第十二話 リメンバー アンド チェリッシュ ユア ストーリー
ツアラーバイクのライトが、止まれの字を照らし進んでいく。いつものように琴森を後部に乗せて、二人乗りをし、俺たちは哨戒任務に励んでいた。
最近、昔のことを思い出すことが、やけに増えてきたような気がする。
茶花が階段から転げ落ちたこととか、冷蔵庫にしまってあったケーキを盗み食いしていた犯人が日高さんだったこととか、そんな、なんでもない日々のことがほとんどだったけれど。
たまにこうして、だいじなできごとも思い出していた。
「冷泉さん~今日はあまり数がいないですね~」
「そうだな。ここ最近、アルフが増加傾向にあるようで懸念していたが……」
彼女と組んでからすでに、一ヶ月ほどの時が経っていた。
あともう一月も経てば、春も近くなる。空を揺蕩う白い息と別れることになるかと思うと、ほんの少しだけの哀愁の念が湧いた。
立体駐車場で六硬級無機生命体と交戦したあの日、彼女の実力を確信してから、俺は彼女を中心とする戦い方を続けている。そのおかげで、俺たちのスコアは信じられない速度で積み重ねられてきていて、もう少し頑張れば、鑑別機関におけるデュオの討伐記録に名を残せるのではないだろうか、といったぐらいだ。
人っ子ひとりいない夜道の中。歩道の脇にある、この世ならざる偽りの存在を発見する。
よくもまあ……わざわざ郵便受けを寄生先にする。
「……琴森。四硬級を発見した。奴の熱源の位置からして、あそこの建物の屋根から狙撃するのが良いだろう。セットアップするぞ」
「はーい!」
バイクを停車し、家屋の上へ、宝石投与により強化された身体能力を活かし跳躍で乗り移る。続く琴森の軽い着地音が、後方より聞こえてきた。
カフェインを多く取ったときのような覚醒する感覚に脳髄が満たされている。夢のような現実から醒める、冷ややかな感覚が、俺には心地よかった。
紅色の残光を残す瞳は、無機生命体と思われるポストの輪郭と仔細をはっきりと映した。この距離ならば、経費で落とし導入した単眼鏡も必要あるまい。
「射撃姿勢に入れ」
レバーアクションであるというのにうつ伏せの姿勢になった琴森が、すぅと息を吸い、止める。冬の霜のように凜とした表情を見せた彼女が、引き金を引いた。直後、聞こえるのは射撃音。
排莢され、宙を舞う薬莢を、右手で掴んだ。
熱源を貫かれたポストは、自立したまま、生命を失う。
破損箇所は少ない。貫通した穴を宝石で補修すれば、鑑別部隊の支援部隊が来るまでの間は、耐えることができるだろう。
今までは手間暇かけて慎重に倒すか、粉砕して完全に消失させることしかできなかったが、無機生命体の習性を利用し、先手必勝で戦いを終えることができている。やはり琴森といれば、圧倒的に効率が良い。
「よし。よくやった琴森。今まで刀を引っ提げて戦っていた身としては、楽すぎて驚きだ」
膝立ちの姿勢になり、チャキ、と銃口を夜空へ向けた琴森が言う。
「冷泉さんが弱点を教えてくれるからですよ。そこ撃てなかったら弾かれるし、傷を修復されるしで、すっごく時間かかるんですからね?」
「……まあ、確かな打撃をアルフに与えられる近接武器を好む鑑別官は多いが……それでも、だ。剣が銃に淘汰されていったように、鑑別官の武器も、時が経てば変わるんだろうな」
むっとした顔の琴森が、安全装置を上げ銃を背負う。
……こうやって、自分を卑下するようなネガティブなことを言いかけると、有無を言わさぬ態度で琴森はそれを否定してくる。一ヶ月の時を二人で過ごしてみて、最初はとんでもないバカだと思っていたが、だんだん意外と考えているところ……人の感情の機微に対して、聡い子なんだなって気づいてきた。最近は落ち着きも出てきて、一人前の鑑別官に近づいていっている感じがある。こうして打ち解けていって、お互い成長する感覚は、なんだか懐かしい。
今は高硬級との交戦を避けつつ、中硬級の掃討に徹しているというのもあるが、この一月で上げた俺たちの撃破スコアは、東京支部の中では最上位だ。それでこの前、東京の十硬級捜査官から直々に電話があり、お褒めの言葉を頂いている。
一瞬彼から、琴森に関する情報を何か得られるかと身構えたが……その代わりに、俺は彼からある話を聞いた。
『それで、冷泉。データベースにアクセスすれば分かるが、アルフ共の動きが少々きな臭い。今までとは比べ物にならないほど増加傾向にあるし、本部から……日食に関する知らせがきた』
『日食、ですか』
日食の日。それは、日高さんが提示した、俺が一時的に琴森と組まなければならない期間の期限でもある。
