第7話 華の策略

「お嬢様! どちらへ向かわれるおつもりですか!」


 華はディードの手をぐいぐいと引っ張りながら、邸宅内を駆けた。


「ハンナお嬢様っ!」


 ディードの悲鳴などお構いなしに全力疾走をすると、ノックもせず勢いよく蒼壱の部屋の扉を開け放った。

 室内で椅子に掛けて本を読んでいた蒼壱はびくりと身体を動かして華を見つめ、華はディードを室内へと押し込むと、顔だけを廊下に出してキョロキョロと見回した後、「暫くこの部屋に立ち入らないこと!」と、側に居た使用人に伝えて扉を閉じた。


「ど……どうしたの? ハンナ」


 ディードの前なので、蒼壱は華を『ハンナ』と呼んで問いかけた。華はサッと素早くディードの背を押すと、室内のソファへと座らせ、まるで丁重にもてなすかのような素振りをしだした。


「ちょっと、どうしたのさ? 一体何なの?」


不思議そうに眉を寄せる蒼壱に、華は切らせた息を整えながら声を発した。


「アオイ、魔物討伐に参加するんでしょ?」


 蒼壱は『ああ、その事か』と考えて、こくりと頷いた。


「そりゃあね。俺はまだ騎士見習いで、ゆくゆくは王の近衛隊に入隊する予定だもの。第一王子の初出征に同行するのは当然だよ」


 つまりは、ヨハンが戴冠した時の近衛隊に入隊する為の試練という事だ。華はぶんぶんと首を横に振った。

 身体の弱い蒼壱が魔物討伐だなんてとんでもない。もしも遠征先で発作が起きたらと思うと心配で心が潰れて華こそが死んでしまう。


「心配しなくても大丈夫だよ。俺はホラ、えーと。死なないし」


 つまり、ゲームのストーリー上、騎士アオイが死亡するということはありえ無いと言いたいのだ。華は「そうじゃなくて!」と、声を上げると、蒼壱の手を取りぎゅっと握りしめた。


「私と代わって!!」

「……は?」

「だから、私と代わって!?」

「……えーと、何を言ってるのかわかんない」

「双子特性を生かして入れ替わってって言ってるのっ!!」


華の言葉に蒼壱は唖然として言葉を失った。その背後で、ディードがソファに腰かけたまま「そういうことですか」と、ぽそりと言った。


「お嬢様。つまりは私にアオイ様の側で身支度のお手伝いを命じたいというわけでいらっしゃいますね?」


 ディードの言葉に勢いよく頷く華を見て、蒼壱は大きなため息を吐いた。


「何を無茶な事を。華、双子と言っても俺達は性別が違う。背も骨格も違うんだからそんな無茶な事できるわけが無いじゃないか」

「大丈夫だって! 蒼壱は細いし! ディードに手伝って貰ってコルセットで締めればボン・キュ・ボンだよ!」

「ボン! は無いだろう!?」

「胸は詰め物すればいいじゃない! 腰回りはパニエで膨らませられるでしょ?」

「身長はどうするのさ!?」


 華はドレスの裾をたくし上げると、「足をちょっと折り曲げたらいいじゃない」とサラリと言ってのけた。


「それ、死ぬほど辛い体制だと思わない!? 空気椅子状態じゃないかっ!」

「普段座ってたらバレないって。私と蒼壱は十五センチ差くらいでしょ? ヒールの無い靴にすればいいし、髪はヅラでも被ってさ!」


 ハンナが普段履いているヒールは十センチ程もあった。それを低めの物に替えれば多少は誤魔化せるかもしれないが、いくらなんでも無理がある。

 髪についてはハンナは栗色の髪を軽く巻いてある髪型に対し、アオイの髪は長髪を後ろにまとめただけのスタイルだったので、華がアオイに扮するのは割かし容易のようだと思えた。


