第八話 立体駐車場


 勉強で疲れているんだろうと、許してやったのが間違いだったんだろう。


 ソファで爆睡しいびきをかいていた琴森を叩き起こし、二人でバイクに乗って夜の千代田区を巡回する。道中、発展した都市を横目に、無機生命体がいないかどうか目を凝らした。


「……徒歩でも頑張って見なきゃ分からなかったのに、こんなスピードで冷泉さんは分かるんですか⁉」


 ヘルメットのバイザー越しに驚きの表情を見せている琴森が、視界を過ぎ去っていく無機生命体が擬態出来るであろう様々なモノを確認しようと、首を右往左往させている。


 口元からは甘い匂いが香ってきていて、どうやらまた飴を舐めているようだ。


「鑑別官は手が足りないからな。流石に機関を出たての新人はこんなことできないが、ある程度熟練のものなら出来ると思うぞ」


「えー! すごいですね! 出来るようになりたいですがえめちゃんは今できないので、冷泉さん見つけてください!」


「……はいはい」


 スロットルを開け、加速する。毒されてきたのか、だんだん慣れ始めた自分が恐ろしい。速度を上げたのに合わせて、楽しげな声を上げた琴森が、左手で俺の肩を掴んだ。


 東京のような大都市で鑑別を行うのは、他の地域に比べ、非常に難しいと鑑別部隊では言われている。建造物は多く、無機生命体が隠れられる死角となる場所だらけだ。建物の内部に根付き、そこから浸蝕を始めて行く個体もおり、鑑別官による巡回のみでは、発見が大いに遅れる。


 故にこの町では、国際無機生命体鑑別機関に所属する、捜査員と職員の活躍が多い。


 バイクのハンドル付近に取り付けてあるデバイスから、鑑別機関のOSを通して一件の通知が入る。俺とはあまり縁のない、都内にある高級志向のデパートに隣接する、立体駐車場が無機生命体に浸蝕されているのが確認されたらしい。


 いきなり車が消えてしまう、という噂のある駐車場。盗難が疑われ警察の捜査が入ったが、何の痕跡も見つからない、という事件が立て続けに起き、裏のルートを通して知った機関の職員が、調査に赴いたようだ。


 推定硬級は六から七となり、このまま放置し続ければ、真昼の世界に無機生命体の存在が気づかれかねない。しかし、悲しきかな。今動ける鑑別官の中で対応が可能と思われるのが、俺たちだけだったようだ。


「琴森。支部から連絡があった。今から討伐に向かう」

「はい!」


 ウィンカーを点け道をUターンし、そのデパートへ向かって、来た道を戻っていく。懐にしまったリボルバーの存在を確かめるように、琴森がグリップを握っていた。


 バイクを飛ばし、三十分ほど。くだんのデパートはすでに閉店し、明かりはない。隣接する立体駐車場は、五階ほどまであるようで、外から見た限り、駐車している車は見当たらない。


「……冷泉さん。分かりますか?」


「すでに職員が鑑別自体は済ませたようだが、身の危険を感じて引き上げたらしい。しかし……これは……」


 灰色のコンクリートで出来上がった、立体駐車場の姿を見る。俺の目には、その上半身の一部がズレて見えた。耐震性なども考慮して立てられる建造物が、こうなることは絶対にない。


「おそらく……この立体駐車場、四分の一ほどが既に無機生命体と化している。推定硬級は……六の上位だろう。いつ上位個体に進化してもおかしくない」


「……こんなにおっきいの、倒せるんですか? それに、崩しちゃったらどうすれば……」


「本来はこうならないように早期発見に努め奴らを駆除するんだが……クソ、道理で俺に話が回ってくるわけだ」


 大きくため息をつき、新人である琴森を連れこんな面倒な任務をしなければいけないことにイライラする。やはり、鑑別官は人員不足だ。


 こんな、上位個体となる七硬級に進化寸前のものを放ってしまわなければならないほど鑑別状況が切迫しているなんて……しかし、この町には他の支部と違って十硬級鑑別官がいるのだから、まだマシであるという事実がただただ恐ろしい。


「冷泉さん。これ、どうやって倒すんですか? バカーンってやったら、明日の朝大騒ぎになっちゃいますよね」


 うーんと腕を組み唸る琴森が、俺の方へ視線を向ける。


「琴森。お前が戦った無機生命体は粉砕され、肉体を銃に取り込まれたが……上手く無機生命体を狩れば、体を擬態時の状態にしたまま、殺すことが出来る」


「……なるほど。そんなことが。けど、殺した後は、どうするんですか?」


「工事と称し、少しずつ本来の建材などにすり替えていく。失敗すれば、事故として扱うしかないな」


 バイクを立体駐車場の外に止め、二人下車する。俺は遠逝を装備し、可変式装備を交戦状態のものに切り替えた。


 軽装備へと変容していく衣服の音を聞きながら、宝石投与の注入音を肌で感じる。六硬級を相手に、より強度の強い宝石投与剤を用いた。


 宝石の熱源は五臓六腑を回っていくように動き、冬の冷気の中。呼気に紅色の輝きが混ざった気がした。


 琴森はバイクのサイドケースを開け、レバーアクションの鉱銃に銃剣を取り付ける。これも当然のように高硬級のものであり、どこから手に入れたのか、思わず笑ってしまう。彼女が着ている服も今、戦闘状態へ姿を変えたが、やはりまた、宝石投与の音はしない。


 東京。霜空の夜。コツコツと音を立てて、立体駐車場の中へ足を踏み入れる。砂や砂利が付着した鉄製の階段を上り、無機生命体が浸蝕している上の階の方へ向かった。


「……どうやって上手く殺すかということに関して、少しだけ、俺の話を今からしよう」


 駐車場の中に設置されたカーブミラーが、銃を両手で持ちながら、俺に着いてくる琴森の姿を映している。眼は冴え渡り、鉄骨の構造が見えて透けた。



 無数の線と点を折り重ね紡がれた物質の構造は、見慣れたこの蒼い星のモノだ。



「琴森。俺はお前が着任してくるまで、この三年間、ずっと単独で活動していた。本来無機生命体との交戦というのは、危険極まりないもので、チームでの交戦が定石、いやルールとなっている。しかし、俺は単独で戦い続けた。そしてそれが出来た理由が、きちんとある」



 カツカツと、コンクリートを蹴る音だけが響いている。普段は明朗な声を上げる琴森も、無機生命体が近くにいるとあっては、いつも通りとはいかないらしい。


 立ち止まって銃を手にしたままの、琴森の姿を見る。立ち止まるのに合わせて、編み込みのある淡緑の頭髪が、ゆらりと動いた。


 ……物静かにしている彼女は、翠玉のように美しい。

 彼女の方に体を向けながら、自分の人差し指を目元に当てた。



「この眼なんだ。琴森。俺は、この眼を使って、無機生命体を狩り続けた」



 彼女の姿をじっと見つめる。そこで見えた構造は――――




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