第18話 意地
王宮では連日ミゼンの略奪愛の噂で持ち切りだった。
華自身、何度か蒼壱とミゼンが二人で居る場面を目撃しており、蒼壱を問いただそうとするものの、ことごとく避けられ続けた。
邸宅でも食事を終えると蒼壱はすぐさま自室に籠ってしまう。華が何度声をかけても「体調が悪いから」の一点張りで、まともに会話を交わせないまま時間ばかりが過ぎていった。
ヨハンはというと、華との剣の稽古時も特段変わった様子も無く、華に問いかけることもしなかった。自分の婚約者であるハンナに対しての興味が無いのだろうと見て取れて、華は少し寂しく思った。
「嬢……じゃなかった、アオイ」
稽古場で剣を振るう華にフォルカーが声を掛けると、どっかりとその場に腰を下ろした。
「何? 今忙しいんだけど」
そっけない華にフォルカーは怯む様子もなく「ヨハンの奴がなぁ」と言葉を続けた。
「いじけてやがる」
ヨハンは稽古を早めに切り上げて、溜まっている公務を片づける為に王宮へと戻ったばかりだ。
華はうんざりしたようにため息をつくと、呆れ顔でフォルカーを見つめた。
「ヨハンが何にいじけてるの?」
「そりゃあ、婚約者を弟に取られたら誰だっていじけるだろう?」
「まさか。ヨハンはハンナに興味無いもん」
華は剣を振り下ろしながらフォルカーと会話した。
「ヨハンにも、噂の、女の子が、いるでしょ!」
剣を振り下ろす反動で途切れ途切れに話す華の言葉に、フォルカーは「ああ」とのんびりとした声を上げ、にんまりと笑いながら「黒髪の女の子な」と言った。
「黒髪の女の子!?」
素っ頓狂な声を上げた華にお構いなしに、フォルカーは頷いた。
「なんでも、異世界から来たとかって」
——異世界!?
「それってまさか、『ヒナ』?」
「おう。そんな名だったな。なんだ、嬢ちゃん知ってんのか?」
「え!? まさかっ! そんな気がしただけ!!」
「なかなかのべっぴんさんだぜ? 胸もでかいしな」
……ぐ……と、華は悔しさに顔を
ヒナと私は同い年の設定じゃなかったっけ!? なのにどうして私の方が発育途中なの!? おかしくない!? 普通悪役令嬢の方がスタイル良くないかなぁ!? ヒロインは平凡な女の子でさあっ!?
「そんなに悔しがることねぇさ。なーに、嫁の貰い手がなけりゃあ俺が貰ってやるから」
「結構ですっ!!」
フォルカーに怒鳴りつけた後、華はハッとして口を噤んだ。
——ヒナが居るということは、ゲームのストーリーが進んだということじゃない。早く蒼壱に知らせないと! ああ、でも蒼壱から避けられてるんだった!
「嬢……アオイ……ちゃん、よぉ」
フォルカーがしどろもどろに言葉を発した。最早誰を呼びたいのか全く分からないんだけど、と華はため息をつく。
「なに?」
「ちょっくら俺と剣の手合わせでもすっか?」
「は!? 今それどころじゃないんだけどっ!!」
「ヨハンの奴も公務で忙しいみてぇだし、俺、暇なんだよな」
「私は暇じゃないのっ!! っていうか、どうして王子のくせにあんたは暇なの!? 意味わかんないしっ!」
「ハリュンゼンは女王国家だからなぁ。王族内に女が生まれなかったから、第一王子の俺が仕方なく次期女王になる嫁探しにここへ来たってわけだ」
う……確かにゲームでもそんな設定だった気がする。と、華はぐりぐりとコメカミを指で押しながら思い出そうとした。
フォルカールートではヒロインのヒナを隣国の次期女王として連れ帰るというエンディングだったはずだ。そして、確かフォルカーとヒロインとの出会いはヒルキアの王都だ。お忍びで出かけていたヒロインと、同じくお忍びで出かけていたフォルカーが偶然出会う……って、あれ?
