第十八話 協力戦


 夜を抜け、白線の伝う道を走りながら、琴森にゆっくりと、その話を語り終えた。

 考え込むような、ちょっとした間が生まれた後、琴森が感想を述べる。


「……戦い方が、まるで違います。一歩も動かないはずの無機生命体が……」

「上位個体になると、先手を打ってくる。しかし、上位個体と戦うときにありがちな話なんだが……消耗戦に陥ることが多いんだ。本来は」


 カーブを曲がるために減速し、体を少し傾けた。


「中下位の個体であれば、結晶の触手を十本そこらしか生やせないが……上位個体ともなれば、数十、百にまで上る。それを削って削って弱らせて、初めて本体に攻撃し倒す、といった戦い方の方が多い。しかし今回のように、乾坤一擲の勝負を仕掛けに来る、ということもある」


 会話に集中していたからか、白線を踏みそうになっていたバイクを、引き戻した。


「確かな知性を持つ、敵となるんだ。硬級も高いから、武装によるごり押しも出来なくなるし、確かな技術と胆力、勝負勘がないと、殺されかねない。それと……変異個体というのがいる。その生存の過程の中で、異能を獲得した……進化個体とも呼ばれる存在だ。そいつらの戦いは独特で、恐ろしい。十硬級に到達するような無機生命体は、変異個体であることがほとんどだが……」


 ぎゅっと、腰に手を回していた琴森が、頭を俺の背にもたれ掛かせるような姿勢を取った。


「…………でも、冷泉さん。貴方は……私に話をするにあたって……勝った時の話を、するんですね」


 空白。


 確かに、彼女に奴らの恐ろしさを教えるためには、それが一番なんだろう。だけどまだ俺は、それに向き合えていないし、そもそもあれは、俺のミスで発生したことだ。


「…………ごめん。それは、できなかった。しかし今回は、ダイアモンドとその部下と共に戦うことになる。心配するな。俺もあの時とは違うし、琴森。お前だけは、俺が死んでも必ず生きて返す」


 彼女が返そうとした言葉を、エンジンをフルスロットルで開けることによって、遮った。


 目的地へ、真っすぐに突き進む。



 夜の冷気が、宝石投与を徐々に行う体の、鋭敏な感覚を刺激する。


 そこは、東京都港区、いや、東京都の中でも、有名な公園のひとつだった。既に周辺には国際無機生命体鑑別機関の職員や、秘密裏に協力を要請された国家機関の者たちが展開しており、民間人が入り込まないよう、網を張っている。


 東京の象徴とも言える赤い電波塔がそびえる、緑豊かな公園。この中に、どうやら上位個体がいるらしい。


 秘密裏に〝移住〟しているところを捜査員が発見したというこの上位個体。日食の日が近づくのに合わせて、上位個体が移動を開始していると言う情報が、各地の支部から本部へ集まっているらしい。


 公園の入り口。バイクを徐行させながら停車すると、そこには宝石武装を手にする二人の男と、一人の女がいた。


 バイクのエンジンを切り、停車させて、彼女と地に足を着ける。今日、琴森には、テキサスニウム弾を持ってこさせた。相手にとって、不足はないだろう。


「よし。総員、準備に抜かりはないな」


 円柱のように見えて、大量のファセットが作られた青い槍を手にする壮年の男――十硬級捜査官の前田豊和が、俺の後ろに座る、琴森をじっと見ている。


「冷泉八硬級鑑別官、ならびに琴森四硬級鑑別官、到着しました」


 彼に侍るように控えるのは、二人の鑑別官だ。近代的なデザインをした宝石の盾と片手剣を持つ山田七硬級鑑別官と、緊張と動揺を隠せない、髪の毛でお団子を作った、佐藤六硬級鑑別官がいる。


