第十九話 FATAL BATTLE


 夜に踊り狂う黒と青。半透明のそれは振るわれる度に煌めきを空に残して、英雄譚のような輝きを纏う。

 現在、八硬級無機生命体、呼称〝黒船〟と交戦中だ。


 宝石の体が軋む音と、槍の穂先が空を切る音。


 上位個体のタフネスが生み出す、数え切れぬほどの触手を前に、前田十硬級鑑別官は隙を一切見せず、淡々とその槍で奴の力を削いでいっている。

「すごい……!」

 ダイアモンドのその戦いぶりに、射撃の隙を伺う琴森の感嘆の声が聞こえた。今、俺たちは、前田鑑別官が一人で相手する無機生命体の隙を伺い、総攻撃をかける準備をしている。

 前田十硬級鑑別官の代名詞ともいえる、海の青を思わせる鋭槍。〝鮫骨宝槍(シャークシャンク)〟。絶海の孤島となっていた十硬級の無機生命体〝鮫島〟を相手にし、そのアルフの体を使い作られた槍は、特異な性質を持っている。

「琴森。彼の技量も素晴らしいが、あの槍の力に寄るところも大きい。変異個体製の宝石武装は無機生命体としての特徴を受け継ぐことがある……そして、あのシャークシャンクが持つ変異個体としての性質。それは、〝引き寄せ〟だ」

 絶海の孤島の無機生命体。幸いにも、水を鉱物に転換することのできない無機生命体が海で体を育てるには、海底を喰らうしかない。しかし、とある理由で莫大な時間がかかるそれは、彼らにとって非効率的だ。そこで、この変異個体が生み出したと思われる能力は、海中における漂着物の引き寄せ。その能力である。

 俺の言葉を聞いた琴森が、じっと、戦う前田鑑別官と無機生命体の方を見る。

 彼女は、前田鑑別官目掛けて放たれた黒の触手が槍の穂先に吸い寄せられていることに気づいた。

「あっ……すごい。磁石みたいに引き寄せられてる。なんだ。じゃあ、冷泉さんの方が強いじゃん」

 戦闘中にもかかわらず、ふんだと琴森がそっぽ向く。

「……何を言ってるんだお前は」

 前田鑑別官の指示通り、一度見(けん)に回ったが、奴の動きは大体分かった。俺も参戦する。

「琴森。あの嵐に入り込む隙がほしい。一発撃て」

「了解です」

 彼女の返答の言葉も聞かぬ間に、右足で強く地を蹴り走り出した。大して合わせる気はなかったが、俺の動きに即応した山田鑑別官が、佐藤鑑別官の援護を受けながら同じく前に出る。勝負勘が冴えているようだし、いくら命令とはいえ、何の躊躇いもなく七硬級の剣で前に出るのだから、よくやる。


 琴森の鉱銃の発砲音がした。

 俺たちに向け放たれた新たな宝石の触手が、琴森のテキサスニウム弾により根元から断たれる。仕留めることではなく、俺たちが前に出ることを目的とした援護射撃。琴森も戦い方が分かってきた。


「山田鑑別官。私と前田鑑別官で一気に仕留めたい。援護を」

「了解した」


 盾をずいっと見せつけた彼は、攻めるように見せて防御に徹し、奴を攪乱させようとする。佐藤鑑別官が投擲する宝石の礫は、奴に対して一切の効き目がないが、敵を混乱させるにはうってつけだ。


 高すぎる知性は時として、足枷となる。


 山田鑑別官が俺の一歩前へ出て奴の視界を遮るようにしながら、剣で盾を叩いて振動を生み出し気を引いた。佐藤鑑別官の礫を体に受ける無機生命体に、琴森が独断で放った弾丸が貫通し、奴の動きが鈍る。


 紅色の刀身が、夜の帳を切り裂く。剣を真っすぐに掲げて。

 輝く切先はまるで、花を咲かせているよう。


 後ろへ下がった山田鑑別官と入れ替わるように、前へ出る。

 熱源の脈を出来るだけ多く断ち切るように、刀を袈裟斬りに振り抜いた。

 九硬級の刀身は、ぶちぶちと脈を引きちぎる。鉱物と鉱物がぶつかり合っているのにまるで肉を切るような感触で、奴の体に深々と傷を負わせた。

 脈を断ち切られたことにより、伝っての熱源の移動が難しくなっている!

「よくやったッ! 冷泉!」

「琴森ッ! 傷跡から一メートル十センチ上部、そこ目掛けて連射しろッ!」

 奴を仕留める絶好の機会に、前田さんがシャークシャンクを煌めかせる。俺の指示を聞いた琴森は息を止め、得意の速射の準備を始めた。俺と山田鑑別官は、琴森の射線を確保するため、一度後方に下がる。


 翠色の瞳が燐光を残す。

 前田鑑別官が、シャークシャンクの穂先を地に向け、刺突を行おうとした矢先。

 奴の体の熱が、明滅を始めた――――


 結晶構造の原子配列が入れ替わる。エネルギーの流れが反転し、今、全く別の生物と言っていいほどの変化を迎える。

「ぬっ?」

 前田鑑別官を呑み込む、宝石の奔流。

 奴の体がバキバキと割れ落ち、爆発するかのように自壊を始めた。宝石の粉塵に呑み込まれた前田鑑別官の姿は見えない。


 月明りの影で、その全貌を捉える。

 草刈り機の円盤のように変容した腕が、ぶつかり合って、粉末状の宝石を更に辺りへ霧散させた――

 視界が黒で覆われ、先が見えない。


 (爆発と霧状の宝石の散布……変異個体⁉)


『ぎぎぎぎががっぎギギギギギギ‼‼』


 叫び声のような、宝石と宝石がぶつかり合う音。しかし。放たれた琴森の金銀四発は宙を漂う黒の霧を切り裂いて、奴の熱源を貫かんと真っすぐに突き進んだ。


 着弾予測地点。

 黒の体……熱源に、まん丸の輪っかの穴が開く。


 琴森のテキサスニウム弾は空洞を真っすぐに通って、地に突き刺さった。


 (仮死状態からの蘇生……そんな避け方があるかッ⁉)


 紅色の輝きを強めて、目を凝らす。サーモグラフィーのように、宝石に合わせた色彩と明暗を描く視界。今、この大気そのものが、奴の熱を纏っていた。爆発の中心にいた前田鑑別官がどうなったかは分からない。焦りの表情を浮かべ、不敵な笑みを作る山田鑑別官は、佐藤鑑別官の前に立っておりその盾を構えている。


 宝石の腕が機械的かつ自然的な機構を見せている。腕を畳み込むようにしたそれは、何かの留め具に掛けられ、引き絞る弓のような、バネのような構造を持たせているようだ。

 剣を片手に握ったまま跳躍し、琴森の前に立つ。

「伏せろ琴森ッ! どちらか分からんが来るぞ!」

 ガキ、という音が鳴った後、畳みこまれていた腕が、死神の鎌のようにして放たれた。

 黒がこの空を、横一文字に叩き切る。

 弾丸の速度にも劣らない、そんな速さで放たれた一閃。それは、山田鑑別官と佐藤鑑別官の方へと――――


「ぐッ!」


 反射神経と山勘だけに頼った、その防御。

 山田鑑別官の盾が、真っ二つにへき開する。尻もちをつくようにしてたまたま回避した彼の背後にいる彼女は、今、宝石を握ったまま無防備に――


「あ や」


 ゴスっという音がなった後。パラパラと長い髪の毛が地に舞い落ちる。

 月明りの下、黒い影のように見えた頭が、サッカーボールみたいにくるくる回って、地に堕ちた。

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