての凱旋は堂々たるもので、王都は祭りの様に色めき立っていた。
「稀代の英雄、アオイ・ランセル!!」
街中が華を称える声で一色となり、華はどうにも苦笑いを浮かべずにはいられなかった。
——最功労者はミゼンなんだけどなぁ……。
ミゼンは魔術が使える事を隠しておきたいのだと、全ての功績を華へと押し付けて、討伐隊が凱旋の準備をする中、一人先に帰ってしまった。お陰で華は王宮へと向かい、報告をする羽目となった。
「こういうの苦手なのに……」
緊張して強張った顔のまま渋々王宮を訪れると、門の前で待ちわびていたかのように真っ先にヨハンが出迎えた。
第一王子が正門でそわそわしながら人を待つ姿など、誰が想像するだろうか。驚いた華とは裏腹に、ヨハンは華の無事な様子を見止めて心から安堵した表情を浮かべた。
「大義であった。アオイ・ランセル」
心なしかヨハンの声が震えている気がする。いつもより堅苦しい言葉を交わすのは、周囲に控えているヨハンの護衛兵達の目があるせいだと華は理解した。
「お約束通り、無事帰還致しました」
跪こうとする華に、ヨハンは首を左右に振って制した。
「良い、そのような事は無用だ。引き留めてすまなかった。一目そなたの顔が見たかっただけだ。陛下が謁見の間で待ちわびている事だろう」
会釈をして謁見の間へと急ぐ華の背に、ヨハンが再び声を掛けた。
「アオイ」
振り返った華にヨハンは「すまなかった」と言った。何に対しての謝罪なのか分からなかったが、華はニコリと笑って手を振った。
「行ってきます!」
「……ああ」
華は自分の顔が火照るので、思わず両手で冷やしながら謁見の間へと向かった。
——ヨハンの馬鹿。余計緊張してきたじゃない!
報告は簡単な物だった。殆どミゼンが話し、華がそれに対して間違いないと頷くだけで済んだので、難しい言葉を並べる必要もなく無事終える事ができた。
——ミゼンに大感謝っ!
華は邸宅へと戻り自室で一息ついていた。ヒナがランセル家に身を寄せている事をディードから聞いていたので、ハンナに戻る事はせず、アオイのままラフな服装へと着替えた。
アオイ・ランセルの英雄譚が轟いたお陰で、ランセル家の邸宅にはパーティーの招待状やら、祝福や感謝の品が山の様に届き、それを捌くのに使用人達がてんやわんやとなっているものの、賑やかで嬉しそうな様子だった。ディードも華にお茶だけ淹れると、そそくさと席を外してしまった。
コツコツと部屋の扉がノックされる音に華は返事をした。涙目になりながら蒼壱が飛び込んで来ると、「華の馬鹿!!」と、怒鳴り声を上げた。
「どれほど心配したと思ったの!? 心配過ぎて死ぬかと思ったんだからね!?」
「ごめん……」
「怪我とかしてないよね!?」
「全然だいじょ……」
「額の傷の調子は? どこか痛いところとかないよね!? ヨハンの奴、華をこんな目に遭わせるだなんて絶対に赦さないっ!」
興奮した蒼壱の息が上がっている。華は心配になって「蒼壱、分かったから落ち着いて!」と、蒼壱の両肩を掴んだ。
僅かに蒼壱の呼吸音に異音が混じっていた。
「華……お願いだからこれ以上心配かけないで。名声ポイントなんてどうだっていい。誰ルートになっても構わないから、無茶だけは止めてよ。俺、男なのに何の役にも立てなくて、不甲斐ない自分に呆れてどうしようもない」
華は蒼壱の背を優しく撫でると、ソファに座る様にと促した。
「心配かけてごめんね、蒼壱。でも、私決めたんだ。ヨハンを護るって」
「え……」
華の言葉に蒼壱は驚いて華を見つめた。いくらヨハンに恋心を抱いたとはいえ、どんなにか自分の身を危険に晒しても彼はこのゲームの攻略対象なのだ。ヒロインではない華に気持ちを向けるとは思えない。
しかし、そんな事を華に言って傷つけたくはないと、蒼壱は口を噤んだ。恋愛事に無頓着だった華が、折角思いを寄せた相手がゲームの中のキャラクターだとは皮肉過ぎる、と俯いた。
「そんなに心配しないで。大丈夫、アオイ・ランセルは稀代の栄養だもの!」
「英雄でしょ……?」
「あ、うん! そう、英雄っ!」
へへっと照れ笑いをした華に、蒼壱は小さくため息を吐いた。
