第十話 えいゆうのげんせき


 突然銃剣突撃を開始した新人に、一瞬思考が停止する。


 真っ直ぐに駆けだした彼女は見たところ、舌の上で飴を転がしながら、射撃も開始せず銃剣を利用した近接戦闘に挑もうとしていた。



 こいつは一体何をしている⁉



「そんな単純な動きをするな! 振動に反応して無機生命体が――」


 琴森の動きを読み取った無機生命体が、琴森の周囲三百六十度で、紫水晶を展開させる。俺を遠ざけようとしながら、熱源を少しずつずらしていく奴はかなりの知性がある。もう七硬級まで進化寸前の危険個体だ。


 俺への攻撃を牽制程度にし、琴森の方にエネルギーを集中させる無機生命体。こいつ、琴森が負傷した場合俺が無視できないことを察して――――


 突き進む紫水晶の六角柱は、計五本。そのまま体を潰せてしまえそうなサイズの物が二本、鋭利に尖っているのが三本。


 時間差を付け周囲から飛来するそれを相手に、逃げ道は潰されている!


「琴森ィ!」


 駆けつけようとした俺を遮るように、格子状の紫が行く手を阻む。遠逝でぶった斬り、開けた視界に映ったのは――


 勢いよくスライディングをしながら、銃を最も近い六角柱へ向けている翠眼の少女。レバーアクションの高速二連射から、続いて銃を右方へ向け、別の六角柱に対し再び二連射。


 全く同じ場所を射貫かれた衝撃から、へし折れたアルフの触手は彼女の前方……俺の方に道を作り、包囲網を突き崩される。


 低姿勢から勢いよく飛び上がった彼女は後方へ振り返り、追ってきていた三本の六角柱に向け、宙に身を置きながら再び連射する。


 三発の射撃音。排莢された薬莢が、地に落ち甲高い音を鳴らす。宝石煙が揺蕩う。

 その全ては無機生命体へ命中し、同じように六角柱は破壊された。


「あっ! 銃撃っちゃったしぼろって紫落としちゃったやばい」


 懸念すべきポイントが決定的にズレているこの女は、銃を槍か杖の様に持ちながら、俺の元へ来た。勝手に背中合わせに立つ俺より背の低い少女は、唖然とする俺を不思議そうな目で見つめながら言う。


「冷泉さん。私も援護します。それと、〝熱源〟ってどこ辺りですか?」


「……今も移動を続けている。今は、天井を伝うあの鉄パイプの裏、あそこだ」


「あっあそこですね。やっぱり援護してください。狙って撃ちます」


「は?」


 俺の返答も聞かず、勢いよく飛び出した琴森は、堂々と敵に姿を晒しながら、膝撃ちの姿勢となり、銃口を天井の熱源へ向ける。

 当然無機生命体はそんな無防備な彼女へ向けて、その剣を向けた。


 雨の様に降り注いでくる死の紫水晶。琴森の射撃の邪魔にならないよう意識しながら、彼女の近くに立った俺は訳も分からず露払いをする。


 宝石の雨霰。


 破砕した無機生命体の塵と破片が、弾けて霧散した後、落下していった。その光景を尻目に、目をぱちくりと動かした琴森が、レバーアクションを高速連射する。


 やけくその射撃のように見えるそれは、一点に吸い込まれていくように。鉄パイプに阻まれ角度の小さい天井の熱源を、完璧に撃ち抜いた。


 コンクリートから飛び出ていた紫水晶が、ピタリと止まる。力を失った一部は自重に耐えきれずへし折れ、駐車場の床に落ちた。


 俺の指示した場所に完全な目星を付けた、視野の広さ。その狙いを完璧に撃ち抜く、照準能力。凄まじい反射神経。そしてそれに応えられる、確かな身体。


「冷泉さん! 守ってくれてありがとうございました!」


 ぺこりとお辞儀した琴森に、声にならぬ声しか、ぼくは返せない。


「弱点が本当に見えてるんですね! もう、ピタッと息絶えちゃいましたよ! こいつ!」


 銃を背に乗せ、キャッキャと琴森が飛び跳ねる。天井から生え、宙で固まったままの紫水晶の死骸を肘でビシビシとつついて、満足げだ。


(『ソーイチローに適切な人員がつけば、君はもっと、宝石のように輝ける』)