『そうだ。どうも、機関は日食の日に一斉にアルフどもが動き出すのではないだろうかという目星を立てているらしい。日本では観測できないはずだが……東京支部も、それに備え、当日は厳戒態勢に入るだろう。杞憂で済めばいいが』
どうやら、日高さんが日食の日を指定したことにも、意図があるらしい。
……琴森に続き屋上から飛び降りて、停車したバイクの方へ歩いて行く。
「……それで、琴森。その、話なんだが……」
制服の胸ポケットを漁り、翠色のデバイスを取り出す。宝石製のそれは、月明かりに照らされて、煌めいた。
「ええ。分かりますよ。その、二個目のファイルを開ける条件……『一ヶ月の時が経つ』ですよね?」
残された、三つのファイル。その一つを開け、日高さんが残した謎の真相に近づく時が、やってきていた。
知りたいという気持ちと、知らない方が良いのではないかという不思議な気持ちが同居する。
今というぬるま湯が、あまりにも心地よかった。
琴森を下ろし、ガレージにツアラーを停めて、帰宅した。
俺一人しかいなかったシェアハウスには今、琴森が無造作に購入するぬいぐるみやらで彩られ、色を失った景色は、上塗りされていくように変容している。
鑑別官という仕事はその特性上、昼夜逆転を前提としている。
そんなブラックな仕事故に、ウィンドウショッピングも出来ないと大騒ぎしていた琴森に、通販の存在を教えたのは、良かったのか悪かったのか。
ローテーブルのすぐ近くに置かれた、デフォルメされた亀のクッションがこちらをじっと見ている。視線を感じる。圧を感じる。
それを抱くわけでもなく、琴森は甲羅をお尻で踏み潰し座った。体を粉砕され、その重みに見上げるようにしている亀の顔が、どこか寂しげだ。
亀さんに憐憫の情を抱きながら、彼女の前にPCを置き、二つ目のファイルをクリックする。琴森のことだから日高さんから伝えられていたパスワードを忘れているんじゃないかと危惧していたが、こういったきちんとしたことはちゃんとマメに覚えるタイプなようで、問題ない。琴森は、トイレの電気をきちんと消すタイプだ。
「えぇーっと、入力しますね!」
人差し指二本だけを使いながら、器用に琴森がパスワードを入力していく。そのタイピングは、扱い慣れた者の速度だ。
サブスクの映画サイトの使い方を琴森に教えてから、電子機器が繋いでくれる空想の世界に琴森はご執心のようで、必然的にキーボードの操作が上手くなったっぽい。しかし、複数の指を使うよう最初に矯正しなかったせいで、人差し指だけになっている。しかし入力速度は速くて、器用なのか不器用なのか、脳がバグる。
「あーる、いーえむいーびーいーあーる、わい……」
パスワードがきちんと合っているか確認しているのか、読み上げボットと化した琴森が入力を終えた。
パスワードは……[Remember and cherish your own story]。
意訳するのならば、「思い出せ、お前の物語を」といったところだろうか。このファイルを作成した日高さんは、このパスワードに、どういった思いを込めているのだろう。
「ありがとう琴森。今、見る」
「前のは見れなかったですけど、私も見てもいいですか?」
「……それは、どうなんだろうか。いや、別に問題ないか……?」
ノートパソコンと向かい合う琴森の後ろから手を伸ばし、マウスを操作する。少しだけ鼓動を早くした心臓の存在を認識しながら、ファイルを開けた。
『《位置情報》ダーツバー アズミ』
「……は?」
自動的に検索サイトへ飛び画面に映し出されたのは、ダーツマシンが並ぶ、モダンな雰囲気のバーの写真だ。レビューには物静かな雰囲気でお酒とダーツ、そしてついでにビリヤードを楽しめると書いてある。
「わーなんですかここ。楽しそうなお店ですね」
「いや、その……なんというかここは、な」
そういえば、バーやカラオケなどの、夜でもやっている店に琴森と入ることはなかった。いや、避けていたというか……
画面の方へ身を乗り出すようにした琴森が、勢いよく振り向く。
「わ! 営業時間見たら夜までやってるじゃないですか。私たち行けますよここ。冷泉さん!」
……稀に発する琴森語ではない。日本語に翻訳せずとも分かる。
彼女はどうやら、ここに行きたいらしい。
……久しぶりに、顔を出すのも悪くはないだろう。
東京の、繁華街でもなんでもない町の外れ。物静かな、それ故に俺たちでも利用できていた、バーの前にバイクを停める。
地下へと続く打ち付けのコンクリートの道。黒一色のドアにかけられたOPENの看板は琴森のテンションを爆上げさせるのに十分だったようだ。彼女は十八歳だが……まあ、俺が大丈夫だったし大丈夫だろう。
かれこれ、三年ぶりだ。
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