第六話 硬級について(1)
別れを告げる夕日は俺たちにとって一日の始まりを知らせる朝日で、消えゆく夕日に合わせて現れる月明かりこそが、俺たちを照らしてくれる陽射しだった。
寝る前と同じようにシャワーを浴びて、起床準備をする。機械的に制服に袖を通し、バイクに武装を積載しようとしたところで、思い出した。
そもそも先に買い物に行くつもりだったから、それらの装備は必要ないだろう。しかし、そのまま任務へ向かうことを考えれば、必要だろうか。
しばらく、どこかに寄ってから任務に行くような動きをした記憶がないから、思い出せない。まあ、宝石鑑別部隊のバイクは盗難防止に関して徹底的なまでに機能が施されているので、積んだままでも問題はないが。
リビングルームに出てきて、朝食代わりの夕食の準備をする。精が出るような料理はずっと作っていない。コンビニ弁当ばかりで済ませてきたが、それに琴森を付き合わせるのも良くないだろう。軽い食事を用意しておく。
……昨夜、夕方には起きろと伝えていたが、なかなか出てくる気配がない。一体、何をしているのやら。料理が一段落付いたタイミングで、地下室への階段を降りる。
仮眠室のドアを何度かノックし、声を出した。
「琴森。聞こえるか? もう時間だぞ」
耳を澄ます必要もなく、爆音の目覚ましがドアの向こう側からは聞こえていた。しかし、琴森の返事は聞こえないし、目覚まし時計を止めようという物音もしない。
「おーい! 琴森! 大丈夫か! 琴森! 入るぞ!」
ドアをゆっくりと開け、部屋の中を覗き見る。そこにいたのは、目覚まし時計を耳の真横に起き、それでもなお大の字で爆睡を続ける少女の姿だった。
『私バカじゃないもん』と太字で書かれたセンスを疑う謎のスウェットを着ており、その姿はバカそのものである。もしかしたらこいつ、気絶してるんじゃないか。
「おーい‼ しっかりしろ‼ おい!」
肩を揺らしてみて、首が左右に動いていても、起きる気配がない。
「おーーーい‼‼」
揺すり続ける。そうして、琴森のよだれが口元を伝っていきそうなところで。
「ふぇ……? ふぁ、れいぜんさんおふぁようございまふぁああああああ」
淡緑色の髪の毛が、寝癖でぐしゃぐしゃになっている。どでかいあくびを抑えようと、右手を開いて口元に置いていた。
嘘だろ。そのまま布団を被り直して、二度寝しようとしてやがる。
「……起床しろ。今日は、琴森。君に部屋を用意するから。いろいろ買いに行くだろう?」
「えっ⁉ まじですか⁉ じゃあはやくおきます!」
びょーんと飛び起きるように動き出した琴森が、風塵が舞い上がるのではないかという勢いで動き出す。髪を整えて、昨夜見た編み込みの姿になり、ご飯をゆっくり噛めと言いたくなるような速度で喰らってから、意気揚々と動き出した。
……やっぱり、バカだと思う。
家を出る前、日高さんの部屋を久々に開けて、中にあったものをチェックした。そこで足りなかったものであったり、琴森曰くデザインが気に入らない物を買い換えるため、家具店に向かう。それと、生活用品のために薬局やホームセンターへも向かった。後者の方がずっと重要な気がするが、琴森的にテンションが上がったのは前者の方らしい。
「お部屋作り♪ おっへやづくり♪」
テンション爆上がりの琴森が、クッションやら小物やらいろいろ購入していく。今日持ち帰ることはできないが、後日配送してきてくれるようで、非常に楽ちんだ。
ホームセンターなどで購入した生活用品は、元々家にあるもので足りるというところもあったのか、せいぜい可愛い歯ブラシを購入したくらいである。結局、バイクのサイドケースに入る程度のものばかりだった。
そうして、一度ハウスに帰宅し、購入した物品を運び込む。そこから、戦闘用装備をバイクへ積み込む前に、まだ人通りの多い時間であるから、俺たちが活動できる深い夜の時を待つため、休憩がてらの教育タイムに入った。紅茶とお茶請けをリビングの机の上に用意した上で、例として保管庫から持ってきた弾丸を、並べて置く。
左から順に、昨夜見つけたフロストライト弾、琴森の支給物資に入っていた、シェリフライト弾、そしてこの中では最高硬級を誇るテキサスニウム弾である。それとついでに、弾薬で使われることの多いニトロライトを、容器を慎重に運びながら持ってきた。
「さて。琴森。お前の目の前には今、複数の弾丸がある。そしてこれらは、ある順序に則って並んでいる。それは何か分かるか?」
「えっと……」
お茶請けのクッキーを食べたままの少し汚れた手で、フロストライト弾を琴森は摘まむ。白い半透明の輝きを伴った弾頭を見ては、シェリフライト弾の薄茶色の鈍い輝きを見比べ、最後に、金銀を併せ持つテキサスニウム弾を琴森がチェックした。
「きらきら順ではなさそうだから……冷泉さんの好みの順番とか?」
「……確かに、解釈の仕方によっては俺の好みの順番かもしれないな。いいか。琴森。こいつらは、硬級と呼ばれるものの優劣に則って今俺が並べた。左のフロストライト弾から順に四硬級、六硬級、九硬級という分類になる」
「はへー。武器にもそういうのあるんですか? あ、そういえば私たちの階級と同じですね。それとむきせーめーたいも」
思い通りの方向に興味を持ってくれて、ほっと安心をする。
「その通りだ。階級と無機生命体に上下関係があるように、俺たちが持つ鉱物製の兵器にも、等級がある。これら、鑑別機関で使われる硬級というものは、ある一点において、統一された指標となっているんだ」
先ほどの弾丸に加え、保管庫から持ってきた俺の愛刀を机の上に置く。
曲線と角を描く、近未来的なフォルムをした鞘から刀身を引き抜く。すらりと現れたそれは、通常の刀では絶対にないはずの面をいくつも持ち、部屋の照明に当てられては、何度も光を屈折させ、煌めいていた。
紅い半透明の刀身は、武装としてではなく美術品であるかのように緻密に計算され誕生し、唯一無二の美しさを持っている。
その柄にある紋様は、椿を模した形をしていた。
「これは俺の武装である、九硬級の鉱刀。銘を〝遠逝〟という」
「…………きれー」
感嘆の息を漏らした琴森が、コトリと手に握っていた弾丸を落として、刀身に見入っている。
「そして、先ほどから述べている硬級という存在が、無機生命体と交戦する上で、非常に重要になる」
こくりと頷いた琴森を見て、俺は続けようとした。
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