 日高さんの言葉が、頭の中に木霊した。まずは見てみろと、俺が受けた教導のやり方を真似て試してみようと思ったが、どうやら間違いだったらしい。


「えへへへへ。あの一瞬で合わせてくれるなんて、凄いです。私たち、相性ぴったりですよ!」


 無言で遠逝に紫水晶を喰わせながら、立体駐車場に出来たへこみや傷に対して、低硬級ほどの精度で周辺の地形を真似る偽装用宝石を設置する。


 俺に合う人員なのか。俺が合う人員なのか。

 今、確信を持って理解する。成績書の内容は、限りなく真実に近い。千年に一人の逸材(えいゆうのげんせき)。


「……冷泉さん?」


 沈黙を保つ俺の様子を見て、琴森が首をコテンとかしげる。何かを思い、だんだんと顔を曇らせている少女。しかし、この疑問の答えが分からないほど、俺は阿呆じゃない。


 彼女の創造性を、全力で手助けしろ。軍隊のやり方で均一化を図るのは、絶対的な間違いだ。先ほどの動きを、俺は叱るべきじゃない。


「…………素晴らしいな、琴森。よくやった。今後の戦いは、俺が援護に徹する側になった方がより効率的に無機生命体を狩れそうだ。今日は美味いものを食べさせてやる。何が良い?」


「わーいやたー‼ えっと、ケーキがいいですケーキ! とびっきり甘いやつ! イチゴとホイップですよ~!」


 下手したら戦闘の時より激しい動きで、琴森が飛び跳ね首を振り全力で喜びを表現している。このまま、抱きついてくるんじゃないかという勢いだ。どうやら彼女は本当に、甘党らしい。


「そうだな、こんな時間、店は開いてないから……」




(『ぅぅううううん! はっああああ‼ 整備終わったわよ! 疲れた! 甘い物食べたいわ。聡さん!』)

(《扉を勢いよく開けた茶花が、煤に汚れた顔をタオルで拭っている》)

(『……しょうがないね、分かった。腕を振るうよ』)

(『やた。お茶も入れましょう?』)

(《キッチンで騒ぎ始めた二人と、無言で手伝い始める日高さんの姿を見た》)

(《彼の反応を見ようとして、振り返る》)

(《白髪の、美麗な顔をした男の姿を見た》)

(『……またリビングが甘い匂いで満たされるのか。元気だね、皆は』)



 懐旧の念が、脳裏を駆け巡る。


 とっびっきり、甘いケーキ。ホイップは惜しまず贅沢に。甘い甘いイチゴを乗せて。


 ……まだ確か、材料が残っていたはずだ。秘伝のレシピもそのままのはず。手伝いに借り出されたこともある。きっと、俺だけでも作れるだろう。


「……俺の手作りでも、いいか?」


「わぁ……! もちろんです‼」


 完成させるべき、二人の戦闘理論は見えた。俺の課題は明確であり、その修正をすることによって、彼女をもっと輝かせられる。組む前はそもそも連携できるかどうか不安だったが、任務の遂行は間違いなく可能だ。性格は問題ないし、技術に大きすぎる差があるわけではない。ただ、一人だけで何人分の賑やかさにもなる琴森の朗らかな性格が、今の俺には辛かった。


 まだ、彼女が抱える秘密のことは分からない。正直なところ、今日一日で更に訳が分からなくなった。分からないことが増えた。果たして俺が見たあれは、本物だったのか。


 明るい笑みを浮かべる、みどりの少女の方を向く。


 もう一度じっと見てみれば、決してそれは嘘のものなどではなくて、現実のものであることを訴えかけてくる。彼女はこんなにも天真爛漫の存在なのに、その内側には、真逆と言っていいほどに恐ろしい、理解しがたい、名状し難い恐怖を孕んでいる。



 戦闘中、一度もかかなかったはずの冷や汗が、背中をツーっと通った。



 ……しかし、問題はない。無機生命体を倒すほどの実力があれば、鑑別官としての任務は遂行出来る。それだけ出来れば良い。


 謎に包まれた新人鑑別官。琴森詠芽を連れ、無機生命体を狩る生活が、これから始まる。



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