 山田はどこか不敵な笑みを浮かべた、無精髭の残る男性だ。佐藤の方は中くらいの背に大きな胸が目立っていて、その顔は長い前髪に隠れて見えない。


「ええ。私は、準備万端ですよ。冷泉鑑別官。琴森鑑別官。今宵は、よろしく頼もう」


「は、はい……わ、わたしも準備万端です。冷泉鑑別官、琴森ちゃん。同じ女性鑑別官同士、よろしく!」


 佐藤鑑別官が手を伸ばして、琴森の手を握った。きょとんとした顔の琴森が、遅れて満面の笑みを浮かべる。


「あっ! よろしくお願いします! 気軽に、えめちゃんって呼んでください!」


 前田十硬級鑑別官とは話したこともあるし、共に無機生命体と戦ったこともなくはないが、後の二人は、一度も会ったことがなかった。


 あごひげを撫でながら訝し気な視線を送る山田鑑別官が、小さな、されど強化された聴覚では聞こえてしまう、そんな大きさの声で言う。


「彼が〝狂犬〟……金剛石殺しと聞いたけどねぇ……」


 奥歯に力を入れて、強く歯を食いしばった。彼は、独り言を言ったに過ぎない。

 琴森が上目遣いで、こちらを見ている。


「佐藤、琴森の二名はバックラインだ。私、冷泉、山田の三人でフロントを張る。上位個体は一刻も早く駆除せねばならない……戦術陣形QとTの複合形で柔軟に行くぞ」


 事前に通達されていた作戦陣形を、改めて前田鑑別官が述べる。

 事前に要請もしていたが、改めて口にした。


「……前田鑑別官。出来ることなら、琴森はSに」


「……単独か? まあ確かに、その方が都合が良いか……そうしよう」


 頷きを返した前田鑑別官が、公園の方へ体を向けた。


 服の袖のボタンを押して、カートリッジから空になった宝石投与剤の容器を取り出す。そこへ新たに、紅色の宝石液で満たされた、新しい容器をセットした。


 全員が、宝石投与剤の、血脈を熱し拡張させるような感覚に荒い息を零す。


 隣に佇む、琴森の方を見る。上位個体との交戦となっても琴森は、宝石投与を行うことはしなかった。こんな戦いでもなお、彼女は宝石投与を行わない。そして俺は、それを咎めようとは思わなかった。


 何故なら、俺には見えている。


 それが何を意味しているかは分からない。そのことについて考えたくもあるが、今は目の前の戦いに集中する。


「全員、出来うる限りの宝石投与を終えたな。ここからは、奴の領域と思っていい。警戒を怠るな。行くぞ」


 街灯が、薄暗く公園を照らす。それぞれの武器を手にし、公園道を歩く俺たちの、息づかいと足音だけが、辺りに響き渡っていた。


 公園の隅。公道に面した場所に位置する、開国百年を記念し、米国から送られたある提督の頭像を取り囲むように、遠く、距離を取って展開する。


「止まってください。このラインです」


 頭像を中心に、十メートルほど。それが奴のテリトリー。


 一目見て、その存在の構造を確信した。未確認元素を大量に含んだ宝石の体。血脈の如く光を隅々まで行き渡らせるそれは、奴が凄まじい量のエネルギーで体を満たしていることの証。その熱源はまるで噴火直前の火山のように、煮えたぎって、溢れ出んばかりの力を押さえつけるように、鳴動していた。


 奴も戦闘態勢に入った。俺たちが何者であるかを察して、既に動き出そうとしている。


「琴森! 撃て!」


 レバーアクションの装填音と、速射音が鳴る。


 ピクリとも動かないはずのその頭像が、なめらかに動いて、今、笑った。


 地中から飛び出るように、人間の腕の形をした黒色の鉱石が、手のひらで掴み取るように琴森の弾丸を受け止める。続けて更に飛び出てきた腕の宝石たちが、包み込むように琴森の弾丸へ手を伸ばした。