「いやいやいやいや! 無理だって! 絶対バレるって!」


 華が言い出したら効かない事を知っている蒼壱は、全力で首を左右に振って拒否した。


「声はどうする気さ!?」

「できるだけしゃべらなきゃいいでしょ? ねぇお願い!! 蒼壱が魔物討伐に行く日の出征パーティーで、私、社交会デビューさせられちゃうの! 婚約者のヨハン王子と踊るだなんて、そんなの私が出来ると思う!?」

「俺だって女装してダンスなんかできると思う!?」

「私よりは品があるから大丈夫だって」

「それは同意致します」


ディードが口を挟むと、ニコリと微笑んで見せた。


「昨今のお嬢様のお転婆ぶりと言ったら、獣すら裸足で逃げ出します」

「……ディード。獣は最初から裸足だよ」

「失言でした。ですが、ごらんになってくださいませ。このままでは私の足が砕け散ります」


 ディードの足は両足共包帯でぐるぐる巻きにされていた。蒼壱は瞳をまん丸にしてそれを見つめ、素っ頓狂な声を上げた。


「ど、どうしたの? それ!」

「ダンスの練習に付き合わされて、何度もお嬢様に踏まれまして」

「ハンナ……スポーツ万能なくせに一体どうしてダンスだけダメなの!? っていうか、踏んだだけでああなる!?」

「えっと、なんかね? もぐら叩きっていうか……」


——もぐら叩き?

 と、蒼壱が片眉を吊り上げて不思議そうに華を見つめると、華は恥ずかしそうに人差し指をちょいちょいと合わせながらしどろもどろに説明をした。


「ひょこひょこ出てる足を見ると踏みつけたくなるっていうか……」

「は!? そもそもダンスって足元見ながら踊らないよね!?」

「だって、視界に入ると気になっちゃって!!」

「思いきり踏みつけるものですからこうもなりますとも」


ディードの言葉に、華は「ごめんなさい」と、涙目になった。


「お願い蒼壱。持ちつ持たれつでしょ? 魔物なら私がサクッとやっつけるし! 蒼壱は私の代わりに優雅に踊ってくれたらウィンウィンじゃない」


 確かに、これほどまでに攻撃力があれば、華に任せた方が討伐軍の役に立つ事は明らかだ。とはいえ、そんな危険な任務に女性を参加させる訳にはいかない、と蒼壱は煮え切らない様に唸り声をあげた。

 出征パーティーは見送りも兼ねる為、ヨハンの婚約者であるハンナはアオイと入れ替わる隙が無い。


「私がヨハンの足を踏み砕いちゃったりなんかしたら、魔物討伐も中止になって、第一王子への不敬で一族諸共処刑されるかもしれないじゃない!」

「え……」


 華の発言に蒼壱はサァっと血の気が引いた。

 言われてみれば尤もだ。先日のヨハンとのお茶会の話を聞く限り、相当マズイことをしでかしそうな雰囲気が濃厚だ。

 華は正義感が強すぎて頑固なところがある。本人が間違ってると思ったら猪突猛進型へと変異する為厄介極まりないのだ。

 それに比べ、討伐隊への出征とはいえ、宰相の息子でもあるアオイが前線に配備されることはまずないだろう。ゲームのオープニングムービーでもアオイは無傷で凱旋を果たしたのだ。むしろ華の言う通り入れ替わった方が安全かもしれない。


「……分かったよ。華の言う通りにする」

「やった!」

「その代わり、絶対に無茶をしないでよ? 約束して!」


 蒼壱の真剣な眼差しに、華はしっかりと頷いて応えた。


「勿論、約束するよ」


 華は心の底からホッとしていた。

 魔物討伐の遠征先は気温の低い地域だという。蒼壱が喘息の発作を起こす確率が一層高いと考えて、何が何でも代わりに行かなければならないと思ったのだ。


——蒼壱を危険に晒すだなんて、絶対にダメ。私は姉さんなんだから。

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