第22話 魔物討伐2
王都より馬を西へと走らせて三日。途中他の騎士達と合流しながら目的地へと到着した華は、その惨状を見て絶句した。
深い森を抜けたその地は、小さな集落があり——いや、あったと言うべきだろう。家は破壊され、魔物に襲われた人々の遺体が散乱し、火災で燃えて消し炭となった残骸が散らばっていた。
近隣の街から駆けつけていた警護団の者達が、王都から派遣された騎士達の姿を見て、まるで救世主が現れたかの様に喜々として迎え入れた。
「お待ちしておりました!!」
被害状況は……と、とてもではないが聞く事もできず、華は僅かに頷くだけで唇を噛みしめた。
——魔物討伐イベントなんて、ゲームではミニゲームみたいな扱いだったのに……。
華の脳裏には『魔物討伐イベントが発生しました。誰を派遣させるか選んでください』という文字が浮かぶテレビ画面が思い出された。
ヒロインとの好感度を上げる為だけに用意されたイベントが、こうして目の前で起こってみると想像以上の惨状だとは。
とはいえ、アオイルートを確定させる為には魔物討伐イベントには参加しておいた方がいいはずだ。攻略対象の『名声』を上げておくことも分岐に必要なフラグだからだ。
「魔物達は夜になると群れを成して襲ってきます」
警護団の一人がそう報告し、華は「夜行性だからなのか?」と、聞きながら馬を下りた。
「恐らくは。しかし、こうも集団で襲って来ることは今まで無かったというのに」
ゲームの設定では、光と闇は常に対であり、強い聖なる力を持ったヨハンに次いで神聖力を持った聖女が現れた事で、魔物達もまた活性化されたという話だったはずだ。
——うっわ、悪循環じゃない。
華はゾッとして唇を噛みしめた。
「医療班は怪我人の手当に取り掛かれ。動ける者は魔物の襲撃に備えよ」
華の指示に従い、騎士団と警備団達が強力し合いながら野営を張った。
まだ合流していない騎士達も居るだろうが、敵の数が分からない以上戦力差も計ることができない。不安を抱えながら夜を待つしか無かった。
——静かな時間は報告を上げる声で一瞬のうちに終わりを告げた。
「ランセル卿、集落の西側より多数の魔物の姿を確認!」
森の中に配置していた守兵からの報告に華は頷くと、自らも弓に矢を番え、弓兵に指示を出した。
「射撃用意!」
——矢に限りがある。撃つのはひきつけてからだ。魔物達が灯りの中に足を踏み入れるまで待ってから……。
森の中を
必ず無事に戻るとヨハンと約束した。大丈夫、ここはゲームの世界だ。大丈夫……と、自分に言い聞かせる。
松明で照らされた広場へと魔物達が足を踏み入れた。
「撃て!!」
矢の嵐が魔物達を飲みこむ。華は次々と矢を
——ごめん。赦してね。私達も死ねないから。
魔物達が華の手によってあらかじめ地面に引いておいた線の場所まで差し掛かると、弓兵が下がり、騎馬隊が突撃を仕掛けた。華は先陣を切り、騎士達を従えて魔物達へと突進していく。
華の心の中はずっとサイレンが鳴り響く様に騒がしく、わざと余計な事を考えられない様にでもしているかの様だった。戦いに於ける恐怖よりも、失う事の恐怖が勝っていたからなのだろう。
華は討伐隊の精鋭達と共に戦っている様で、酷く孤独だった。
——ゲームの世界で、私、何やってるんだろ……。
華の脳裏には迷いが消え去る事はない。それでも誰よりも早く馬を走らせ、魔物の群れへと突進していく華の姿は、騎士達に多大な勇気を沸き起こした。
「前に出ては危険です!」
後方から放たれた声にも動じずに、華は馬の速度を緩めようとはしなかった。
大丈夫。私は死なないから! 誰かの傷付く姿なんか見たくないもの。それなら突き進まなきゃ!!
己を振るい立たせて先頭を走る華の横を、突如並走する者が現れて、華はその姿に思わず声を上げた。
「ミゼン!!」
長い房のついたピアスを揺らしながら、ミゼンはフンと鼻で笑った。
「全く、隊長が自ら先に突っ込んで行ってどうする気ですか」
——ミゼンは、私が女性だと言う事を知っている。
「もっとわが身を案じてはどうです?」
ため息交じりにそう言うミゼンの様子を見て、華は僅かにホッとした。自分の秘密を知る者がいるというのは、華にとってこの上ない安心材料だったなのだ。
華は孤独が少し和らいだせいか、戦いに対する恐怖が心を
「黙って!!」
「やれやれ、援護して差し上げますよ」
「私は大丈夫!」
華は精一杯の強がりを叫びながら、大型の魔物に向かって剣を振るい斬りつけた。
「貴方に死なれては困るのですが……」
ミゼンはつまらない事でもしているかの様に片手を
「私は死なない!!」
——攻略対象だもん! あんたもだけど。それに私は死んでもコンティニューがあるし。
とはいえ、ミゼンが来てくれて助かった。と、華は安堵していた。ミゼンはヨハンルートの終盤で凄まじい魔力の持ち主である事が発覚するキャラだったはず。彼の戦力があれば、この魔物達をいとも容易く殲滅させる事ができるだろう。
「……なるほど、確かに心配には及びませんね」
応戦する華の様子を見て、ミゼンがニコリと微笑んだ。華は騎士達をも守る余裕を見せながら、魔物達を次々と斬り倒していく。
戦況は討伐隊の圧勝だろうと思えたその時、森の奥から咆哮が
華の脳裏に、『魔物討伐は失敗に終わりました』という画面上の文字が浮かんだ。
——そうだ。失敗に終わる時もある。
ゲーム上では『名声』ポイントが手に入らないだけだけれど、実際は……。
「手を止めるな! 私が行く!!」
華はそう叫ぶと、ミゼンに「あんたもついて来て」と言い残して馬を走らせた。
「やれやれ。不本意ですが致し方ないですね。猪突猛進型はこれだから困ります」
ミゼンはため息をひとつ吐いた後、華の後を追って森の中へと向かった。
再び咆哮が響き渡る。森の中には巨大な黒い山があり、ギラリと光る一対の赤い目が華を睨みつけていた。
「なにこれ、でっかい狼……」
木々をなぎ倒した巨大な狼が華の姿を見止めた。表情など無いはずの獣の口元が笑ったようにも見え、華はゾクリと背筋を凍り付かせた。
——これはヤバイ、死ぬかも。またコンティニューかな。
華がそんな風に思った時、奴は更に大きく威嚇の咆哮を上げた。ビリビリと空気が振動し、馬が怯えて制御不能となり、華は仕方なく地面へと飛び降りた。機動力を失って、力でも到底敵わない化け物相手に華の弓を握る手が震える。
「なんにしても、見えなきゃどうしようも無いでしょ」
ヒュン!! と、華が射った矢が風切音を発して弓なりに飛び、獣の左目を射抜いた。断末魔の叫びと共に、獣は鋭い爪で辺りを引き裂き、木々を
華は邪魔な
しかし、獣は聴覚と嗅覚に優れていた。華の位置を的確に察知し、鋭い爪を以て木々ごと華をなぎ倒さんと襲い掛かって来た。
「!!!!」
その様子はまるでスローモーションの様に華の目には映り、ぬらぬらと光る
華の脳裏に蒼壱の顔が浮かんだ。
『全く、華はいっつも無茶ばかりするんだからさぁ!』
プリプリと怒りながらそう言う蒼壱の様子を思いながら、「ホントだね。ごめん……」と、華は小さく呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます