第九話 RUBY/EMERALD
デパート、という買い物を楽しむための場所にある、車を止めるためだけの立体駐車場という所で、私は彼と二人、立っている。
差し込む明かりに煌めく鉱刀を握る彼の瞳には今……昔、先生に見せて貰った、ルビーという宝石に近い、紅色の輝きが見えた気がした。
冷泉惣一郎八硬級鑑別官。
赤みがかった色の、さっぱりした短髪から与える印象とは真逆に、いつも暗い表情をしている彼。背は高くすらっとしていて、力はそこまで強そうに見えないけど、この前の夜見た刀捌きは、今まで見た誰のものよりも綺麗で、煌びやかだった。
身に纏う制服は赤のボーダーが入った戦闘装備で、多分、紅色の宝石を使ったモノなんだと思う。前、私の妹が作っていたような。
選ばれたパートナーだっていう彼は今、私の姿を見て、すごくびっくりしたような表情を浮かべながら、次ぐ言葉を見つけようとしている。
戦闘前。冷静沈着だったはずの彼の、私を見るその視線は、異質そのもの。理解を拒みたくなるような、文字通り絶句した表情をしている彼は、何を考えているのだろう。
やはり彼は〝眼〟を持っていて、私の本質を見抜いてしまう。曖昧なビジョンの上で映し出される、私の姿。
生唾を呑み込んだ彼は、血色を取り戻す。
「…………俺の眼は、無機生命体の結晶構造を見抜くとともに、その体に巡るエネルギーを、視ることが出来る。そして、その全てのエネルギーの流れが交わる地点……無機生命体の〝熱源〟を見つけ出し、その一点のみを破壊することによって殺して、無機生命体を今まで一人で相手にしてきた」
彼曰く、無機生命体はそのエネルギーが巡る朧気な交差点……彼が熱源と呼んでいるそれを破壊されることによって、生命の原動力を失い、その体のみを残すという。昨夜は肉体をバキバキに破壊して息絶えさせたけど、あの体を綺麗に残したまま、倒せちゃうんだってさ。
「この程度の硬級の無機生命体であれば、先制攻撃をしてくることはほぼない。だから今から熱源へ近づいて、一気に仕留める。多少の損壊であれば、バイクのケースにある
昨夜よりもずっと、真剣そうな表情を見せた冷泉さんが、刀で空を切り、下段に構える。紅色の反射光が、私に何故を問いかけなかった戦うためだけの意思が、私に勇気をくれた。
徒歩で階段を上っていく。エレベーターは使わない。もし無機生命体に侵されていたら、潰されてしまうかもしれないから。
灰色のコンクリート支柱が、規則正しく並んでいる。点灯したままの照明は、カチカチと点滅していた。地に描かれた白線は、視界の中で対称的、規則的に並んでいるように見えたけど、冷泉さんの言葉を聞いてよく目を凝らしてみれば、左奥から六本目の白線の角度が、直角ではなくほんの少しズレている。
視線をこちらに向けず、背中しか見せない彼が今、低い声で。
「琴森。こいつ相手には、六硬級を使え。九硬級では、倒壊する恐れがある」
彼の言葉を聞いて、今現在装備している鉱銃に装填されている弾丸は何だったかを思い出す。ライフルの方は、茶色いのを装填していたはずだけど、リボルバーの方は金銀の方だったはず。この戦いで、リボルバーは使わない方が良いかな。
「無機生命体との戦いで、厄介なのはこのような建造物そのものの一部が浸蝕されているようなときだ。全方向に注意を払え。避けるだけでいい。今日は俺一人で
刀の切っ先を前に向けた彼が、彼にしか見えていない熱源目掛けて跳躍する。あいつのは、天井にあるのか。
命の危機を感じ取った無機生命体が、突如として動き出す。
岩の中に埋もれる原石のように、コンクリートの中から数十本。紫色の結晶体が生え出るように湧き出した。
明かりに照らされるそれは、一斉に輝き出す――!
「――――ッ!」
彼が放った一振りは、阻むように飛び出た宝石の触手に受け止められている。大きな裂傷を紫に負わせたものの、その傷跡は埋まっていくように再生して、再び動き出した。
「チッ……」
右方から。左方から。あちこちから飛び出る宝石が膨らんで、鞭のようになって、冷泉さん目掛けて振るわれていく。風を切り、しなるそれはとてもカチカチの石のようには見えなくて、やっぱり、こいつらは生きているんだなと実感した。
その場で踊っているかのように鳴り響く、彼の足音。
タイヤ痕のように付いていく足跡は、彼の立ち回りの複雑さの証左。
点滅する照明で場の明暗が繰り返される度に、冷泉さんのいる位置が変わっている。背中に目でも付いているのかという、高速戦闘。
そこでは、できるだけ熱源から遠ざけたい無機生命体と、できるだけ近づきたい冷泉さんの攻防が行われていた。
出口標識を弾き飛ばし、番号が描かれたコンクリート支柱から、縦に鞭が振るわれる。体を反らしたギリギリの回避ついでに、紫水晶を断ち切る冷泉さん。
彼の冷徹な瞳は、宝石の始動を完全に見抜いている。今、まるで万華鏡に映る景色のようにファセットを変えた無機生命体の触手を見て、下から六角柱が飛び出ることを読んだ彼が、地中から音もなく突き出たそれを後宙で回避した。その間も、彼はその紅い眼を無機生命体から逸らしていない。
翻る戦闘装備の裾。紫色の破片に濡れる紅色の鋒。
冷泉さんは、自分はずっと単独だって言っていたけど、納得だ。こんな動き、他の人には真似できない。彼は確信を持ってこの立ち回りをしているけれど、他の人からしてみれば、このギリギリをきっと信用できない。彼の能力の真髄は、弱点を見れることじゃなくて、きっとその過程を見れることにある。
じっと、彼の戦い方、彼の刀の振り方を見た。
痺れを切らしたっぽい冷泉さんが、紫水晶が集まる支柱に目を付ける。
えっと、その次はドシュッ……じゃない? あれれ。なんか、知らない人の戦い方も混ざってる?
あーでも大体分かるかも。きっとこれぐらい分かれば、大丈夫だよね。でも、大体のままじゃ銃バーンして誤射ったらダメだし……
うーん。飴舐めよ。舌の上でころころ。あまいあまい。あまいのしか知らないけど、あまいのが一番。あ、糖分補給したら良いこと思いついた。
「冷泉さーん! えめちゃん、混ざります!」
背中で鉱銃を回転させ、構える。
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