 八硬級の無機生命体。九硬級のテキサスニウム弾を止めるにはかなりのパワーが要るが、その物量を活かし、弾丸の勢いを殺すことによって耐えようとしている――――


 琴森の銃の装弾数は、八発ほど。装填の隙を少しでも晒すわけにはいかないので、自衛のために数発は残しておきたいところだが、もう何発かは撃ってしまって構わない。


 琴森の方を見て、アイコンタクトをする。共に一ヶ月戦い続けた中。その動作だけで、彼女はすぐに俺が何をしてほしいのかを察した。


 膝をつき、射撃姿勢を取った琴森が、本体を撃ち抜くため黒色の腕の狭間を狙う。琴森の横に立つ佐藤鑑別官も、スーパーボール大の宝石を手にし、投擲の準備を始めた。



 紅色の残光を残す瞳が、奴の構成を暴く瞳が、変貌を迎える風景の前兆を捉える――――



 芝生、コンクリートの道路、縁石。その全てが、一斉に輝きだすかのような幻影を俺は見る。


 今! 俺たちが立っているこの場所が、宝石の熱で満たされた!


「全員! 回避!」


 都合、八秒ほどの攻防。


 化粧のようにされた芝生と土の表層に遮られ、その下に眠る本当の奴の体を見抜くことができなかった。わざと、体を小さく見せていた奴が、今奇襲を行う。


 振動を察知した前田鑑別官は跳躍、大きく距離を取り、前田鑑別官の動きを見た他の隊員も咄嗟に回避する。射撃を一度やめた琴森も、後転し像から距離を取った。


 瞬間。針山地獄のように、地面から鋭利な鉱石が飛び出ている。前田鑑別官が回避できるのは当然だが、俺と同じく前に出ていた山田鑑別官も難なく回避に成功したようだ。この男、前田さんの部下なだけあって、なかなかの手練れのようである。


「おーおー怖いねえ。警告感謝する。冷泉鑑別官。その実力に、偽りはないようだね」


 ガン、と宝石が弾かれる音がする。


 黒の無機生命体から放たれる追撃の拳撃を、山田鑑別官がその盾で上手く逸らした。七硬級の武装で八の攻撃を躱すとは、確かな技術を持っている。


 月明りに濡れた、煌めく黒の宝石の腕が、四本、俺の方にも飛んでくる。一番初めに到達した一本は首を捻って回避し、後の三本は遠逝を振るうことによって破壊した。


 黒の腕が、所在なさげに宙をゆらゆらと動いている。十硬級武装を持つ前田鑑別官のことを奴は警戒しているのか、まだ手出ししていないようだった。


 彼がバックラインを守るような立ち位置を取っているので、琴森と佐藤鑑別官の方に攻撃は行われていないようである。


 地面に生えていた針山がパキパキと音を鳴らしながら、剥がれるようにして、大地から離れていく。


 黒の宝石は今、丸めてこねられるハンバーグのように体を畳み込んだ。その後、薄く大きく、黒は広がっていく。


 黒色の六角柱を全身から生やし、先ほどまで擬態していた彫像の顔を全身から浮かべて、この世のものとは思えぬ、前衛的な姿となった。


 気づかぬ間に、戦闘の余波を受けたのだろう。近くの街灯がバチバチと漏電する音を漏らし、明滅を繰り返しては、奴の姿を断続的に見せている。


 全長、七メートルにも及ぶであろう黒の肉体に生える無数の六角柱は、彫像の顔と共に、ゆっくりとメリーゴーランドのように回転していた。


 宝石の触手を何本も生やし、まるで蛸のように移動を始める。

 自立行動。それは、上位個体の証。


「ひっ……」


 思わず漏らしてしまったのだろう。佐藤鑑別官の恐怖の声が聞こえた。ちらりと視線を送れば、琴森は口を噤んだまま、いつでも射撃が可能な状態で銃を構えている。


 奴の熱源は、体内で絶えず移動を繰り返しているようだ。全身に熱を送るために行われる、無機生命体の戦闘態勢。その結晶構造は徹底的に効率化が成された、美しさすら感じさせる配列だ。


 今までの戦いとは違う。まだ奴が変異個体の可能性もあるし、ここから先は、油断できない!


「一度私が一人で当たる。その後、隙を見て援護だ」


 前田鑑別官の指示が、強化された聴覚を刺激する。

 ぎゅっと、その存在を確かめるように刀の柄を握りしめた。


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