華はさぁっと血の気が引いた。
——まさか私、ヒロインとフォルカーの出会いを思いきり潰しちゃった!?
「嬢ちゃん、顔色がころころ変わってるが、大丈夫か?」
「私の癖だから気にしないで」
「どういう癖だ!?」
いや、待てよ? ヒナはアオイルートにしたいわけだし、別にフォルカーとヒナの出会いなんてどうでもいいんじゃない? むしろ邪魔して正解、ラッキー万々歳だったのでは?
と、華は考え直すと、ぶつぶつと呟いた。
「そっか、考えてみたら蒼壱とヒナだって無理に会わせる必要ないのか。私がヒナと仲良くなってラブラブしちゃえばいいんだもんね」
「……あんた、レズだったのか?」
「そんなワケないでしょう!?」
心の声が漏れていたとも知らず、華は怒り狂ってフォルカーを睨みつけた。
「大体、どうして嫁探しにヒルキア王国に来るわけ? 自分の国で探せばいいじゃない」
「俺はハリュンゼンでは顔が割れてるからなぁ」
「そりゃそうでしょ、王子様なんだし」
「どうせなら相手の本質ってやつを見極めてから嫁に貰いたい。そう考えると、自国の貴族令嬢達は対象外ってわけだ」
「王子様ってそんなに広く顔が割れてるものなの?」
「いや? 女遊びし過ぎた」
——こいつ、最低かもっ!!
思いきり嫌悪感
「冗談だって、本気にすんなよ。ただ、王族だからって堅苦しいのは嫌いなんだ。運命の女性ってやつに出会いたいが、なかなかそうもいかなくてな。気づいたらこんな歳になっちまった。ロマンを追い求めていると時の流れは早いもんだ」
——どこまで本気なのかさっぱりわかんない。
「嬢ちゃん、ヨハンの婚約者なんだろう? どうして弟と入れ替わったりなんかしてるんだ?」
「あんたに関係ないでしょっ!」
「教えてくれたっていいじゃねぇか。俺にまで塩対応するの止めろよ」
「……塩対応?」
小首を傾げた華に、フォルカーは「なんだ、知らねぇのか」と呆れた様に眉を下げた。
「ハンナ令嬢はヨハン殿下に塩対応だってもっぱらの噂だぜ? 贈り物は受け付けねぇわ、出征の時は無言で送り出すわ、凱旋時も知らんぷりだったってな」
——げ。お茶会でのヨハンの態度に怒ってたし、蒼壱は私の心配ばかりしてたし、思い当たる節しかないかも!
「まあ、それに対して顔色一つ変えないヨハンも氷の様に冷たいって言われてるけどな。氷に塩の冷え冷えカップルだ」
「ヨハンは悪く無いよ。私がちょっと……」
ちょっと……なんだろう。と、華は口を閉ざした。
なんというか、面白く無いと思っていた。先ほどフォルカーはヨハンがいじけていると言っていたが、華も自分がいじけて居たのかもしれないと考えたが、いじける理由についてはよく分からない。
小首を傾げる華を見て、フォルカーはふっと笑った。
「なあ、俺が嬢ちゃんを気に入ってるってのは本気なんだぜ?」
「あっそ、ありがと」
「やっぱり塩対応じゃねぇか」
華はクスクスと笑ってフォルカーを見つめた。
「ごめん。でも、私もあんたのことは嫌いじゃないよ。ハリュンゼンの王子様」
「フォルカーでいい」
ニッと笑うフォルカーの笑顔が嫌に眩しく見えた。流石攻略対象だと華は苦笑いを浮かべる。ヒナもフォルカーの様な男性には弱いかもしれない。背伸びしたい年頃の女子高生相手に大人のイケメン男性は、アオイにとって強力なライバルになるだろう。
「俺の笑顔を見て苦笑い浮かべるのはなんでだ? この令嬢殺しスマイルが利かねぇとはなぁ。どんだけ塩なんだよ」
「悪かったね、塩で!」
華は剣先をすっとフォルカーに向け、睨みつけた。
「そんなに言うなら相手してあげる! フォルカーが勝ったら塩対応は止めるよ。その代わり、私が勝ったらヒナの居場所を教えてね!」
「……そんなにって、一回しか言ってねーけど」
フォルカーからヒナの場所を聞き出して、なんとしてもアオイルートへと持ち込むのだ。
——ヨハンルートは……避けたい。高難易度だし!