「華はもう、俺と口を効いてくれないんじゃないかって思った」
「へ!? どうして!?」
「俺と顔を合わせるのを避けてたじゃないか」
「それは! 額の傷のこと、蒼壱に心配かけたくなくて……蒼壱はすぐ自分のせいだって思いこむんだもん」
「お互い様だよ」
「蒼壱だって避けてたじゃない。ミゼンと仲良くする理由が聞きたかったのに!」
「それは、華を巻き込んじゃうと思っちゃってさ!」
「巻き込むって?」
「もう、隠し事してる場合じゃないから話すけど」
二人はお互いに得た情報を交換し合った。ミゼンが二人の入れ替わりに気づいている事。四人目の攻略対象である隣国の王子フォルカーと会った事。ヒナと共に王妃教育を受けている事。ミゼンはヨハンを貶めて王位を継ごうという気が全く無いという事。
「うわぁ……スマホ欲しいっ」
「ホントだね。情報共有手段がアナログしかないだなんて不便過ぎっ!」
二人は文明の利器を恋しく思い、項垂れた。
「ハンバーガー食べたい」
と、ポツリと言った華の言葉に「俺はカレーが食べたいな」と蒼壱も自分の希望を口にした。
「カップ麺食べたい」
「俺は蕎麦とかうどんが食べたい」
「ポテチ……」
「華、ジャンクフードばっかりじゃないか!」
「ジャンクでもなんでも食べたいのっ! コーラも飲みたい、炭酸飲料ならなんでもいいから、ぷしゅっとしてぐびぐびーっとしたいっ!!」
「オッサンじゃないか」
「現実逃避くらいさせてよっ!」
「いや、どっちが現実!?」
蒼壱の突っ込みに華は「確かに……」と、大きなため息を吐いた。
「帰る為にはまずクリアしてみないとね。それで帰れるかどうかは分からないけれど、俺達に出来る事といえばそれくらいだからさ」
蒼壱が肩を竦めて小首を傾げた。
「それにしても、ミゼンの行動は不可解でしかないな。意地悪したいんだか優しくしたいんだかさっぱりじゃないか」
「でも、あいつ結構いい奴かも」
華は魔物討伐の報告を、ミゼンが殆ど発言してくれた事を思い出しながらそう言った。
「色々助けてくれたし、ヒロインがヨハンルートやミゼンルートにさえならなきゃ、ふつーにいい奴で終わるのかも」
「……俺はそうは思わないけど」
ミゼンは明らかに、華に対してと蒼壱に対してでは態度に食い違いがあり過ぎる。華に対しては優しいようだが、蒼壱に対してはあまり優しいとは言えない。ゲーム中でも小賢しいキャラクターだった彼が、アオイルートだからと完全に味方になるとは蒼壱には思えなかった。
「次ってどんなイベントがあったっけ?」
華の問いかけに蒼壱はすっかり忘れていたと言わんばかりにハッとした顔をした。
「ヨハンの生誕祭……」
思わず「げ」と声を洩らして、華は青ざめた。ヨハンの生誕祭はゲーム序盤で一番盛り上がるイベントだ。そこでヒロインと誰が最初に踊るかでエンディングルートに大きく影響するからだ。
今回の魔物討伐でアオイの名声は随分と上がっているはずである為、ヒナは恐らくアオイと最初に踊る事になるだろう。
だが、華が青ざめた理由は他にあった。
「どうしよう! 私、踊れないっ! ヒナの足踏み砕いちゃう!!」
「そ、それは止めて!?」
蒼壱もゾッと青ざめた。華のダンスの練習に付き合っていたディードの両足が、散々たる状態になっていた様子を思い出す。いくらなんでもヒナまでそんな状態にしてしまったら、アオイの評価は地に落ちる事が確実だろう。
「チェンジ……」
と、華が言った言葉に蒼壱は仕方なく頷いた。
「わかった。ヒナとは俺が踊るよ。ヨハンは出征パーティーでもハンナと踊らなかったから、きっと今回も踊らないだろうしね」
「ごめんね、蒼壱」
申し訳なさそうに手を合わせる華に、蒼壱は「全然」と首を左右に振った。
「ただ、あまり頻繁に入れ替わるのは止めておいた方がいいだろうね。ただでさえ俺と華は身長差もあるし、体格だってまるで違うんだもの。周囲がアオイとハンナの姿を見慣れないうちから入れ替わってたから良かったけど、今はもう俺がハンナ。華がアオイの姿で定着しちゃってるだろうからね」
華は蒼壱の言葉に頷きながらフト思った。
——ヨハンは、私がハンナの姿になったら、気づいてくれるのかな……?
