第十七話 上位個体(2)
カツカツと、五人分の足音がリズムを刻む。
終電後。明るい駅のホームの中で、安置されている車両。
そのうちの一つが、忽然と消え去っていた。
「…………」
先頭を歩く彼の背には、半透明の白があった。
両翼型の最高位宝石武装……〝翼連〟を生やすように背負い、刀型の宝石武装を握って先頭に立つ椿井さんが、周囲の気配を探る。その動きに合わせて、全員が立ち止まった。
刀の宝石武装を握る俺は、椿井さんの真後ろに位置取っている。
ジェムメカニックであり戦闘が本職でないものの、そこらへんの鑑別官より戦える茶花は、俺の左横に位置して大槌を握っていた。
青と赤の二刀を握る日高さんは、中央、前方も後方も援護出来る位置に立っていて、後方に立つ聡さんは、弭(はず)槍(やり)と呼ばれる弓の端に槍穂を付けた、簡易的な近接戦も可能なそれを構え、矢筒の位置を確かめていた。
四人、五人での戦闘を想定した戦術陣形Q。Q032。
Qの中でも、1‐3‐1を基本とする陣形。
最精鋭がフロントを張り、中央が後方を守りながら前方の一人を援護する戦術陣形。他の陣形への移行もスムーズに行えるこれが、俺たちが最も得意とするフォーメーションだった。
「隊長。惣一郎。見えるか」
矢を番えた聡さんが、俺たちに目配せをする。しかし、俺と椿井さんの二人が、首を横に振った。無機生命体のものと思わしき構造は、見えていない。
「警戒しろ。おそらく、奴は隠れていて――」
瞬間。俺たちの真上にあった駅の発車案内板――LED電光掲示板が、根元から断ち切られ、火花を散らしながら落ちてくる――!
「ッ!」
夜のホームに響き渡る、鉄とコンクリートがぶつかる轟音が鳴った。この程度の奇襲を避けるのは、当時の俺たちにとっては容易い。
ふと、天井を見上げれば、細く長く、伸ばされた宝石の触手が見える。その先は、駅の線路上の方へ向かって伸びていて――
駆動する結晶構造の先。その動きを見て、俺は顔を向けずとも確信する。
駅ホーム下。転落者が出た時のことを想定されて作られた、待避所。そこから宝石の手を掛け、登って来る敵の存在を認知した。
乾坤一擲の勝負を仕掛けんと、面を多く持ち剛健な、十本以上の触手を生やした水色の無機生命体が、その体を鋭利なものに変貌させ、突っ込んでくる!
真っ先に狙われたのは――すぐ近くにいる、姫内茶花。
先頭にいた彼が反応するよりも先に、それは彼女の元へ到達しようと――
茶花の肩を思い切り引いて、代わりに前に出る!
「がぁああああああああああああああああああああ‼‼」
刀を差し込み、宝石投与の筋力を用いて、奴の勢いを削がんと押し込むように動かした。
ドリルと金属がぶつかり合った時のような火花が散り、硬級で大きく劣る俺の刀に、罅がどんどん入っていく。ある程度耐えることは出来ても、時間稼ぎにしかならないし、奴にダメージを与えることができない。
後方にいる彼が、十硬級武装、〝翼連〟の、羽根型宝石の射出準備をする。
あと、二秒。
「シッ!」
後方にいた聡さんの速射が奴の結晶を傷つけ、そのエネルギーの流れに綻びを生ませる。硬級とは、エネルギーの差を表すものだ。だからもし、相手が上位の硬級のアルフだったとしても、そのエネルギーの弱い箇所を突けば……殺すことはできずとも、対抗することぐらいはできる。
目に紅色の輝きを灯し、奴の結晶構造を読解した。
破砕一歩手前の剣を一度引き、再び奴の体へ切り込む。右側に生えた八本の結晶の、右から三本目の根本。そこに流れるエネルギーの熱は、他のものに比べれば、細く、薄い。
刀が完全に砕け散る音がした。しかし、奴の勢いは確かになくなっていて、硬級で大きく劣る相手でも、食い止めることくらいはできるのか、と気づきを得る。
白い羽根の宝石が、上位個体の体を貫いていく。体をぐしゃぐしゃに、エネルギーの大動脈に当たる部分を貫通して、今、水色の体が地に伏した。
水色の屑塗れになった俺を、ペタンと腰を抜かして座り込む茶花がじっと見上げている。
紅色の瞳を胡乱げに動かして、彼女の方を見た。
「茶、花。無事か」
「うん…………うん。私は無事。そ、惣一郎。わ、私」
「大丈夫だ。立てるか?」
彼女の手を引いて、立ち上がらせる。ふらりと覚束ない足取りを見せた彼女が、俺の体にもたれかかった。
「……ありがとう。私、前も惣一郎に救われたけど……こうやって、命まで救われちゃうなんて。本当にありがとうね」
ニコッと浮かべた無垢な笑みに、当時の俺は、あぁ、と漏らすような声しか返せなかった。
焦った表情を見せる椿井さんが、俺たちの方を見ている。
「……お熱いところ、申し訳ないが。惣一郎。茶花。すまない。私が、気づけなかった。まさか、本体で特攻を仕掛けてくるとは……惣一郎。どうやって気づいた?」
「天井を這う水色の熱を見て、本体の動きを察したんだ。ほら、腕の動きを見ればさ。始動筋やらなんやらで、他の部位の動きも想像できるだろ」
「…………やはり、惣一郎。目だけなら、お前の方が私より良いものを持っている。どこまで見えているんだか……いや、私が衰えたか……」
羽根の宝石を広い集め、再び翼に取り込ませた彼。
確かな面を見せていた〝翼連〟という武器は角張り始め、最高の性能を発揮するには、再び加工する必要がある。
「もしあれが変異個体だったら、茶花が命を落としていたかもしれない。後処理を終えたら、フィードバックをしよう」
二刀を仕舞う日高さんが、提案をした。
俺たちはまた、あのシェアハウスへと帰る。
ああ。今思えば、彼の〝眼〟は、このときからだんだんと悪くなっていて――それか眼はそのままで、宝石投与でぼろぼろになった体が戦いに着いていけなくなったんだろう。
彼なら出来る。彼は最強だ。そういう自分の中で肥大化した偶像が、悲劇を招いたんだと思う。
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