華は自分がどうしてこうもムキになっているのか、苛立っているのかもよく分からずにフォルカーに当たり散らした。
「ホラ、さっさとしてよね!? 負けるのが怖い?」
ぷりぷりと怒る華が可愛らしく、フォルカーは声を上げて笑った後、立ち上がって剣を構えた。
「どこからでもかかってきな」
フォルカーが余裕綽々に手をくいくいと動かして華を挑発してきた。
「舐めてると痛い目見るよ?」
「確かに、あんときの投げ技は痛かったっけなぁ」
「それは……あの、ゴメンナサイ」
「ほらほら、落ち込んでるとヒナの居場所教えてやらねーぜ?」
「それは困るっ!」
華は床を蹴ると、フォルカー目掛けて突進した。
金属音が稽古場に響き渡り、華の手がビリビリと振動する。フォルカーに難なく弾かれて、華は再び剣を振るったが、それもまた弾かれた。
素早く後方に下がって弾かれた力を抜くと、すっと構え直し、今度はフォルカーへと突きを繰り広げた。
ヒュン!! と、華の剣が風切音を発する。
「へぇ? 思ったよりやるなぁ」
「当たりまえでしょ! 私はフェンシング部の助っ人だもん!!」
「……なんだそりゃ?」
「凄いってことっ!」
再び突きを繰り出した華の剣先をフォルカーは剣の腹で防ぐと、金属音が鳴り響いた。フォルカーはその音を聞いて咄嗟に「あぶねぇ!」と、声を上げた。
「言ったでしょ? 気を抜くと危ないって!」
「そういう意味の危ねぇじゃねぇよ!」
「どういう意味?」
「嬢ちゃんのその稽古用の剣じゃ、これ以上はあぶねぇってこった! そいつはあまり頑丈じゃ……」
「なにそれ? 負けるのが怖くて言ってるの? 手加減なんかしてあげないんだからっ!」
華は力を込めると思いきり突きを繰り出した。剣先がまたもフォルカーの剣の腹で防がれたが凄まじい金属音と共に刃先が折れ、はじけ飛んだ破片が華の額を切り裂いた。
——華の額からパッと血しぶきが舞う。
フォルカーは剣を投げ捨てて華を抱きしめた。彼の後方でガラリと剣が落ちる音が鳴り響く。
「い……たい。うわ、血が沢山」
華の額から流れ落ちた血液がフォルカーの衣服を朱に染めた。
「……すまねぇ。女の子なのに、顔に傷つけちまうなんて」
「あはは。ちょっと痛いけど平気だってば! 別にフォルカーのせいじゃないし。私が忠告を無視したんじゃない」
華の頬を涙が伝った。
——バカみたい。私、何をムキになってたんだろ……。なんだか、悔しくて、もう訳わかんない。
フォルカーは華を抱き上げると、親指の腹で優しく華の涙を拭ってやった。
「ヒナの所に連れて行ってやる。ヨハンの奴は隠しておきたかったみてぇだが、あの娘は癒しの力が使えるからな。安心しろって、嬢ちゃんの傷も綺麗に治してくれるだろうよ」
華を抱き抱えたまま、フォルカーはそっと顔を近づけると、華の頬にキスをした。
「治らなかったら、俺が嫁に貰ってやる」
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