期待と不安でチラリと華は蒼壱を見つめた。もしかしたら、ヨハンと踊る可能性が無いとは言い切れないからだ。
「あのさ、蒼壱。ゲームで『悪役令嬢ハンナ』は生誕祭の時どうしてたっけ?」
蒼壱は華のそんな考えにも気づかずに、サラリと答えた。
「ヒナへの評価が低い攻略対象と踊ってたと思うけど。つまり、ハンナと踊った攻略対象は、ルート解放がかなり難しいっていう指標になったんだ」
「何ソレ、私ババ抜きのババじゃない!?」
「悪役令嬢なんだから仕方ないって……」
華は「まぁいいけど」と言いながらも、少し面白くなさそうに唇を尖らせた。
「ねえ、蒼壱。おでこの傷痕は前髪で隠れるから平気だよね? いつもはバンダナ巻いてるんだけど」
「それ、ちょっと見せてくれる?」
華の前髪をかきあげて、蒼壱は傷の様子を初めて目の当たりにした。
——思ったより酷い傷痕だ。
と考えたが、蒼壱はニコリと笑って頷いた。
「大丈夫、化粧だってするし目立たないよ。今回は気兼ねせず、華も偶には着飾ってパーティーを楽しんだらいいじゃないか」
蒼壱は令嬢ハンナが周囲から高評価なのだから、ヨハン以外の男性にも目を向けることを勧める意味で華にそう言った。華は満面の笑みを浮かべて「うん! そうする!」と言った後、うっとりとした顔をした。
「美味しい料理沢山ありそうだもんねー」
——いや、そうじゃなくって!!
「ハンバーガーくらいあるかな?」
「……無いと思うよ?」
——まあ、ゲームの世界で恋人が出来ても悩むだけだからいいか。
と、蒼壱は小さくため息をついた。
コツコツと扉がノックされ、華が返事をすると、ディードが巨大な箱を抱えて室内へと入って来たので、華はぎょっとした。
「え!? 何それ。どうしたの!?」
「第一王子殿下からです」
「ヨハンから……?」
華は「一体何だろう」と言いながらも、少し嬉しそうに瞳を輝かせてリボンを解いた。華がいつもと違い妙に乙女な様子だったので、蒼壱は華が可愛らしく思えた。
ドキドキしながら箱を開けると、中には藍色を基調とした生地に水色の刺繍とオーガンジーのリボンがあしらわれた豪華なドレスが入っていた。
「もうすぐ第一王子殿下のご生誕祭がございますからね。婚約者のハンナお嬢様にこちらをお召し頂きたいのでしょう」
ディードの言葉に華は何も言わずドレスを見つめていた。僅かに唇を噛み、泣き出しそうな表情を浮かべている。
蒼壱はそれを誤魔化そうとディードに声をかけた。
「ディード、ヒナのドレスも用意しないといけないよね」
「ご心配には及びません。第一王子殿下がお心遣いくださり、ヒナ様のドレスもお送りくださいました」
「……え?」
蒼壱が少し驚いて声を発した。ヨハンが女性にそうも気配りが出来るタイプだとは思っていなかったからだ。
チラリと蒼壱は華を見つめた。華はドレスに視線を落としたまま、何も言わなかった。今まで華が考える事は手に取る様に分かっていたというのに、全くと言ってわからない自分に焦りを感じた。
「私は他の準備もございますので、これで失礼致しますね。お茶をお持ちしますか?」
「いや、大丈夫。ありがとうディード」
ディードはサッとお辞儀をすると部屋から出て行った。
「……華?」
心配になって声を掛けると、華は顔を上げて蒼壱を見上げた。ポロリと華の頬を涙が一粒だけ零れ落ちた。
「ごめん蒼壱」
「うん?」
「少し、一人にして」
ふっと泣き出すのを必死に堪える華を見ていられず、蒼壱は頷いて静かに部屋から出て行った。
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