第七話 硬級について(2)


「鉱物の上下関係を表すものといえば……モース硬度って知っているか? ダイヤモンドを頂点に置き、鉱石そのものの硬さを示す指標のことだ。それと同じように、俺たちが所属する国際無機生命体鑑別機関は、未確認元素を含む鉱石の優劣を測るために、全く別の指標を導入した」


「それが、硬級と呼ばれるものだ。この上下関係は、鉱刀などの武装、鉱物で体ができている無機生命体にも適用され、その上下関係を示している」


 ここからが重要だ、と強調し、フロストライトとシェリフライトを握って、ぶつけ合うような素振りを見せる。


「いいか。琴森。無機生命体が詳細不明の方法でエネルギーを操り慮外の力を生み出していることは、機関に所属する人員であれば皆が知る事実だが、そのエネルギー源については明らかになっていない。しかし、それぞれの鉱石は、そのエネルギーを生成出来る量、保有できる量に差異があり、優劣を抱えている。このエネルギー量を測る指標が、硬級だ」


 ぱちくりと動く彼女の瞳の向こう側に、翠色の燐光が見えた気がした。


「……そしてそのエネルギーを保有する鉱物同士が激突したとき……必ず、そのエネルギーをより多く保有していると思われる鉱物が勝って、もう片方の鉱物に傷を負わせる。硬級で勝る鉱物は、必ず下位の鉱物の破壊を可能とし、逆に下位の鉱物は、上位の鉱物を破壊することができない。そして、同位のものであれば傷つけ合う。そういった絶対的な法則が、無機生命体から生まれる鉱物には存在する。一の差であれば技術や脆い部分を突くことによって対抗もできるが、二の差ともなれば相当の手練れでないとアルフとの交戦そのものができないし、三以上ともなればガラス細工のように破壊されてしまう」


「そのえねるぎーっていうか……不思議ぱわーは、どこから来てるんですか?」


「……今、国際無機生命体鑑別機関の研究部門が必死に探しているが、分からない。しかし、経験的な見方として、強力な無機生命体が加工された原石……輝きを増す宝石の様な形をしていることから、光を上手く捉えられる形状をした鉱石は、より多くのエネルギーを保有しているのではないだろうかという推論がある。太陽光を使って、何らかの方法でエネルギーを得ているのではないか、ってことだ。実際、俺たちの武器も宝石の形状を再現している」


 刀というには似つかわしくない、宝石のように作られた面の数々を撫でる。


 刀や剣であれば、ソードファセットという加工方法が用いられており、琴森の弾丸にはバレットファセットというカッティングが行われている。無機生命体の宝石としての強さと、武装としての強さの両立を目指すそれは、かなりの技術を必要とするらしい。


「だから、冷泉さんの刀はたっくさんの面があるんですね」


「そうだ。この紅い鉱刀は、九硬級のある無機生命体を加工して作られたんだが……耐久性と殺傷力を維持しながら、ここまで美しいファセットを作ることはなかなか出来ない。これを作ってくれたのは、俺の前の腕の良い同僚だ」


「へぇ……」


 本題に入ることを示唆するかのように、喉を鳴らす。


「……ここからが、実戦的な話だ。琴森。昨夜のことを思い出してほしい。俺たちは二度、推定硬級が五硬級ほどの無機生命体と交戦した。先ほどの法則に則って言うと、こいつを撃破するために必要な武装はなんだ?」


「えっと……五以上のものです」


「そう。その通りだ。逆に言えば、一から四の硬級の武装では、歯が立たないということになる。奴らを倒すには、五硬級以上の武装が必要、という訳だな。そこで言うと、琴森。君が今所持しているこの弾丸と鉱銃は、九硬級のものだ。すなわち、君は今非常に危険な個体である九硬級の無機生命体とも交戦できる状態にあるということになる……」


 そろそろ、言わんとするところを察してくれるかな、と思ったところで、琴森が口にした。


「……それを考えると、五硬級のむきせーめーたいをあいてに、この金銀弾を使うのは、もったいないですね。九硬級のに使った方が良いです」


「そういうことだ琴森。数等級上位の弾丸であれば、下位の無機生命体を瞬殺出来る。人命がかかっている場合などであれば、思いっきりぶっ放していい。ただ普段は、別の弾丸を使おう」


 そうしないと、俺の身が持たない。高硬級の武装は、無茶苦茶希少で金がかかるんだ。いくらかかるか想像したくない。


「……高硬級の武装を持てる鑑別官は、より多くの無機生命体と交戦できることとなり、必然的に危険な無機生命体と交戦する回数が増える。すなわち、鑑別官の階級を示す硬級というのは、使用を許可された武装の硬級を示していて、その鑑別官の実力を示す指標ともなっているんだ。武器が強くても、本人が弱かったら話にならないからな」


「じゃあ、冷泉さんはすっごく強いんですね! 八ってことは……えめちゃんの二倍ですよ! あ、でも、持ってる武器は九硬級なんですね?」


「……これは曰く付きのものだから、特別な許可が下りて使わせて貰えることになったんだ。琴森も……同じようなものだろ」


「よくわかんないですけど、多分そうですねー」


 ぽえーと気の抜けた表情を見せる琴森が、ソファに寄りかかる。


「琴森。これからは……そうだな、フロストライトとシェリフライトを主に携帯し、テキサスニウムは切り札として少し持つ程度にしろ。今お前が持っているものは、保管庫で厳重に管理しておく」


「いえっさー!」


 ビシッと敬礼をした琴森が、ソファに飛び込んで、クッションを胸に抱く。とりあえず、座学の部分で絶対に教えなければいけないことはもうない。お勉強タイムを終えたが、俺たちが行動できる、深い夜まではまだ時間がありそうだ。


 気づかぬ間に琴森の紅茶が空になっていることに気づいて、もう一度用意しようと、コップを掴み立ち上がる。


「あ、そういえば冷泉さん。ちょっと、気になったんですけど……」


 キッチンの方へ向かおうと、背を向けたとき。彼女のその言葉に頭を少し動かして、視線を後方へ送った。



「冷泉さんの、キラキラの刀。名前の〝遠逝〟って、どういう意味なんですか?」



 予想外の質問に、面食らう。

 彼女は、花の……椿のマークが彫られた柄に指先で触れていた。


 少しだけ、コップを持つ手に力が籠もる。この刀に遠逝という銘を付けたことに後悔はない。後悔はないが、それでも、あの日見た彼女の抑えきれない怒りの表情を、思い出してしまった。


 ……茶花は、元気にしているだろうか。聡さんはあれきりどこへいってしまったのか分からないし、日高さんとは昨日会ったばかりだが、結局、海の向こう側で何をしているのかなんて知らない。


 ああ。自分だけが、ずっと囚われて、取り残され続けている。


「冷泉さん?」


 翠眼の少女が首をコテンと動かして、じっとこちらを見つめた。彼女はこちらを慮るような、笑みのない表情を見せていて、感情を見透かされたということに、目が点になる。


 ああ。そうだ。今は、任務に集中しよう。俺には、新人が付いたんだ。俺に何があったとて、彼女には関係ない。彼がやったみたいに、俺もやるんだって。


「……いや、琴森。ごめん。考えていただけだ」


 空になったコップをキッチンのカウンターに乗せる。前髪を掻き上げるようにして、額に触れた。


「……そうだな、遠くどこかへ、行ってしまえって意味さ」


 紅茶を注ぎ、彼女の前に置く。


「三時間後を目処に、ウォーミングアップをしておけ。また出撃するぞ」

「…………はい」


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